94 6つの戦況③ 〜忠臣と筆頭〜
ウィル・リーと豹人ゴウが衝突する数分前──。
「その負傷者はアチラに運んで! 貴方はココ! 君は回復液追加お願い!!」
「補充分持ってきました!」
「重傷者治療病床パンク寸前です! 代用品準備願います!!」
「予備のテント布を解体して地面に広げなさい! 絶対地面に直で寝かせるな!!」
「予備武器ありますか?! 戦場で壊されました!」
「そこの彼女から受け取りなさい! 使い果たす気で持っていけ!!」
「有難っす!!」
二龍大戦跡地の外れにて──。
冒険者回復地点で、怒号にも等しい指示を飛ばしながら、レイムたち資源班と、イリスたち医療班の支援班は、濁流の如く運ばれてくる負傷者の対応に追われていた。
レイムは合戦を何度か経験しているが、今までの比ではない忙しなさだった。一人の治療が完了して復帰すれば、入れ替わりで3〜4人が一気に担ぎ込まれてくる状態で、万が一を見越して参加人数の3倍用意していた武器・治療資源が想定以上の速度で消費されていく。
これが合戦開始から十分足らずで起こっているのだから、このままでは資源が底を突くのも時間の問題! 後続の物資補給班の到着まで保たない!
「イリス! 今すぐ使う回復液はどれだけ欲しい?!」
「えーと……最低52本!!」
「武器供給者は一人残して薬草を現地調達! 摘めるだけ摘んできなさい! 今のペースだとジリ貧だ!!」
「「「りょ、了解!」」」
と、レイムは急遽結成させた採取班に最低限の護衛を付けて採取に出向かせるが、指示を出している内にまた在庫が一箱空になる。果たして間に合うかと在庫計算を始めたそのときだった。
「こら、しっし!」
班員の一人が、物資の上を撫でるように飛んでいる青い小鳥を追い払っていた。それだけなら気にも留めなかったが……──、
「ん……?」
脚に古傷を抱えて冒険者を引退するまで大陸中を股に掛けていた己の直感が「違和感に気付け!」と告げてくるので、現役時代に自分で目にした生物・調査書の記憶のページを捲り捲る。
そして、全てのページを捲り尽くして、私は確信する。
──ラネリアに青い鳥は生息していない。
この結論に辿り着いた次の瞬間、小鳥は巨大な牛頭と化して、班員を平手打ちで地面にたたきつけた!
ジユイが言っていた『変身する牛』だ!
「戦闘態勢! 侵入者発見!!」
班員がこちらを向くより速く適当な武器を取って私は突撃するが、左手で武器をいなされ、右手で「ふんっ!」と班員同様に平手打ちを受けて物資の山に激突した。
身体が鈍らないよう定期的に筋トレしてはいるが、やはり脚の踏ん張りが効かないか……!
「──ッ!」
上体を起こしてズキリ……! とあばらが痛む。今ので何本か逝ったようで、よろめきながら立ち上がれば、牛頭は「む……?」と私の顔を見るなり聞いてくる。
「その風貌、主が仰っていた親しき人々の特徴と合致する。貴公、さてはレイム・バーモット上司ではないか?」
「──! どうして私の名を? リドゥが何か言っていたのか?!」
「貴公からは特に世話になったと主は仰っていた。故に貴こ──、ぬ……!!」
牛頭は言葉の途中で五指を蹄にすると得物から身を守る。班員たちが「レイム上司を守れ!」「誰か呼んでこい!」と横槍を入れてきたのだ。
「──……すまないが、話すより先に此方を片付けるとしよう!」
牛頭は「ブモォォォオオーーーー!!!!」と雄叫びを上げて班員二人を殴り飛ばすと、勢いのままに物資の破壊を始める。総出で戦う護衛含めて作戦参加者は漏れなく上級冒険者だが、彼らが適う相手でないことは自分で殴られたからよく分かる。
こうなってはもう、一度戦闘不能に追い込むしかない!
