91 星朽塵滅
僕とジユイ、何度も得物をぶつけ合う。小柄な僕は振り上げ、大柄なジユイは振り下ろす形で互いの筋力を押し付け合う。
戦闘経験以前に純粋な筋力差で後手後手だった初戦と違い、今回は力負けしている感覚はなかった。きっとジユイが不完全なリハビリを経て間もないのと、何よりファランの稽古の賜物だろう。
ファランさん、ありがとう。こうしてる今もあの辺の山から見てたりするのかな。
「──!」
得物だけでの勝負は埒が明かないと即断したか、ジユイの展開する光球から光弾が放たれる。最初が身体能力任せだった以前よりも魔法使用が早い辺り、やはり一龍週間のリハビリでは全快に至らなかったようだ。
瞬時に右手を得物から離し、指先一つに『消滅』を纏って光弾を次々消滅させていく。前までの僕なら手指いっぱいに纏って対処していたが、ファランから「コスパを考えろ」と諭されてから編み出したテクニックだ。
なら、残りの四本はどうするか。
「ふっ……!」
「──!」
片手対応になった左腕を切り落としにかかる大太刀とジユイの腕に向けて『消滅』を飛ばして一旦距離を取らせることに成功する。片腕だと筋力負けするのに変わりはないが、もう片手で攻守一体に対処出来るなら十分お釣りがくる!
けれど、相手はあのソロマスター。百戦錬磨の彼がただ距離をとるとは到底思えない。きっと何かしら攻撃手段を構築しているハズだ。
──が、僕はジユイの動きに「?」と眉間に皺を寄せる。ジユイが得物を納刀しながら思っていたよりも距離を離したのだ。お互い様子見の段階なのは百も承知だが、彼にしては嫌に用心深い。
となれば、今の彼は『距離を取らざるを得ない』隙の大きい攻撃手段を実行しようとしていると考えるのが自然だ。
そこから仮説を立ててみる。距離を過剰に離すのは攻撃範囲が広くて周囲を巻き込みかねないからだとして、どれくらいの威力か。やはりこちらを一撃で屠れる程だろうか? もしそうなら彼が持ち得る魔法で最大高火力は……まさかアレか……?!
「『親愛ナル隣星──』」
「──!」
見当がついたちょうどその瞬間、ジユイは冒険者たちの突撃を「フンコロガシは見かけ次第叩け」と左手で指示し、僕の予想通り指先から一筋の魔力を空に放って、
「僕を天高く!」
「──! フンコ!」
それを見るなり、僕はコロスケに指示を飛ばして、両手を構えながら跡地の遥か上空に瞬間移動した次の瞬間、
「『銀河墜星』」
──……ゴォォオオォオォオオオ……!!
空から記憶に見た幾数もの隕石と見紛うほどの巨大な魔力の塊が、二龍大戦跡地を目指して降り注いできた。
僕ごと魔族の皆と一帯を吹き飛ばすつもりだ。仮に直撃は避けられても余波で大打撃は必至!
そんなことさせるか! 僕は両手を合わせて魔力を融合させ、落下しながら倍増させた『消滅』の力を隕石に向けて、ファランから教えてもらった魔法に自信を持つ言葉を唱える!
「『星朽塵滅』」
──ォオ……。
両手から放たれた『消滅』の魔力は空いっぱいに拡がり、隕石は爆発音も奏ずに霧散した。
ジユイを見据えたまま槍を手に取り「地上へ!!」と瞬きの合間に着地する。
──ギルド長の魔法を……!?
──これが討伐依頼一回きりか……!?
顔を上げれば、空の光景に冒険者たちは震撼していた。正直自分でも思う。ギルドではずっと採取採掘(極稀で調査)に徹底してたし。
けれど、僕が彼らに意識を削げる程、ジユイは悠長に動いてくれない!次の一手はなんだ?!
「──!」
と、思っていれば急接近から即座に振り下ろされた得物を咄嗟に防ぐ。ジユイは案の定、直ぐに攻めに転じてきた。
これがある夜半にファランと考察したジユイの強み。人への情と共に感情も捨て去ったことで恐怖感覚が育たなかったのだろう彼は警戒心が非常に少なく、後手に回ってくれないのだ。
ソロマスターへ上り詰めた実力への自信も相まって、僕に遅れを取るとは微塵も思ってくれない。とにかく目下の敵を倒すことに集中出来る冒険者!
