98 追憶、乞食のエウィン②
エウィンが懐かしの広場へ出向くと、既に大勢の乞食児童が集まっていた。
イーラが「皆んなを呼んできてって(言われた)!」と指示された通り、本当に貧困街全域まで呼びかけてる勢いで人が増えていく。教会の炊き出しがある度起こっていた見慣れた光景だったが、今回は違った。
何せギルド冒険者が個人で訪ねてきての炊き出しだったのだ。乞食同盟として「なんで?」と首を傾げ合った12歳の時は今でもよく覚えている。
その冒険者本人は、乞食児童に囲まれて、単身大鍋いっぱいに作られた料理をよそって、一人一人丁寧に手渡していた。
冒険者が僕に気付き、声を掛けてくる。
「アナタは……ギルドの人ですか? 見かけない顔ですが……?」
「あ、レヴィンと言います。先日冒険者登録しました新人ッス」
「新人さんかぁ。……あれ? だったら掲示板の新規登録者欄に名前が書いてあったはずだけど、レヴィンとは無かったような……?」
「あ、あぁ! 何か手違いがあったみたいで、僕の名前はこれから追加するって言われたんスよ! 多分まだ修正されてない頃に読んだものかと!!」
「そ、そうですか……。あ、自己紹介が遅れました。僕はリドゥ・ランヴァー。採取・採掘を中心に活動しています」
差し出された手と僕は握手を交わす。自分の思い通りになる夢の中とは言いながらも、人生の大恩人の手の温もりを知れて、胸と目頭がグッと熱くなっていく。
「そうだ。良かったらアナタも食べていきませんか? 駆け出し冒険者には物足りないかもしれませんが」
「え、いいんスか? 子どもたちの分は大丈夫です?」
「ちゃんと行き渡るくらい用意してきたんで問題ないですよ」
「あ……じゃあ、ご相伴にあずかりまッス」
「では、一名追加で。そんじゃあ、後ろに並んでください。誘っといてなんですが、子どもたち優先なので……」
「あ、はいッス。それじゃ、二人とも。一緒に並ぼう」
「「はーい」」
ずらりと列を成す乞食同盟の最後尾に並び数十秒後、料理を受け取り、三人で建物を背もたれに「「「いただきます」」」と朝食にありついた。
リドゥ兄ちゃんから手渡された食器には、パン粥と中心に一口サイズの豚肉が一切れ乗っていた。当時は思わぬ食事の機会を喜ぶばかりで気付いてなかったが、慢性的な栄養不足の乞食同盟を考慮して胃と腸に優しいパン粥に、リフィーディング症候群(長い絶食状態で一気に栄養を摂ると発症する、最悪死ぬ病気)が起こらない程度に栄養バランスを考えた上で贅沢をさせてくれていたんだと今なら分かる。
「美味しーねー……!」
「うん、美味しい……!」
子どもたちは各々幸せそうに食べる。言葉にして感激を共有するもの、無言で噛みしめるもの……。この光景が当時は子どもながら堪らなく愛おしかった。
僕もパン粥を口に運ぶ。
暖かかった。その味以上に、見ず知らずの誰かが僕らの為に作ってくれた、その事実に色々と込み上げたのを思い出す。
……そうだ! 子どもの頃にリドゥ兄ちゃんとやったやり取りを今の視点で行えば、現状の打開策を見つけられるかも……?
