96 完膚無き
ガガガガガ……──!!
エウィンの片手剣と人狼レッドの棍棒が幾度となくぶつかり合う。戦闘を始めてからかれこれ四分? が経過していた。
冒険者を始めて一年弱しかやっていないが、これだけ濃密な四分は初めてだった。今までの討伐依頼でも複数相手や巨大モンスターならともかく単体ならそろそろ一時撤退まで追い込めている頃なのに、未だにレッドは涼しい表情だ。
「どうした? 息が上がってるぞ。リドゥに会いたい気持ちはその程度か?」
「くぅ……ッ!!」
対して僕は、得物から魔法と全力フルスロットル。最大限まで集中した状態で臨みながらも、息切れひとつ起こさせることも叶わない焦りで早くも緊張の糸が限界寸前だが、一旦落ち着こうと距離を取りたくても彼はそれを察してか開けた傍から詰めてくる。
「『巻き戻』──ッ!!」
唱えようとした手前、目頭に拳を喰らいそうになり紙一重で躱したところへ「おごっ!」とボディーブローを受けて地面を擦るように下がる。やっと距離を取れたが、攻撃を受けるのが前提ではこちらが疲弊するばかりだ。
「目を潰せば魔法を封じれたんだがな」
「──!?」
巻き戻したい箇所に視線を合わせなければならないことを、この短時間で見抜かれてしまっている。タネが割れた以上安易な発動は『目潰し→ボディーブロー』の二の舞だ。というか、こっちが全力で対処している中で発動方法を見抜く余裕があったなんて!
けれど、それを言うなら僕でも分かったことがある。疲れが見えない持久力、常に落ち着いて相手を分析できる精神力と上澄みも上澄みだが、得物の棍棒だけは他の遺志守と違い、明らかなお古! 火吹き棒並に細いし、僕の鋼鉄製の片手剣で殴り続ければワンチャン破壊できる!
「ああッ!!」
「む……!」
なら勝つ為にも、先ずは得物破壊に全力を尽くす! 魔法を見抜かれた自棄で得物を振り回す演出をして、とにかく武器攻撃に拘ってると意識させろ!
「魔法のタネが割れるなり近接戦全振りか。少し思い切りが過ぎないか?」
「うるさいッ!!」
第一段階クリア。次は避けきれないだろう攻撃を悟られない程度に増やして、ガード回数を増やさせる!
「──! ギアが上がってきたか」
そう独りごちるレッドはガードが増えてきている。第二段階クリアと見なし、第三段階へ移行する!
生物には意識せざるを得ない急所がある。それは頭と心臓! といっても顔は噛み止められた事例があるので、ならば心臓部を! と積極的に攻める!
「埒が明かないと一点狙いとは安直だな」
当然、直ぐに勘づかれる。だが想定内だと僕は左手を構えて──、
「じゃないとやっれられないんスよ!!」
レッドの顔面めがけて、片手盾を思い切り突き当てた!
「──!」
あわよくばダメージを! と我儘を抱くが、やはり咄嗟に得物で防がれる。けれど、片手盾だって鋼鉄製なのだから得物への負荷は半端じゃないハズだ!
ここで一気に畳み掛ける!!
「この数分間で思い知りましたよ! アンタは強い! 僕が何年と研鑽を積まないとマトモに戦うことも敵わない存在だって!!」
片手剣と片手盾の二刀流で追い込む。レッドの回避行動が減っていき、段々とガード主体になっていく。
「正直、悔しいッスよ! 冒険者になってから、大型モンスター相手でもなんだかんだで負けなしだったッスから、初めての大苦戦が──、というか今にも負けそうになってる相手が自分とさして変わらない人型かよって! でもですね──!!」
と、得物二つを同時に振りかぶりながら踏み込む。
「僕にも譲れない意地があるんスわ!!!!!!」
──ガガァンッ!!
──ピシッ……!!
「──!」
レッドの意識が棍棒に向く。二撃同時に振り下ろしたことで遂に亀裂が走った!
やるなら今しかない!
「そこ!!」
片手剣を振り上げたその瞬間──、棍棒が真っ二つに割れた。
「一矢報いたりアでえッッ!?」
勢いづけに雄叫びを上げる最中、肩に鋭い痛みが走る。レッドが割れた棍棒を一本刺してきたのだ。
即座に振り下ろされた二本目を弾いて僕は下がるが、引っこ抜いてる間、彼は追撃してこないでじっと棍棒の片割れを見つめて立ち尽くす。
「はぁ……」
そして──、短い溜め息を吐いて自身のズボンに固定すると、天に右手を伸ばして「武器を!」と空に叫び、手元に現れた新たな棍棒を掴み取る。
「刃牙獣からの付き合いだった」
そう呟いて、レッドが赤黒い棍棒を槍のように構えて突撃してきた瞬間、僕の本能が危険信号を鳴らした。
この得物は一度も受けてはいけない! そう告げてきた直感に従い盾を構える。
──が、盾は一突きで貫かれた。
「ボウッ!!」
次の瞬間──、盾を貫いた棍棒の先から放たれた激しい炎に、僕の頭は包まれた。
「──!!!!????」
悲鳴をあげる間もなく僕は天を仰ぎながら背中を地面に付ける。一体何が起こったのかと火傷の痛みとぼやける意識の中でレッドを見れば、彼の口からは炎が、棍棒の先からは煙が昇っていた。
その二つを見るなり僕はようやく理解する。火吹き棒みたいな棍棒じゃなくて、火吹き棒なんだ。
僕は最初から武器種を履き違えていた。
「おグッッ!」
火吹き棒に再び肩を刺されたと思えば、今度は身体から力が抜けていく。体力を奪う成分でも仕込んでいるのか?
どうにか引き抜こうと手を伸ばすが、段々と力が入らなくなる。終いには数秒もせずに上体を起こすことも出来なくなってしまったところで、火吹き棒を引き抜かれ、次いでとばかりに腰のホルダーにしまっていた回復液瓶を割られる。
「死なん程度には火力調整しておいた。手遅れになりたくなければ裏で治療してもらえ」
そう言い残して、レッドは踵を返した。もう僕を障害と見なしていない。いや、最初から眼中になかったのかも?
──完敗だ。
「ごめんよ、リドゥ兄ちゃん……」
お礼、言いに行けなかった……。
僕は微睡みに襲われるとともに、程なく意識を手放した。
◇ ◇ ◇
そして、気がつけば……──、エウィンは朝日が照らす街中に立っていた。