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87 終わりを始める① 〜作戦開始〜

最終章、突入──。

『リドゥ生死確認・拠点鎮圧作戦』決行チーム、小鳥の囀る森の入口──。


 ジユイは馬から降りるや否やすっかり元通りに再生()えた左手で目を覆い、『親愛ナル隣星(ソワレ)通信衛星(スタージャック)』と唱える。作戦会議で明かされた魔法の一つで、なんと地上を空の視点で見渡せるという戦場把握にはうってつけの魔法だった。


「ん……?」


 そのジユイが何か見つけたような声を上げると、「各班長、俺の方へ」と言って指招きをした。ゴーダン、ミーニャ、ウィル、レイム上司、イリス医療長含む各班長が訝しげな足取りで傍へ寄ると、ジユイは変わらず目を塞ぎながら──、


「──!?」


 一番手に馳せ参じたゴーダンの頭を鷲掴んだのだ。


 一体何をしてるんだ? 冒険者の間で小さな動揺が走るも、ジユイはゴーダンの頭から手を離すと、何も言わずに順番に他班長の頭も鷲掴んでいった。


 そして、全員を解放するなり目を開いたジユイに、ゴーダンが口を聞く。


「ギルド長、今の景色は?」

「俺が今見てた視界を一時的に共有した。今見せた通り、二龍大戦跡地に妙な痕跡を見つけた。貴様とミーニャ、ウィルは班を引き連れ、地面に敷き詰められたアレが何なのか先ず調べに行け」

「「──了解」」


「レイムとアリスの二班も資源を二龍大戦跡地へ移動させろ。恐らくアッチが合戦地になる」

「「──了解」」


「先発班は俺に同行。合戦地が変わる前にある程度手札を切らせておく。レリアとエウィンも一緒に来い」

「「「了解」」」

「「……了解」」


 私とエウィンが返事するや否や、各班長は各々の位置に戻る。ゴーダン、ミーニャ、レイム上司、アリス医療長からは内心複雑なのが伝わってきたし、エウィンに至っては唇を噛み締めてさえいた。


 対して、リドゥの生死に興味がない……というより寧ろ小馬鹿にしていた者を中心に構成されている先発班は自己中心的な正義感で返事をする。それが腸が煮えくり返る程に醜く聞こえたが、今の私には何も言えなかった。


「作戦開始」


 各班が一斉に動き出した。

 私とエウィンも先発班の後ろに引っ付いて森の中を走る。その間、ずっと恨めしげに集団の隙間から見えるジユイを睨みつけているエウィンの姿が昨夜の会話を連想させたので、思い切って聞いてみることにした。


「エウィン」

「なんスか?」

「今回の作戦、自分から参加したらしいけど、ギルド長と何があったの? 私も大概だけど憎悪剥き出しじゃん?」

「……」


 エウィンは極限まで小さくした私の声に一瞥してくると、直ぐに集団の背中に向き直りつつも、今にも足音に呑まれそうな声量で口を開いた。


「ギルド長が首を掻っ切ったっていうリドゥ兄ちゃんは、僕の人生の恩人なんです。向こうは覚えてませんでしたが」

「──!」

「だから正直言って、ギルド長は死んでしまえばいいと思ってます。なんなら僕の手で殺っちゃいたいくらいッス」

「そう、だったの……」


 一欠片たりと予想だにしなかった後輩の本心に言葉を失う。何をもってして大恩を抱いているかは知れないが、これ程までの殺意を孕む人間だなんて一度たりとて思わなかったからだ。私怨を晴らすべく『夜』に加入した私に人のことは言えないが、弟のようにも感じていた人懐っこい彼に限って……と酷く動揺している自分が確かにいた。


「……そういう先輩はどうなんスか」

「えっ……」

「好きだったんでしょ、リドゥ兄ちゃんのこと。先輩だってどさくさ紛れて殺ってしまおうとか思わないんすか?」

「それは……」


 考えたこともなかった──と言えば嘘になる。実際、謹慎中にジユイが下宿を訪ねてくるなり「リドゥの首を掻っ切った。死亡確認は済んでない」とぬけぬけ告白された際は殴り飛ばしてやろうかと胸ぐらを掴んだし、仇の前で大粒の涙を流した末に、その日は朝まで泣き明かした。


 だからこそ、会いに行こうと改めて決意して、今まさに走っているのだ。


「そうね……今は先ず、リドゥがどうなったかを知りたいかな。そんで死んでたらさ……──、」


 と、私はエウィンに顔を向けて続ける。


「玉砕覚悟で挑んで、成功したら逃げちゃおうか?」

「──! いいッスねそれ」


 この共犯協定にエウィンの顔がようやく明るくなる。我ながら人道に反した提案だとは思うが、殺人が外道行為なら『夜』として冒険者を処した時点で私も該当しているし、後輩が多少なりとも前向きになれたなら別に構いやしなかった。


「じゃあ、お互いポカできねッスね」

「だね」


 私たちは微かに微笑み合いながら先発班の後をついていく。しばらくすると前を走っていた集団が足を止めた。


「此処だ」


 ジユイの声に前を覗くと、懐かしい岩場が見えた。リドゥが拠点にしている洞窟がある岩場だ。


 遂に、到着してしまった。


「先発班、先攻せよ。レリアとエウィンは俺の後ろで待機」

「「「了解」」」

「「了か……は……?」」

「聞こえなかったか。レリアとエウィンは俺と待機」

「「りょ、了解」」


 先発班が拠点への細道を昇っていく中、エウィンとして吃りながら指示に応じる。てっきり交渉役として連れてこられたと思っていたのに(まぁ有り得ないが)、一体何が目的だろうか?

