【第十三話】責務
【ルカside】
グエンは昔から常に冷静で大人しい奴だった。
死人の魂が持つ負の感情。
その魂を持っていた人間が
かつて愛していた者への愛情。
執着、後悔、憤怒。
それらの魂に触れても少しも心動かされることなく、全てを公正に裁いた。
私は魂に触れる度、酷く心を痛めてしまう。
だから、そういう情などに絆されず正常な判断ができるグエンを心から尊敬していた。
アステルタ王国は、古くから『神を国王に迎え入れる』というしきたりがあるらしい。
神は魂を作り出すことはできても、その後はそれらの魂が人間として住む場所を与えることしかできない。
よほどの大罪を侵さない限り、個々の魂が持つ思想や行動に干渉することは一切ない。
神は何でもできる存在だと。
善人が神に願えば、良いことが起こると。
アステルタにはそうやって信仰している人間が多い。
それらの勝手な信仰のせいで、神になったものは一度人間界へ降りなければいけなかった。
本来なら拒否すればいいだけの話だが
他の人間よりも桁外れな魂の高さを持っているフォルテ一族からの頼みがゆえに無視できなかった。
人間が死ぬと、その者の魂は必ず私達の元へ戻り、天国か地獄かどちらかに裁かれる。
しかしフォルテ家は命どころか、神と同等の魂レベルを持っていた。
一度裁こうとしたこともあるが、天使や悪魔はその魂を取り合い、争いが起きてしまった。
余計な争いが起きるくらいなら、我々と同等の存在として接したほうがいいだろうと前の神が判断した結果、アステルタ王国のしきたりに従うことになった。
私は人間と同じくらい心が弱く、神という役割を担うのに向いていないと感じた。
だから常に冷静な判断のできるグエンに神の座を譲り、私は熾天使としてグエンと特殊な契約を結び、神の代理として人間界へ共に降りた。
グエンなら、神としても、アステルタの国王としても良い利益をもたらす存在になるだろうと
そう勝手に判断してしまった。
私は最初は人間界へ降りたものの
神の代理として役割を果たすため、天界と人間界を数年ごとに行き来することになっていた。
グエンが人間界でどう過ごしているかまでは、正確に把握していなかった。
数年が経ち、アステルタ王国へ降りたとき
グエンの表情が人のように柔らかくなったのに気づいた。
人の愛を知り、負の情も正の情も全てを受け入れ、どこか人間らしさを感じる姿になっていた。
なにかあったのかと聞くと、一言だけ
『好きな人間ができた』と。
私は心のどこかで、それを羨ましいと思ってしまった。
そして同時に、神としての禁忌を犯したのだと
理解したくなかったが、気づいてしまった。
最初は見てみぬふりをした。
グエンがアステルタの国王としてだけでも
良き存在になれるのなら、それでいいと思っていた。
しかしある日、フォルテ一族から一通の知らせが届いた。
アステルタ王国とは常に連絡を取るため、天界から白い伝書鳩を派遣させていたが
伝書鳩が慌てめいた様子で手紙を咥え、私の元に戻ってきた。
手紙の内容は今でもはっきりと覚えている。
『国王が恋人と共に脱国し、消息不明』と。
私は頭が真っ白になった。
グエンはそんなやつじゃなかったはずだ。
国王としても、禁忌を犯すのか。
責務を放り出して、人間と逃亡するなどありえない。
いろんな考えが頭によぎった。
私はグエンと契約を結ぶときに
『必ず神として、アステルタの国王としての役割を全うしろ』と約束を交わした。
アイツはその約束すらも破った。
そんなグエンを、そのままのけなしに放置するわけにはいかなかった。
神の代理として、私ができることはただ一つ。
それが
『グエンを堕天使ならびに魔王として堕天させる』ことだった。