84 リドゥ・ランヴァーについて
一方その頃、ラネリアギルドにて──。
その日、とある会議室には、総勢十人の責任者・筆頭冒険者(と秘書官)が集っていた。
ギルド長&『夜』筆頭……ジユイ・アバンリー(左腕未完治)。
資源管轄課代表……レイム・バーモット。
交易管轄課代表……アネス・トライド。
調査管轄課代表……ガレブ・イヴェスト。
財源管轄課代表……バリー・アドメント。
医療管轄課代表……イリス・シノメドゥーレ。
冒険者管轄課代表……ヒシュー・アヴェンチャー。
冒険者総合成績筆頭……ゴーダン・クレティオン(長期外出先から超高価な通信水晶での参加)。
冒険者魔法成績筆頭……ミーニャ・スレッグ。
冒険者体術成績筆頭……ウィル・リー。
そして──、
「なんで『レリア・ヴァイター』が居る?」
長テーブルの端の席で一言も喋らない私へ訝しげな視線を向けてきたバリーに、私が口を開くよりも速く、アネス交易長が呆れた口調で答える。
「リドゥくんとマトモな接点あった同期生が彼女以外いなかったからでしょ。それくらい考えてから聞きなさいな」
「それくらい知っとるわい。儂が聞きたいのは『何故謹慎中の冒険者が出席してるか』だ。お前さんこそ頭使わんかい」
バリーとアネス交易長は火花を散らし合う。業務上連携が特に多い方たる財源管轄課と交易管轄課は、一龍月前から折り合いが悪くなっていた。
「止めろ貴様ら」
そんな二人を制したのはジユイだった。
「レリア・ヴァイターを呼んだのは俺だ。不満があるなら言ってみろ」
「む……」
バリーは口を閉ざす。ギルド長が招集したとあれば文句の筋合いはないと踏んだのだろう。
室内が静まったのを確認して、ジユイは話し始める。
「では、会議を始める。今日集まってもらったのは他でもない。リドゥ・ランヴァーについてだ」
「「「──!」」」
室内に緊張が走る。リドゥは冒険者ギルドでは禁忌とされる『殺人』に関与したとされる解雇被害者として有名になってしまっていた。
彼の行動が漏れた際はギルドに戦慄が走った。特に低級冒険者。最近緩和されたとて『採調武三道』が制定されてから毎日が綱渡りたる彼等の間で『解雇される=闇堕ち』のイメージがすっかり定着してしまい、結果他国ギルドへの転属が相次いでいるのだ。残る者もいるにはいるが、彼らに至っては『去る気力も湧かない』が正しい。
「っ……」
ミーニャの眉間に皺が寄る。入室前に会った際に嘆かれたのだが、リドゥの首を掻っ切るも、死亡確認前に連れ去られたとジユイから言われたとのことだった。
わざわざ個別に話を通されたということは、恐らく自分たちが森でリドゥと邂逅したのは露見している。手段は不明だが、でなければ一人一人に時間を取るとは考えにくい。
秘書官から幾枚かの資料が配られる。リドゥの経歴と、拠点にいたというモンスターの一覧だ。
「知っての通り、リドゥは殺人を犯した。俺はリドゥを『夜』として手にかけたが、死亡確認前に取り逃がしている。そんな彼が生きている前提で、彼とその拠点に住まうモンスターを制圧すべく、先ずはそれぞれから見た彼の印象から、彼がどう動くか探ろうと思う。では──」
「先にいいですか?」
挙手した私に、一斉に注目が集まる。
「なんだ? レリア・ヴァイター。言ってみろ」
発言権を得た私は、ジユイの目をしっかり見据えて物申す。
「そもそもの話、ここまで大規模な話し合いする必要あります? 私は謹慎中だったもので、全体像が見えておりません」
我ながら妨害工作じみた発言だが、実際問題、どこまでリドゥの行いが知れ渡っているかを私は把握しきれていない。話が見えてない状態で話に加わりたくないし、あわよくば「……ここまでする必要ないな」と思わせられたら儲けものだが、現実はそう甘くなかった。
「リドゥ・ランヴァーの殺人行為が外部に漏れたのが良くなかった。それが無ければ俺一人で終わらせる気でいたが、リドゥ・ランヴァーをよく知らぬ一般人から逸早い断罪を求めるデモと、それに腹を立てた彼と交流の深かった一般人の衝突が相次いでいてな。これが乱闘にまで発展している現状、リドゥ・ランヴァーを断罪する以外での鎮圧は不可能の域に達している。だから大規模な話し合いを行っている。他に質問は?」
「……最後に一つ。元凶のべメスはどうなりました?」
「記録者資格を取り上げて解雇した」
「……! ……そうですか」
だったらもう一発殴れば良かった。そう思ってしまう私は過激だろうか?