しかし裏を返せば、目下の僕が出張る限り、彼は僕に注目し続ける。僕の仲間の相手はギルド冒険者に任せるだろうし、だったら僕もそうさせてもらおうと「行進!」を促せば──、
「ボウッ!」
「ギャァア!!」
冒険者サイドへ既に飛び込んで火を吹いていたレッドを追うように、魔族の皆んなは既に侵攻していた!
アウネさんのいばらムチと、グラムシたちの重力で拘束した冒険者を皆が袋叩きにするのを主軸に、サリーの炎が燃え残ったら、風導たちが咄嗟にかき集めて他の冒険者に叩き込む再利用コンボ! 仮に炎を防がれても耐性のあるレッドが強引に突っ込んで追撃する急襲コンボ! たとえ負傷しても空に浮かぶノイジーに乗ったコロスケが即座に退避させてくれる信頼から織り成すヒット&アウェイ! ファランの稽古の成果が存分に活かされていた!
その様をジユイは気にも留めず、僕との攻防を続けながら「銀河墜星を破られるのは初めてだ」と声を紡ぐ。
「さっきの指光線といい、技のレパートリーも増えたようだな。成長した貴様の魔力量が未知数である以上、魔力消費の激しい技の乱発は控えるとしよう」
「そりゃあ……たまらなく光栄ですね……!」
「故に惜しいな。これだけの潜在能力に逸早く気付けていれば、リベンジマッチも叶っただろうに」
「リベンジマッチ?」
一体誰に……? と問おうとすれば、聞き返すよりも早くジユイは「黒大将だよ」と答えた。
黒大将──。ベテラン冒険者でもコケマジロ原種と見間違いかねない姿でありながら、原種とは似ても似つかない圧倒的戦闘力で多くの冒険者を引退に追い込んだモンスター界のブラックリストだ。
「貴様を初討伐依頼で嬲り倒したのは黒大将だ。俺でも二度と御免な奴との遭遇、本来であれば運が悪かった、仕方ないで済んだ依頼失敗を貴様の同期生は嘲り、見下し、出来損ないと徹底的にいたぶった。それを貴様は真に受けて、自分の可能性に蓋をした。同情の余地はあるが、結局は貴様の自業自得なんだ」
──初討伐依頼で黒大将!?
──運が悪いってもんじゃないぞ……?!
──明らかに貰い事故じゃねえか!!
聞き耳立てていた各冒険者から一斉に動揺と同情の声が上がる。ジユイの背中越しに見えたレリアは今にも泣きそうな顔をしていた。
だから僕は、レリアに届くように声を張って告げる。
「 知 っ て た ! 」
これにジユイは、鍔迫り合いをしながらため息を吐いた。
「やはりか……。まぁ、記憶を読んだのだから分かりきってはいたがな。一時期ギルド中のモンスター調査書を読み漁っていたな」
「アレがコケマジロ原種なのかどうも気になったんです。暇を見つけては報告書保管庫に入り浸ってようやく確信が持てた。それでも討伐依頼を見る度にアレが過ぎっては身体が震えて、結局解雇されるまで再起は叶いませんでした」
これにジユイは鼻を鳴らす。
「それが貴様の弱さだ。黒大将が貴様をいたぶって程なく姿を消したというのに、貴様は被害妄想に溺れて前を向けなかった」
「動揺を誘ったのならご愁傷さまです。でも、貴方の言った通り、心挫けて塞ぎ込んで、最終的に戦力外通告を受けたのは僕の責任だ。当然、冒険者三人を殺してこの大戦を招いたのも……でも……──!」
僕は然りと意志を持って、ジユイの目をしっかり見つめ返す。
「出来損ないでも法の下では犯罪者だろうが、僕に生きてほしいと慕ってついてきてくれた魔族の皆んなの為にも、僕は生きなきゃなんです! だから僕は貴方を倒して勝ち延びてみせます! モッチャレ、例の場所へ!!」
「モッチャレ……?」
「ヴォンッ!!」
モッチャレワームが声を返してくると共に、僕とジユイを照らす太陽光が遮られる。
そして──、僕とジユイはモッチャレワームに地面ごと食べられて、地中に姿を消した。