とすれば、善は急げだ。僕は「あの……!」とリドゥ兄ちゃんに当時行った質問を投げる。
「これだけの食料、相当費用掛かったッスよね? どうやって用意したんスか……?」
「採掘した鉱石・石炭を優先的に売るから高く買い取ってほしいって契約を結んでるんです。僕は戦いの才能が無かったから、その時間を採掘に費やして、質の良い鉱石を効率的に掘り当てる方法を見つけました。おかけで炊き出しの費用は充分稼げましたよ」
才能が無かった──。その一言にズキリと心が痛む。決してそんなことないどころか、ギルド長の魔法を真正面から破壊できる程の能力を持っていたというのに、ラネリア時代の彼を取り巻く環境があまりにも彼に優しくなかった。
「というか、どうしてそもそも炊き出ししようと思ったんスか? 稼ぎ方は分かりましたが、費用も馬鹿にならないでしょうに……」
「僕が社会に出たらやりたいことの一つだったんです。このラネリアで戦闘依頼もこなせない僕ですけど、子どもたちの生活基盤を微力ながらに整えてそれこそ一人でも社会に出れたら、僕のやったことは無駄じゃなかったって誇らしくありません?」
また心臓がキュッ──と縮む。この一言で、僕は彼の本質に、きっとかなり近い部分に辿り着いてしまう。
リドゥ兄ちゃんは自分で自分を認められない、他者からの評価でしか自分を測れない人なのだ。自分にお金を使って幸せになってほしかったと僕は嘆いたけれど、ギルド冒険者からの手酷い差別で自己愛が欠けてしまっているから自分の為にお金を使おうと思えなかった、故に子どもたちを救うことで自分に価値を見出そうとしたのだ。
つまり、僕の憧れたリドゥ兄ちゃんは大恩人であると同時に『自尊心を知らない空っぽ』だったのだ。
「あぁ、すいません。自虐してちゃあ、これからの冒険者に悪影きょ──」
「そんなことないッスよ!!」
思わず声を張りながら彼の両肩を掴む。気付けば周囲の子どもたちどころか大鍋も食器すらも無くなっていたのは、何か起床の条件を満たしたのだろう。
けれど、そんなのどうだって良かった。周囲の変化には一切気を留めず、僕は言いたいことを夢の中の彼にぶちまける。
「貴方の何が悪影響なもんですか! 僕は貴方のおかげで生き延びれた乞食なんです! 貴方が初めて炊き出しをしてから定期的にご飯を食わせてくれたから僕はこんなにデカくなれたんですよ! それこそ背丈が変わりすぎて貴方が気付かない程に! なんなら、貴方が冒険者になる前に置いてったっていう言葉と数字の勉強本だって皆んなで擦り切れるまで読んだ! あれが無きゃ試験内容も分からずに受けるどころじゃなかった!!」
言葉が上手くまとまらない。とにかく頭に浮かんできた思いを僕は矢継ぎ早に口に出す。
「僕は悲しかったですよ! 大恩人の貴方が、リドゥ兄ちゃんが自分を蔑ろにし続けてたって知った時は! 救われといて何言ってんだって話ッスけど、僕らの幸せよりも兄ちゃんが幸せになれる方法を模索してほしかった!!」
もう僕は彼の手を掴んでいなかった。いつの間にかリドゥ兄ちゃんすらも姿を消して、僕は闇の世界で空を掴んでいた。
涙がしょっぱい所為で目が痛くなってきて、項垂れる。
「けれどッッ! 貴方はそうしなかった……! 人の為に生きることでしか自分を定義できないから貴方は自分の身を粉にして生き続けた! それこそ、報われないまま解雇されるまで……!! だから…………ッ! だからッッ!!」
僕は顔を上げて、誰も居ない闇の中へ向かって決意を伝える。
「自分の人生追い求めろ──って、今から文句言いに行きます!!」
◇ ◇ ◇
そして現実に戻った僕は、自身の頭に唱える。
──『巻き戻し』ッ!!
◇ ◇ ◇
「ん?」
背後から気配を感じたレッドが振り返ると、今しがた倒したエウィンが立ち上がっていた。
頭部を燃やし、更には回復液瓶も割ったのに、一体どういった原理で復活したのかと首を傾げかけたところで彼の頭部の魔力の残穢に気付く。どうやら自身に『巻き戻し』を使って無理やり燃焼前まで回復したようだった。
しかし、エウィンは相変わらず肩で息をする状態。回復できるのは傷まででスタミナまでは戻らないと仮定して話しかける。
「擬似回復とは驚いた。ならば回復も見込めなくなるまで追い詰めよう」
「なら僕は、アンタを回復地点に送り返してやりますよ!!」
得物同士ぶつけ合うのを合図に、レッドとエウィンの第2ラウンドが始まった。