92 6つの戦況① 〜弟、そしてビンタ(バックドロップも)〜
「兄ちゃん……!?」
乱闘した末に負傷させた遺志守が何処かへ飛ばされた直後、エウィンは思わず目を見張る。リドゥ兄ちゃんがギルド長と一緒に味方である筈のモッチャレワームに食べられてしまった!
けれど、寧ろ好都合かもしれない。どうにか二人の位置を特定し、ギルド長を不意打ちで気絶させれば、その間に死んだフリをするようリドゥ兄ちゃんを説得出来るかもしれない!
が、動こうとすれば直ぐに別の遺志守が「リドゥの許へは行かせんぞ!」と立ち塞がり、振り下ろされた禍々しい剣を盾で防ぐ。追いかけるなら先ずは遺志守をどうにかしなければ!
ガギン……! ガギン……! 得物をぶつけ合う音が戦場に反響する。モンスターのフィジカルに得物が合わさるだけでも一苦労なのに、先程から妙に息切れが早い気がする。先程斬り伏せた遺志守といい、あの禍々しい得物に秘密があるのだろうか?
だが、得物を振るうばかりで魔法を使ってくる様子はない。不幸中の幸いにも立て続いて魔法未所有者!
「『巻き戻し(リワインド)』!!」
禍々しい得物に注目しながら発声しつつ、指を鳴らせば、振り下ろされかけた得物がカクンッ──と振り下ろされる直前の位置に戻って「なにっ!?」と遺志守が無防備になる。ギルド長から「魔法効果を強める手段」と全体共有されながら半信半疑だったものの、三度も通用すれば確信に変わる!
攻めるなら今ッ! 僕は小ぶりの片手剣を振りかぶった!
「斬り捨て御め──……ッ!?」
──が、遺志守の胸元を裂こうとした途端、僕は右脇腹に衝撃と痛みを感じると同時に「アでっ!」と地面へ吹っ飛ぶ。横から飛び蹴りを喰らったのだ。
一体誰が……!? 即座に起き上がるとそこには赤毛の遺志守がじっとこちらを見つめて立っていた。
赤毛の遺志守が目元まで覆い被さった兜を脱ぐ。
「あ!」
兜の下から現れた顔に僕は声を上げる。骨格から何まで違うけど、負傷したリドゥ兄ちゃんに会ったあの日、僕の喉元に牙を突き立てながら彼の治療を見届けたレッドドッグだ。
レッドドッグは「コイツは任せて他へ」と遺志守を離脱させて、僕に向き直る。
「久しいなボウズ。こうして再会したくはなかった」
「──!」
この物言いにカチンと来て、僕は声を張る。
「それはコッチの台詞ッスよ……! どうして戦場に来るのを止めてやらなかったんですか?! 兄ちゃんが生命を狙われてるのは百も承知でしょうに!!」
「俺たちが望んだからだ。アイツは俺たちが襲撃されることのないよう森を去ろうとしたが、俺たちは「自分だけ犠牲になろうとするな」と抗議して森に残らせた。だからアイツは、残る以上は俺たちを守り抜くと、戦うことを選んだ」
「──ッ!」
僕は奥歯をギリリ……! と鳴らす。リドゥ兄ちゃんはいつもそうだ。
彼が解雇された実態を知ったとき、僕は彼に怒りを覚えた。多くの冒険者に侮辱されながら僕と他大勢の孤児に生活費を恵んでくれていたことに──、だ。僕なら泣き腫らしてしまうような自尊心すり減らす生活してるんだったら少しでも美味しいものを食べるなりして気を紛らわせてほしかった。自分が少しでも幸せになれることにお金を使ってほしかった!
だからッ……!!
「──!」
僕は片手剣を振るう。レッドドッグが持つ奇怪な棍棒に防がれながらも、何度も何度も、彼の腕が上がらなくなるだろう時が来るまで得物を振るってやろうと斬撃音を鳴らしていたら、彼は冷静沈着に「何故泣いてる?」と問うてくるので心の声をぶちまける。
「僕は会いたいんスよ兄ちゃんに! 乞食だった僕を救ってくれたリドゥ兄ちゃんに、僕はあの時の乞食ですって、社会へ導いてくれてありがとうって言いたいんだよ! だからどいてくれよ! じゃなきゃ僕は、僕ハッ……! なんの為に冒険者になったんだッッッ!!!?」
「……慕ってんだな。リドゥのこ──!?」
回避行動を取るレッドドッグに『巻き戻し』を浴びせる。彼は面食らったようで大きく目を見開いていた。
そこへ僕は、顔面を元の位置に戻させたところへ、片手剣を叩き込んだ!
