85 開戦前夜 〜ゴーダンの覚悟〜
そして時は流れ、『リドゥ生死確認・拠点鎮圧作戦』当日……の前夜──。
作戦に抜擢されたチームは現在、『見限られた森』と程近いキャンプ場で一時の休息を取っていた。皆ジユイ自らが選りすぐり、ジユイ自ら声を掛けた精鋭中の精鋭だった。
焚き火前の休息の仕方は様々だった。食事を摂るなり程なくテントに入る者。入念に武器の手入れを行う者。ぼんやり夜空を眺める者。焚き火を光源に日記若しくは遺言を書く者。
そして、明日に思いを馳せる者……。
「なぁ……今回の作戦、殺人者が死んでるかどうかの調査だよな? それだけにこんな大掛かりでやるのか?」
「説明されてたろ。その殺人者には付き従ってるモンスター、通称『遺志守』が大勢いるから、テリトリーに入れば合戦は避けられないって話だ。その遺志守もレッドドッグに雷角牛、イガマキにアルラウネと多種多様みたいだし、しかも気球観測者によればモッチャレワームも手中に収めたらしい」
「あの『地鳴り』がか。なら人海戦術も頷ける。こりゃあ死人も結構数出るぞ」
「ホントに何も聞いてないのなオマエは。さては寝てたな?」
「トイレで踏ん張ってたわ」
「やかましいわ。図々しく生き残りそうだなオマエ」
「それほどでも」
「褒めてねぇよ」
男冒険者二人の声量は段々に大きくなっていく。これ以上は周囲に迷惑だし何よりデリケートな話題なので、当たり障りのない文句でゴーダンは止めに入る。
「そこの二人。もう少し声量を落としてくれないか。それと、殺人者呼びは控えてほしい。俺も彼とは少なからず交流があったんだ」
「あ、おぉ。ゴーダンか。悪い……」
二人は素直に応じて声量を落とすが、程なくして気まずそうにテントへ去っていった。話の腰を折ったようで悪いが、その類に自分以上に敏感な者がいるのだ。
その青年女性はというと、焚き火から離れた切り株に腰掛けていた。普段は年齢以上に大きく見える背中が、今ばかりは歳不相応に小さく思えた。
「レリア。寝ないのか?」
「……」
「レリア?」
「! あぁ、ゴーダンさん。どうしました?」
「ちょっと見かけたからな。眠れないのか?」
「はい。明日を思うとちょっと、ですね……」
返事はしながらも一向に顔を向けてこない彼女は、リドゥとは同期生の間柄で、好意を抱く程に心安らげる人間だったと聞く。ギルドの規則上、彼が裁かれる身になったとはいえ、彼女からしてみれば受け入れ難い話だろう。
「……なら話し相手になってくれないか。俺も変に目が冴えてしまってな。隣良いか?」
「どうぞ」
隣の地面に胡座をかく。地面は少し柔らかかった。
「……ミーニャとエウィンはもう寝たよ。エウィンは今までにない程口数少なくてまるで別人のようだった」
「そうですか……」
「エウィンの酷く憂いた顔色、今回の作戦以前の問題な気がする。明日の作戦に響くだろうし、出来ることなら気を楽にさせてやりたい。レリアは何か聞いてないか?」
「残念ながら……」
「そうか……」
レリアは生返事ばかりしてくる。明日を気にしてばかりでどうも上の空のような彼女に、思い切って切り出してみる。
「まだ迷ってるのか?」
「──!」
初めて視線を向けられる。図星のようだった。
なら吐き出させようはある。敢えてここはデリカシーを欠こうじゃないか。
「なら、今からでも帰った方がいい。それではいざ相対した際、躊躇ってしまうぞ。前と違って『遺志守』たちも容赦なく攻撃してく──、」
「帰りませんよ!」
「しっ……!」
叫びながら立ち上がるレリアの大声を諌めて、後ろを振り向かせる。夜中の大声を聞きつけて「なんだなんだ?」と作戦参加者たちが顔を出してきていた。
「──っ……!」
レリアは口を噤むと、バツが悪そうに座り直した。
作戦参加者たちが興味をなくしたタイミングで、俺は会話を再開させる。
「まぁ、迷うのは無理もない。一度会話を交えただけでしかないが、俺だって彼を助けたかった身。決断を下すのにも随分時間が掛かった」
「何ですその言い方? ゴーダンさんはもう覚悟決めてるんですか?」
「あぁ。リドゥが生きてたとして、隙を見て早期会話が叶うなら、金輪際地上に出てこないよう説得するつもりだ。そして、俺に殺された体で耳を差し出させれば、冒険者総合成績トップの実績も働いて一か八か作戦を終わらせられる。それなら相互被害も最小限に抑えられるだろうし、リドゥも指名手配から外れられる。後は俺たちがレイム上司と一緒に森の管理者になり、誰も出入り出来なくすればいい。個人的にはこれが最善だと思っている」
「……随分な自信ですね」
「こういう時の為の実績だ。まぁ、ところどころ手遅れだがね」
我ながら『らしくない』自嘲をしたところで眠気が訪ってくる。気付けば自分たち以外はテントに入っていた。
もう夜も深いし潮時だろう。立ち上がってレリアに背を向ける。
「さて、俺も休むとするよ。レリアも早く床に就くんだぞ。それと……どんな形であれ、自分なりの答えは出しておけ。例えそれがギルドを反感を買うことになってもだ。おやすみ」
その言葉を最後に、俺はレリアの元を去る。
テントへ入る前に見てみると、レリアは動いていなかった。
どうか二人に道が示されることを──。そう願わずにはいられない思いを胸中に、俺はテントを閉めた。
◇ ◇ ◇
そして、『リドゥ生死確認・拠点鎮圧作戦』決行日の『見限られた森』にて……──。