 まさか、先程の会話を聞かれたか? ジユイとは距離も開いてたし、エウィン以外には聞こえない声量にしたつもりだったが、魔力探知に優れていると噂されるジユイなら五感も常人以上に優れていたって不思議ではない。

 となればこの場で処される可能性だってある。エウィンに目配せをすれば彼も可能性に気付いているようで、いつでも臨戦態勢に望めるようにと自身の得物を胸元に構えて、足の筋肉に力を込めたその刹那──、ジユイが拠点を見据えたまま話しかけてきた。


「レリアとエウィン。貴様ら二人はリドゥと深い縁があったな」

「「──!?」」

「貴様らは戦力になるから作戦に編成した。だが何故に参加を志望した? リドゥが生きてたら逃がす為か? 死んでたら遺体を持ち帰る為か? それとも……あわよくば仇たる俺を密殺する為か?」


 やはり気付いてる! 集団の中でどこまで対処出来るのかと得物を掴む手に力を入れるが、しかしジユイは私たちを振り返ることなく、大太刀を引き抜く素振りすら見せずに続ける。


「俺には分からん。どうして人の為にそこまで動く? 動きたがる? 俗にいう人情……いや、『愛』が貴様らを動かしているのか?」

「──?」


 何の話をしてるんだ──? エウィンも状況を今ひとつ飲み込めてないようで困惑の表情を浮かべているが、ジユイはやはり構わず続ける。


「そんなモノはまやかしだ。同期だろうが恩人だろうが結局は身内でもなんでもない他人でしかない。身内でも紛い物足り得る『愛』で動けば最終的には破滅しかない。一方通行なら尚更だろう?」

「──……」


 ジユイは破滅した側だ──。そう直感が告げてくるなり私は言葉を失っていると、エウィンがバッサリ切り捨てた。


「知らないッスよ、そんなこと」

「エ、エウィン?」

「僕は一方的に助けられて、一方的に慕ってるけど、一方通行かどうかなんて腹割って話さなきゃ分かりっこないですよ。そういうギルド長は話聞く限り確認してないッスよね?」

「……確認する暇もなかったんでな」

「それでもッスよ。貴方は怖いんだ。確認できるできない以前に、本当に一方通行だった場合が。自分自身と向き合ってないで人情とか愛はくだらないなんて当てつけッスよ。そんないい加減な価値観でギルドを巻き込まないでください……!」

「……遠回しに言ってはいるが、つまり貴様は、俺の信条は上に立つに値しないと言いたいのか?」

「そうです……!!」

「そうか……」


 ジユイは少し間を置いて、言い放つ。


「怒れる貴様らが羨ましいよ」

「「は……?」」


 素っ頓狂で意味深な発言に、目が血走るのを感じる。リドゥを手にかけられて怒り狂う私たちが羨ましい?


 イカレてる……!


「おま──!」

「ギルド長!」


 堪忍袋の緒を切って、なりふり構わずレイピアを突き立てようとしたその瞬間、先発班からジユイへ声が掛かる。この声を聞いて正気に戻った私は咄嗟にレイピアを引っ込めて、前に出ようとする気配がしたエウィンを左手で制止する。


「──! なんだ?」

「入口はイワビタンが塞いでるんですよね? さっさから定石の手段を試してますが、一向に姿を現しませんよ?」

「なに……?」


 奇怪な報告に釣られて現場を覗き見ると、先発班は訝しげに足元の小石を撫で続けていた。やけに長引いてると思っていたがそういうことか。


「標的は何か細工をしているかもしれません。指示をお願いします」

「なら強行しろ。攻撃魔法用──ん?」

「──? どうしました?」

「おい、あそこに止まってる小鳥はなんだ?」


 ──小鳥?


 よく見ると、入口脇の壁を小さい蜥蜴が這っていた。一見何処にでもいるラネリアトカゲだが、ジユイは何を感じたんだ?


 ……感じた?


 疑念を抱いたその刹那。

 私の中で自然と、今までの会話・思考がパズルのように独りでに組み立てられていき、やがて一つの答えを導き出した。


 ──ジユイは、魔力探知に優れている。


 それ即ち! となった瞬間、ジユイが今までにない声量で指示を飛ばす。


「壁際の蜥蜴を抑えろ! 魔力を保有している!!」

「え?」


 突然声を荒らげるジユイに、入口にしゃがむ先発班が一斉に振り返ったその瞬間──、


 蜥蜴の頭部が膨張して、上半身だけの巨大な牛になった。

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