「マトモに戦おうとするな! 一撃離脱を徹底しろ!!」
「護衛が受け持ってくれてる今のうちに! 非戦闘員は負傷者を連れて避難! 手が空いてる人は物資を持てるだけ持って! 焦らず迅速に!!」
「「「了解!!」」」
一撃離脱戦法に移行した護衛組は少しずつ削られながらもなんとか牛頭をその場に留めるのに成功する。この調子なら誰か応援が来るまで時間を稼げると思えてきたそのときだった。
「オォオォオォォオオーーーー!!!!!!」
更に多方面から遺志守が乱入してくる。道なき道を通って進行してきていたのだ。
「物資の供給を絶つんだ!」
「ロイストさん、得物です! あとズボン!」
「持ち運び感謝する! むぅんッ!!」
「「「あがァッッ!」」」
ロイストと呼ばれた牛頭は、禍々しい赤黒を帯びた巨槌を受け取るなり、護衛三人をガードの上から纏めて殴り飛ばした。
こちらが圧倒的不利ながらも辛うじて保っていたパワーバランスが得物一つで一気に崩壊する。ロイスト相手に全投入していた護衛も乱入してきた遺志守の相手に割り振られてしまったし、そう分析している間にロイストを足止めしていた護衛は全滅してしまう。幸いにも全員息はあるようだが、回復したところでまた返り討ちにあうのは火を見るより明らか!
なら、せめて殿だけでも! 治療してくれた班員を押し退けて前に出た瞬間──、
「「「ぐぁあッッ!!」」」
奥に見えた遺志守複数名が、宙高く打ち上げられた。
何事かと目を凝らせばゴーダンだった。こちらの状況を聞いて前線から舞い戻ってきたのだ。
「一騎打ちを申し込む! 最高戦力は前に出よ!!!!!」
ゴーダンは瞬時に現状を把握して、吠えるように宣言する。被害を最小限に抑えて単騎決着をつける腹積もりだ。
これにロイストは攻撃を停止し、「失礼する」とズボンを履きながら班員と遺志守の間を通り抜けていく。
それに伴い、自然と一騎打ちの空間が出来上がると同時に両者が相対するや否や、ロイストが口を開いた。
「巨漢のスキンヘッド……貴公、ゴーダンだな?」
「そうだ……この襲撃は、リドゥの指示か?」
リドゥの指示──!?
私は思わず声に出しそうになるのをぐっと堪える。本来の論点は「ロイストの意思か否か」であるところを、ゴーダンがわざわざ「リドゥの指示か否か」聞き出そうとするってことは、実際に彼に出会ったという証左! リドゥは一命を取り留めていた!
良かった……──!!
しかし、今は安堵に浸ってる場合じゃない。零れそうになる涙を拭って清聴に努めたところで、ちょうどロイストが口を開く。
「左様。どうせなら、主の言葉をそっくりそのまま話そうではないか」
「なに……?」
ロイストは今一度ゴーダンを真っ直ぐ見つめ、その場全員に聞かせる声量で発言する。
「もしもレイム上司が仕切っていた場合、物資の供給を絶てば、負傷者を数少ない物資で確実に治療すべく森の外へ撤退する筈。だから負傷者・非戦闘員はなるべく巻き込まないように、物資の破壊に『徹して』くれ」
「──……は?」
私は思わず口から声に出す。自分が生命を狙われてるというのに、他者の心配をしている場合ではないだろう!?
これにはゴーダンも「はぁ〜〜……」と大きなため息を吐いて眉間を摘む。行き過ぎた言動に呆れた時の彼の癖だ。
「全く呆れたものだ。折角拾った自分の生命を再び殺められそうだってのに、こちらの今後を気遣ってる場合じゃあないだろう?」
「そう思うなら黙って森から去ってはくれないか? そうしてくれればこちらからはもう手を出さんと誓おう」
「残念ながらそうはいかん。こうして話している間にも誰かが傷付き、この場へ運ばれてくるのだ。徒に動いて負傷者が医療班と合流出来なければ目も当てられない」
「では、交渉決裂だな」
「致し方なし」
両者、得物を構えた。
「主君リドゥ・ランヴァーの忠臣『雷の牛頭』ロイスト! 推して参る!!」
「冒険者総合成績筆頭、ゴーダン・クレティオン! 貴様を倒し、リドゥのもとへ辿り着かん!!」
両者の宣言とともに、両者の得物が激突した!!