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86 開戦半刻前 〜ファランと珈琲〜

『リドゥ生死確認・拠点鎮圧作戦』決行当日……一刻前の拠点にて、朝食を終えたリドゥたち魔族は各々ほ朝を過ごしていた。


 短い休息の過ごし方は様々だった。大体の者は談笑に興じているが、例えばレッドは寝転がり──、


「「「モケモケ」」」

「「「キチキチ」」」


 そんな彼に風導たちとグラムシがひと塊になってちょっかいを掛けたり──、


「お花を飾りま──」

「グアッ!」

「ギャアッ!」


 アウネさんが乗じて悪戯した途端にブチ切れられたり、イガマキは頭のトゲに葉っぱを刺されてたり──、


「待つんだキミ。何が望みだ。この場を見逃してくれるなら肩車でも何でもや──」

「ロイストおじちゃん、ばいばい」

「ぐぁあぁああーー!!」


 ロイストがルドーで拠点の子どもたちに泣かされたりとまちまちだった。


 そして僕はというと、サリーから相変わらず暖房具代わりに抱き着かれながら珈琲を入れている。ラネリアヘ服を買いに行った際に買った苗から育てた豆を煎ったものだった。最初こそ既成品を使って飲んでいたが、魔族の一人が持ち得る『成長促進魔法』のおかげで、植えてから一龍週間後には収穫できるようになっていた。

 珈琲豆をコーヒーミルに適量入れてゆっくり一定の間隔で挽いていく。ちなみに好みは『中挽き』。


「リドゥまだか? 早う飲ませろ。儂はコレを飲まんと目が冴えんのじゃ」

「まだ挽いてる最中でしょうが大人しく待ってやがれください」

「リドゥ、まだ……?」

「あと少しでお湯を注ぎますよ。待ってる間、道具の準備をしててもらえると幸いです」

「ん」


 サリーは頼まれてくれや否や濾す布を専用容器にのんびりセッティングする。何度も傍で見ていた分すっかり手慣れていたが、かくいうファランは表情だけ不機嫌だった。


「儂と扱い違くね?」

「ただ喋るだけの方が対等に扱ってもらえると思わないでください。好き勝手ほざいて蹴ってくるより質が悪い」

「どしたん? 話聞こか?」

「ありがとうございます。でも今は止めときましょう。珈琲が駄目になる」

「そうか。どっかで吐き出しとけよ」

「善処します」

「お湯、沸いたよ」

「ありがとう」


 ラネリアヘ赴いた際に購入したケトルを受け取り、ゆっくり丁寧に湯を注いでいく。どれくらい抽出されたか確認しながら注ぐ──それだけに集中すればいいこの時間がいちばん無心になれるから好きだった。


「どうぞ」

「ありがとさん」

「ん」


 珈琲を三人分入れて手渡す。ファランもサリーも初手からブラックでイケる口だった。僕はといえばラネリアに住んでいた頃は砂糖を入れなければ飲めなかった身だったが、今ではすっかり貴重となったそれが手元にある訳もなく、砂糖断ちしている間にブラック派と化していた。


 揃って一口飲んで、ほっと一息。


「はぁ……やはり朝はコレじゃのう。ようやく眠気が飛んだわい。しっかし人間の街にはこんな嗜好品があるんじゃのう」

「僕も毎日飲んでましたよ。珈琲と採掘に向き合ってる時だけは何も考えずに済んだ」

「やっぱ話聞こか?」

「口が滑りました。珈琲を堪能しましょう」

「そうか。ならそうしよう」


 ファランは味わうように二口目を飲む。心配してくれているのが分かるが、こればかりは墓へ持っていく。彼に限って有り得ないが、同情なんてクソ喰らえだ。


 三口目を啜りながら、彼は不意に呟く。


「これが最後の一杯になるやもしれんなぁ」

「──……」


 この呟きに思わず、僕の珈琲を嗜む手が止まる。


 ファランは決戦当日は戦闘に参加せず、遠巻きに戦場を見守った末に拠点を去ることとなっている。故に彼が拠点で過ごせる時間はもう幾ばくもなかった。

 その当日たる『一龍月後』が、おそらく今日か明日。朝の見回りに行ってくれてる『鳥人・ノイジー』次第で珈琲のおかわりが決まるのは誰が言わずとも理解していた。


「ノイジーもそろそろ戻ってくるか。ジユイも今頃拠点(こっち)を目指しておろうて」


 しかし、ファランはズケズケと話を膨らませてきた。徒に気を遣われるのを嫌がる彼からすれば(自分は気遣う癖に)こちらが慎んでる方が耐え難いのだろう。


 だから僕も、敢えて配慮を欠いてみる。


「ですね。見回りも終わる頃だと思いま──」

「リドゥ!」


 と、噂をすれば当人の声が拠点に響いてきた。


 拠点内が静寂に包まれる中、イワビタンが出入口を退くなり足早に寄ってきたノイジーは端的に告げる。


「大勢を連れたジユイを発見した。到着予測時間は三十分」


「遂に来たか……!」

「なんじゃ。今日だったか。最後の珈琲を味わう時間もないわい」

「皆さん、拠点屋外に移動してください! ファランさんを見送ります!!」


 残りの珈琲を煽り、皆に振り返った僕は指示を飛ばす。途端和やかな時間は一変し、皆こぞって外へ出ていく。


「ファランさん。貴方も……」

「あぁ、分かっとる。だが、最後の一杯じゃ。雑に飲み干すのは勿体なかろうて」


 そう言いながらも件の荒天龍はちびちびと珈琲を啜るのをやめず、遂には珈琲カップを持ちながら立ち上がった。名残惜しんでもらえて何よりだが、今は感傷に浸る暇がない。


 二人揃って屋外に出て、入口に並び立つ。そこから眺める、地上から見上げてくる魔族の集団は圧巻の一言だった。


「寂しくなるのぉ」


 そう言ってファランは最後の一口を飲み干して「ごっそさん。美味かった」と珈琲カップを手渡してきた。これが決別の証なのは言葉にせずとも明らかだった。


 地上の魔族を一望して、ファランは口を開く。


「……あー、なんじゃ。ジユイに立ち向かう力は十分に付けさせたとか色々考えておったが、いざ口にしようとするとゴッチャになるな」

「アンタ、割と名残惜しむよな」

「うっせぇわいアホ弟子。最後まで茶化しおってからに。……まぁ、しんみりした別れは性にあわんからの。最後くらい明るくしようか」


 ファランを中心に風が起きる。それは段々と強くなっていき、幾重にもなった末にファランを覆い隠してしまった。


 そして、咆哮を上げながら産まれたままの龍の姿で飛び出してきた!


「お主らと過ごした日々、生涯忘れんと誓おう! さらばだ、友よ!!」

「「「モモケケ〜〜ッ」」」

「達者でイガ〜〜ッ」

「大好きだぜバカヤローーッ!」

「もう少し言い残してけ〜〜ッ!」


「カッカッカッカッカッ……!!」


 各々の別れの言葉を一身に浴びながら、荒天龍ファランは笑いながら天へと登っていった。

 龍の姿が快晴の果てへ消え去り、拠点が静まる。凄いアッサリした別れの言葉だったが、彼らしいっちゃらしかった。


「……皆!」


 僕は目元を拭い、地上の面々へ声を張る。


「何がなんでも生き残りましょう。手筈通りに行動願います」

第8章も一区切りして、次回より最終章です。

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