【第十四話】堕天
本当は、こんなことしたくない。
胸が痛い。苦しい。
そんな感情は、不必要だ。
グエンがしたことは神としてもアステルタの国王としてもあってはならないこと。
今すぐに彼を見つけ出して堕天させるべきだ。
色んな考えが脳裏によぎる。
「...くそが!」
思わず天界と人間界の狭間にある結界を叩いてしまう。
いっそのこと、私が人間として生まれていたらこんな気持ちになることもないのに。
神と人間は、本当の意味で対等な存在になれるわけがないんだ。
彼は『神として、アステルタの国王として責務を全うする』約束を破った。
グエンがいなければ神の契約を切ることも、ましてや堕天させることもできない。
...必ず見つけ出さなければ。
私は報告を受けた後、すぐに人間界へ降りた。
本来なら、契約を結んだ者は体に刻まれた刻印を使い、エネルギーの糸を伝って契約者の居場所を特定することができる。
しかし、私はグエンと契約を結ぶときに
『互いの行動には干渉せず、それぞれの役割を果たす』という内容で契約をしてしまった。
要するに、自力で探し出すしかないのだ。
あのとき、グエンを信じなければよかった。
信じていたのに、全て裏切られた。
そういう考えが頭の隅から離れないまま
私は人間の姿に化け、アステルタの街中を歩いていた。
グエンが行きそうな場所など知るはずもない。
よく考えれば長年ともに天界で過ごしていたのに彼のことをよく知らないままだった。
...いや、知らないのではなく、知りたくなかったのかもしれない。
神の素性など知ったところで無駄でしかない。
天界においては、結果が全てだ。
あれだけ冷静に見えていたグエンも、本当は心のうちに人間のような感情を持っていたのだろうか。
私は手当たり次第に住人に聞き込みをした。
『国王陛下は冬がお好きだった』
『初めは無愛想だったが、最近はとても紳士的で優しい方になられていた』
私の知らないグエンの話ばかりだ。
『人の少ない落ち着いた場所がお好きだった』
ひと気のない場所は好き、冬が好き...
もう少し情報を集めたいがあまり時間はない。
一か八か、私は北の方角へ向かうことにした。
アステルタから北に向かった先は雪山や森林しかなく人の住めるところは一切ない環境だ。
こんな場所にグエンはいるのか?
疑心暗鬼になりつつ、私は雪山の中を登る。
今にも崩れ落ちそうな、不安定な足場。
生憎、一度人間界で姿を変えると、再び天界に戻るまで羽を使うことができない。
雪山を登り始めて1時間が経過した。
林の奥に、小さな家のようなものが見える。
まさかな、とは思ったが
狭い林の中をかき分けて進んでみた。
私は驚きのあまり言葉を失った。
林の奥に広めの空き地が作られ、誰かの手によって作られた小屋が建っていた。
呆然と立ち尽くしていると、男が小屋から出てくる。
私は急いで木の後ろに隠れた。
男の姿を見てみる。
黒いフードを被っていて、顔が見えない。
男は大きめの紙袋を手に持っている。
何やら、食料の買い出しに行くらしい。
人間の姿をしているが、どこか人間らしくない雰囲気を感じる。
私は男の背後に回って襲いかかった。
瞬時にかわされ片腕を掴まれる。
男が被っていたフードが衝撃風で外れる。
...間違いない。やはりグエンだ。
「裏切り者が。」
私はグエンを睨みつける。
「...そうだな。」
「今すぐ契約を切れ。」
「...この契約を切れば、これからルカのやることはだいたい想像がつく。」
「お前が犯した罪はどれほどのことか、分かっているだろ。」
「ああ、分かってるよ。」
「...なら、どうして脱国した!」
どうしようもない怒りが込み上げてきてしまい、大きい声で怒鳴る。
「俺は彼女と出会ってから愛を知った。
神でも国王でもなく、ひとりの人間として彼女と一緒に生きていきたいと思った。
...だが、無謀なこととは分かっている。
彼女も俺も、罰を受ける覚悟でここで暮らしている。
短い時でも、彼女とともに過ごせるのなら
悔いはない。」
そう言ったグエンは、憂いに満ちた表情をしていた。
同時に、掴まれていた片腕が離される。
「...人間に毒されたか。」
腕でグエン心臓を貫く。
彼は抵抗すらもしなかった。
「これでお前の役目は終わりだ。」
私は心臓部分にあった魂を抜き出した。
抜き出した魂を天界に持ち帰る。
このまま、魂ごと消すこともできる。
だが、せめて人間界で罪を償ってもらおうと
心のどこかでそう思ってしまった自分がいた。
「...グエン、お前を人間界に堕天させる。」
⸺この判断がグエンを、シンの母を、全て壊すことになるとも知らずに。