「ガギャッ!!」
「──!?」
が、レッドドッグは片手剣に噛み付いて無理やり斬撃を阻止すると、再び僕の腹を蹴り飛ばしてから「なら、尚更会わせるわけにはいかないな」と言い出して、続きを言い渡してくる。
「ボウズが兄と慕うように、俺もリドゥを弟のように想っているから分かるんだ。アイツは自力で気付けなかったことを酷く悔やむ傾向にあるから、下手に会わせればジユイとの戦闘に集中出来なくなる。アイツを想うならどうか戦いが終わるまで大人しくしててくれ。それを聞き入れられないなら……──」
レッドドッグは奇怪な棍棒を構える。
「『魔族・人狼』のレッドが相手をしてやろう」
「……卑怯ッスねアンタ……」
リドゥ兄ちゃんを守る為なら、自分を悪に仕立て上げるのも厭わないか──。
僕は片手剣と片手盾を構える。
「胸お借りしまッス……!!」
◇ ◇ ◇
「ぐぁっ!」
「足を狙って! 逃げられる前に戦闘不能に追い込んでください!!」
「おおっ!!」
「チョエーー!!」
──フッ。
──すかっ。
ミーニャ率いる班員は、押し倒された遺志守に追撃を仕掛けるが直後、空から鳴き声が響いたと同時に逃げられ、空振った班員は「だあ、くそっ! また逃げられた!!」と歯がゆそうに地団駄を踏む。合戦が始まってからずっとこの調子だった。
リドゥ率いる遺志守軍は意志が強かった。いくら負傷させても転移魔法で即離脱しては、程なく全快して戦線復帰してくる。ギルド長の話だと、向こうは回復液の原材料を現状無尽蔵に入手する手立てがあるとのことで、それを最大限に活用していた。
転移魔法使いと思われるフンコロガシ(恐らく拠点にいたアレ)を戦線離脱させたいが、件のフンコロガシは鳥人間の背中に乗って空を隈なく飛び回っている。皆こぞって撃ち落とさんと試みているものの、あまりの速さにかすりさえしないし、かといってフンコロガシに注目しすぎれば遺志守に無防備を晒してしまう状態だった。
ならば手段は一つ! 遺志守の回復地点を制圧する!
回復した遺志守は決まって向こう側から復帰してくる。向こうから駆けてくる者がいればそこに回復地点がある!
「皆様、私の防衛を! 遺志守の回復地点を探ります!」
「「「──! 了解!!」」」
「ミーニャ班長を守れぇ!!」
「「「おぉおぉぉおおーー!!!!」」」
私を取り囲むように展開した班員に防御は任せて、自身は魔力感知に集中する。
視力を失った果てに著しく成長し、感じ取りたい魔力を取捨選択出来るまでに至った私の『波動』。これにかかれば集っている遺志守の特定だって造作もない。
「──! 居た!!」
茂みの一角から飛び出してくる魔力を発見し、「引き付けお願いします!」と単身駆け出す。ただでさえ頑丈な遺志守が何度も再起してきてはこちらのジリ貧は必至。一気に畳み掛ける!
だがしかし、推定回復地点に強大な魔力が一つ! その遺志守が何をしてきても対処できるよう出方を伺っていれば、
──ボゴオッ!
「──!」
地面から生えてきたいばらムチを躱してる隙をつくように急接近してきた遺志守の足蹴を咄嗟の斧槍で凌ぐ。膂力は何とか防げる程度だが、つま先に極短の刃物を仕込んでいたようだった。
体勢を整えた遺志守は体格的に女性。背丈は私とほぼ同じ。全身に魔力を帯びた彼女の輪郭を精密に辿ってみれば両手と両踵にも刃物が備え付けられている辺り、完全肉弾戦型且ついばらムチの出てきたタイミング的にいばらの主!
「初撃で防がれるのは久方ぶりですね」
女性は言葉通り斜に構えた姿勢を正面に正すとスカートの裾を摘む動作で一礼する。
「初めまして。私は『花人・アルラウネ』のアウネと申します。その両目の古傷、ミーニャさまでお間違いありませんか?」
「──!」
なぜ私の名を? と言いたくなった口に左手で塞ぐ。どう考えたってリドゥから聞いたに違いないのだ。
「……彼からはなんと?」
アウネは腹部で両手を組んで答える。
「端的に言いますと、この戦いから手を引いてほしいです。リドゥさまは傷付いてほしくない方々の一人に、貴女の名前を挙げておりました」
「それは……随分と身勝手ですね。リドゥさん自身が生命を狙われてると言うのに、こちらの身体を心配している場合じゃないでしょう」
「全くもってその通りです。リドゥさま、周りの方々の安全を優先するばかりで、自分の生命の保証は決まって二の次ですもの。この前なんか私たちを巻き込みたくないと独り出て行こうとしましたから初期メンにシバかれてました」
恐らくはレッドドッグ、風導、イガマキ、フンコロガシのことだろう。およその目星をつけながら私は酷く呆れる。
「それは怒って当然ですね。私も面と向かって言われたら、そんなにコチラが頼りないかと呼び止めたくなりますよ」
「ですよねぇ。まぁ、それ程までにお優しい方だからこそ、私たちはついて行くんです。故に……──、」
言いながら、アウネは脚を盾のように胸元まで折り曲げて、戦闘の構えを取る。
「進んで独りぼっちになろうとするあの方が戦う決意を固めたのであれば、私たちも戦場に立つ所存。貴女はどうしますか?」
「どうする、ですか……」
そうですねぇ……──。と独りごちるように返答しながら考える。思えばレリアやゴーダン(多分エウィンも)のような明確な目的もなく、私自身は嫌々参加した作戦だった。
正直言って今回の戦いは不毛極まりない。ギルド冒険者として、そして『夜』に属する者としては不適切甚だしいだろうが、私はこの戦いはどうも気が乗らなかった。
だから私は色々と考えた末に色々と考えるのを止め、ポツリと浮かんだ気持ちを赤裸々に明かしながら、斧槍を構える。
「とりあえず実際に会って、生命を粗末にするなと一発ぶちます。バックドロップもかますとしましょう」
アウネの内包魔力が薄い黄色を帯びる。相手がニコリと微笑んだときに現れる魔力の感情だった。
「私、貴女のこと、結構好きになれそうです」