90 終わりを始める④ 〜待ったなし〜
「…………」
禍々しく赤黒い槍を携えたツノ付きの青年は、仮面越しながらもこちらをじっと見据えると、
──タンッ。
と、モッチャレワームから飛び降りて、
──スタッ。
と、猫のように軽快な着地を決めた。
それだけなのに、レリアは胸の中の嫌な予感を拭えずにいる。髪型といい得物といい仮面の青年が、刃牙獣の槍を所有していたウルフカットの同期生を彷彿とさせてならないのだ。
「「「──!」」」
冒険者一同が前方に一層注目する。その青年が仮面に手をかけて取り払ったのだ。
額のツノは取れなかった。
仮面の下から現れたのは、紛うことなきリドゥ本人だった。
それを認めた瞬間、私は全身から血の気が引いていくのを感じた。
もし本人だとしたら、どうして姿が変わっているのか、複数人見覚えのある『遺志守』と同じ原理なのか。異形化は百歩譲って後回しにするとして、異形化に伴って『リドゥ・ランヴァー』の魂の同一性は保たれているのか。そもそもの話、姿を模しただけの別人ではないか……と考えたくもない可能性が湧き水の如く無限に浮かんでくる。
だったらミーニャに確認させれば一発だ。彼女は内包されている魔力を通じて人物を特定しているのだからと振り返れば、彼女は既に試みていたようで、衝撃を受けたとき以外閉眼している瞼を大きく見開いていた。
「……リドゥ、さん……?」
「──!?」
「あれがリドゥ・ランヴァーなのか? ツノ生えてるけど……?」
「生きてる前提の作戦とは聞いてるけど、なんでツノ生えてんの?」
ミーニャが呟いた途端、周囲が口々に響めく。人間が異形化するなんて事態、前代未聞なのだから当然の反応といえたが、私はそれとは別に内心激しく取り乱していた。
──なんで出てきた……!?
冒険者を手にかけた『殺人者リドゥ・ランヴァーが生きている』。白昼堂々姿を晒せば大多数の有象無象に認識されてしまうというのに!
自分の目で安否を確認したくて来た身ではあるが、向こうから現れるのは望んでいなかった。これでは、こっそり再会して人目の付かない場所まで逃がすことも叶わなくなってしまった! そう嘆いたときだった。
──ザッザッザッ……。
リドゥが仮面を風に運ばせながら魔力の膜を右手に帯びて、こちらを目指して歩いてくるではないか。
「──ふむ……」
それを見たジユイも自身の周囲に光球を浮かべたまま、背負った大太刀に手を添えつつゆっくりとリドゥを目指して歩き出す。班員たちは固唾を飲んで見守る。
そして、二龍大戦跡地の中心で、両者向かい合った。
◇ ◇ ◇
開口一番を飾ったのはジユイだった。
「やはり生きていたか、リドゥ・ランヴァー。貴様が死んでいるとはどうにも思えなかった」
「仲間たちのおかげです。そちらこそ左腕、よく回復しましたね。一龍ヶ月かかるようファランさんから嫌がらせ受けたんでしょう?」
「正しくは完治に三龍週間とリハビリに一龍週間だ。筋肉を戻すのがこれ程苦労するものとは思わなかった」
とか言っている彼の左腕は、右腕とは非対称に酷く痩せ細っていた。一龍週間みっちりリハビリに打ち込んでたとしても、些か事足りなかったのが伺える。
なんて同情したりはせずに無言で返していると、ジユイは僕の後方に並ぶ魔族たちをざっと見渡す。
「ところで、そのファランが見当たらないな。魔力も一切感じられないし、二度寝でもしているか?」
「二度寝ですか……」
彼なら有り得るだろうなぁ。ジユイの憶測は妙な説得力があるが、声に出して同意したりはせずにさっさと答え合わせに応じる。
「出て行きました。半刻前に。貴方たちに立ち向かう力は十分付けたとお墨付きです」
「ほう。先龍月は俺に歯も立たなかったというのに、今なら自分たちだけで十分に戦えると? 随分と勇敢になったものだが、勇気と蛮勇は履き違えるものじゃないぞ」
「その為に付けてもらった稽古です。貴方たちに勝ち延びて、僕たちだけでも大丈夫だと証明しなきゃいけないんですよ」
「そうか。……では、この案も通らんな」
「言ってみてくださいよ。言うだけ無償ですよ」
どうせ分かりきったことだけど。こちらが促せば「では、そうしよう」とジユイは提案する。
「今ここで首を差し出せ。そうするなら貴様の同胞は一切傷付けないと誓おう。なんならこの森一帯を立入禁止保護区域とし、未来永劫、学者にすらも手出しさせんと約束する」
「……魅力的ですがお断りします。皆んなの無事が約束されるのは有難いですが、僕が死んだら皆んなが『長生き』出来なくなるし……それ以外で勘弁してもらえませんか? 僕を生かしたまま『手にかけた証拠』だけ持ち帰るとか」
「残念だが土台無理な話だ。貴様が出てこなければその提案も一縷の望みがあったが、大勢が貴様を『生きてる』と認識してしまってる。殺人犯に立ち向かう大義名分を得た以上、貴様が死ぬまで俺でも止められんぞ」
ジユイ越しに覗き見れば、冒険者一同『正義』の表情で僕を睨み付けていた。レリア、ゴーダンさん、ミーニャさん、エウィンくんは未だ気持ちの整理が付いてないようだが。
あ、そうだ。
「一応言い訳に話しておきますね。僕が殺した冒険者三人は僕の仲間を嬲った挙句連れ去ろうとしてました。その一人を怒り任せに殺した結果、他二人に「四肢潰そう」と攻撃されたので返り討ちにしました」
「それなら『仲間が殺されると誤解して逸った』と正当防衛が通るな。だが結果として三人とも殺ったのでは過剰防衛の判決も有り得るだろう。当然、法下だったらの話だが」
「「……」」
一瞬の沈黙が僕らを包む。
「……リドゥ・ランヴァー」
「──!」
ジユイは僕の名を呼ぶと、大太刀を引き抜いた。
「貴様を解雇したのを初め、俺は失態を犯しすぎたようでな、貴様の殺処分と立入禁止保護区域をケジメにラネリアを去るとするよ。後継には最も反発してきたレイム・バーモットを推薦するよう秘書には通してる。心置きなく逝け」
そう公言して彼は、何時でも振り下ろせる形をとった。
……だから僕も、左手の槍を構えた。
「なら僕が勝ったらこの一帯、無干渉自立区域とします。全員、突撃!!」
──宣言した次の瞬間、僕とジユイは互いの得物を振るい、攻撃音を響かせた!
「「「おおおぉぉおぉおオォオオオ!!!!!!」」」
攻撃音を皮切りに、両陣営が雄叫びを上げて駆け出した。
戦争が始まってしまった。