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97 追憶、乞食のエウィン①

「あ……?」


 エウィンが思わず見渡してみた街並みには見覚えがあった。かつて暮らしていた『ラネリア貧困街』だ。


 どうして僕はここに居る? 先程まで『二龍大戦跡地』の合戦に参加していたのに。

 まさか、レッドに倒された影響で、過去の記憶と意識が混濁して明晰夢と化しているのだろうか?

 なら早く目覚めなければ! 僕が倒れている間にもレッドが仲間たちに猛威を振るってる可能性が高いのだ!


 ──が、


「どうやって戻るんだコレ……?」


 即座に自分の頬を叩いてもつねっても、逆立ちしてもバク転してもウィンドミルをしてみても一向に夢から覚める気配はない。何か条件があるのか?

 だったらその条件はなんだ? 取り敢えず、身体に刺激を与えたり、激しい運動でないのは確かだが。


 ならば探しに行こう。思い立ったが吉日と早速街中を探索する。


 周囲に気を配りながら、僕はふと嘗ての日々を思い起こす。


 物心つく前から、僕は貧困街に暮らしていた。


 当然、親との記憶はない。捨てられたのか、何かしらで先逝かれた末に家を追われたのかは知る由もないが、自分を保護した名も知れぬホームレスの婆さま曰く「雨上がりの朝に横たわってるのを見つけた」そうだ。あの婆さまは何故最後まで名前を教えてくれることなく死んでしまったのだろう?


 ところで、これは何歳頃の記憶だ? 最近訪ねた際の風景と照らし合わせてみれば、最寄りの記憶でないことは間違いないが、だとしたら何年前の街並みだ?


 もし古い記憶なら、当時の出来事が起床の鍵になるやもしれない。何かしらなったかと頭の中を探りつつ、進展のキッカケになりそうなものを探し始めたそのときだった。


「…ぇ、エウィン。……てる? …………」

「え?」


 何処からともなく僕の名前を呼ばれる。聞いたことある懐かしい声色に耳を傾けながら角を曲がって路地裏に入ってみれば──、


「ねぇ、エウィン。起きてる? 朝だよ」


 痩せこけた少女に起床を急かされながら、同じ風除けに包まる僕がいた。


「んぁ……。ふぁぁ〜……、おはよう、カーシー。今日も早いね」


 起床した僕に呑気な声を掛けられたカーシーと呼ばれた少女は、生き延びて見せようと誓い合った乞食の一人だった。乞食時代はとにかくお腹が空いていて、何がなんでも生きてやろうと数少ない食事を二人組で分け合う協定が乞食同盟の間で結ばれていた。


 そのカーシーと行動を共にしていたのは数え年7歳〜12歳頃。今歩いているのが、彼女が酔っ払いに蹴り飛ばされた際のぶつけ所が悪く死んでしまった12歳以前なのだと確定したが、果たしてどの辺の記憶だろうか?


「お腹空いて目が覚めちゃったの。今度の配給はいつだっけ?」

「最後に来てから四日だから……あと三日待たなきゃだ」

「長いね……」

「うん、長い……」


 シン……と二人の間に気まずい空気が流れる。

 ラネリアには教会主催の炊き出しが存在する。乞食たちはそれを頼りに日々を生きるが、教会だってお布施で生活費を賄っているわけなので、一龍週間に一回が限度だった。

 故に、靴磨き等でパンを買う小銭を地道に稼いでいたのを今も鮮明に覚えている。足元を見てくる悪質な大人たちに「靴を傷つけられた」と嘲笑顔で蹴られたことも。


 ちょうどその話が、カーシーの口から出る。


「エウィン、今幾ら持ってる? わたしこれくらい」

「僕は……これしかないや」

「二人で合わせてもパン、買えないね……」

「だね……」


 また生まれる沈黙に、自分の記憶でありながらいたたまれなさを覚えていると、不意にカーシーと目が合う。


「お兄さん、誰……?」

「え?」


 どうやら今の僕は、記憶の中の住民と干渉し合える存在らしい。自分の記憶なのだから当然だろうが、不意が過ぎて「あぁ、その……」と思わず面食らう。


「んんっ……。僕は冒険者のレヴィン。ここの出身で、どうなってるか見に来たんだ」

「お兄ちゃん、ここで育ったの?」


 少年の僕が聞いてくる。貧困街出身の社会人が珍しいのだろう。

 事実、貧困街育ちで社会に出るのは非常に厳しく、大抵は未成年で餓死するかホームレスとしてそのまま居着くか、最悪食料を強奪するチンピラと化すかの極論三択だった。


 それはそうと、少年の僕はこちらが同一人物とは気づいてないようだった。まぁ、冒険者試験を受ける一年前に自分でもびっくりなくらい身体が大きくなったのだから、結びつかないのも無理はない話だ。


「ああ、そうだよ。たくさん身体を鍛えて、文字を勉強して、去年冒険者ギルドに加入したんだ」

「スゴいねお兄さん。相方も誇らしいだろうね」

「相方は今はどうしてるの?」

「……あー。ちょっと遠くに行っちゃってね。当分会えそうにないんだ」

「あ……ごめんなさい」

「いいよ。それより、ちょっと会話が聞こえたんだけど、お腹空いてるのかい? だったら僕と朝食を共にしてくれないか? もち、食費は僕持ちで」

「いいの? 嬉しいけど、なんで初めましてなのに?」

「最近の街がどうなってるのか知らないからさ、いろいろ教えてほしいんだ。あ、なんだったらコレを代金ってことで。何か食べたいものあるかい?」


 実際、現世へ戻る手掛かりが欲しかったので、些細な話でも聞きたかった。何より、いずれ覚める夢の中であっても出会った乞食を救うくらいバチは当たるまい。


「「…………」」


 二人は顔を見合わせる。そして、ニッコリと笑みを浮かべて立ち上がった。


「じゃ、じゃあわたし、パンに色々挟んだやつ食べたい……!」

「僕も……!」

「色々挟んだやつ……サンドイッチか。そうと決まれば(しゅっ)ぱ──、ん……?」

「お兄さん、どうしたの? あれ……?」

「カーシーもどうしたの? んあ……?」


 三人でスンスン鼻を鳴らす。出かけようとした手前、何処からともなく良い匂いが漂ってきたかと思えば、当時の乞食仲間が慌ただしく曲がり角から現れた。


「エウィン、カーシー、ここに居たか! 直ぐに広場へ来い!!」

「おはようイーラ。そんなに慌ててどうしたの?」

「ギルドしょぞくしゃ? って人が炊き出しに来たんだ! たくさん作るから皆んなを呼んできてって! ところで兄ちゃん誰?! まぁいいや! とにかく広場だぞ!!」


 相槌の余地なく言うだけ言ってイーラは「皆んな〜!!」と走り去っていく。重大な要件を伝えるだけ伝えて次の行動に移る様によく置いてかれたものだ。


 否。それよりもギルド所属者とはもしかして……──?! これが当たってるなら僕はその人にきっと心当たりがあるし、今いるのは12歳の頃だ!!


 こうしちゃいられない!


「二人とも、早速広場に行ってみよう……! 組み木の広場だよね?!」

「「う、うん……!!」」


 僕は二人を連れて、懐かしの広場がある方角へつま先を向けた。

【ウィンドミル】

ブレイクダンスでよく見るグルグル回るヤツ。

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