「では再開しよう。レイム・バーモット、彼の殺人心理について心当たりは?」
「はい……」
レイム上司は気乗りしない面持ちで口を開く。特に交流のあった管轄課の代表としては、人を売るようで複雑な思いだろう。
「リドゥと被害者三人組は、険悪と断言できる仲でした。三人は初討伐任務、自分が運良く上手くいったからと驕り、リドゥへ証拠に残らない範囲での暴行・暴言の嵐。寧ろリドゥが手を上げてない方が不思議なくらいでした」
「では三人は恨みを買っててもおかしくなかったか。なら殺されるのもやむなしだな」
ジユイはばっさり切り捨てる。まぁ、あの三人にはお似合いの結論ではあるが。
「正直、今も誤解であってほしいと思ってます。戦闘面で役に立てないからとその分、採取採掘には力を入れてくれて、資源管轄課として非常に重宝する人材。所謂『自分にできることを』体現してる者でしたから」
「その彼が討伐依頼受けてないからってクビになったものねぇ。その所為で交易の品がゴッソリ減って大変だったわよ」
レイム上司に続いたアネス交易長はジユイへの嫌味を隠そうともしない。交易管轄課を率いる彼女もリドゥを懇意にしていた身で、解雇の一件ではレイム上司同様大いに反発したと聞く。
そこへバリーからの余計な嫌味をひと摘み。
「ふん。そんなの、リドゥに頼ってばかりだったそっちの責任だろう。人に当たってないでさっさと次善策を打ち出すべきだったのではないか?」
「はぁ? ジジイ、アンタ……いくら対策打ち立てても殆どの冒険者が採取採掘を軽視していた中、リドゥくんは専属レベルで鉱石の全体の九割を担ってくれてたのよ? そんな彼が抜けたら対処もクソもない大打撃だって言わなきゃ分かんないわけ?」
「失ったモンは割り切って残ったモンで交易しろって話だ。それが交易人だろう?」
「自分だって鉱石分の売上ゴッソリ消えて慌ててた癖によく言うわ」
「なんだと外見年齢詐称ババア」
「言ったなクソヒゲ」
二人の口論は刺々しさを増していく。そんな二人を他所にガレブが発言する。
「彼女らほっといて僕も話しますね。リドゥ元冒険者ですが、一時期冒険者共有のモンスター調査書を多く読み込み、調査依頼も積極的に受けていました。あのときの知識が残っているなら、拠点のモンスターに共有し、基本戦法の一新から弱点潰しまで済ませてるでしょう。この資料見る限り、独自の進化も遂げてるようですし」
ジユイは「その通りだ」と返答する。
「彼が拠点で掘り当てた魔力源泉は、回復効果は勿論、身体構造そのものを作り替える力を宿している。実力自体は未知数だが、拠点のモンスターは、モンスターの身体能力・魔法を備えた人間と思え。……長いしここでは『遺志守』と呼ぼうか」
拠点モンスター改め『遺志守』。リドゥが死亡してると仮定するとして、彼の遺体を守りながら残された拠点を繁栄させてるとすれば言い得て妙なのが皮肉だった。
「イリス・シノメドゥーレ。貴様もレイムやアネスと同様に交流は多かったそうだな」
「はい。回復液の素材となる薬草から魔力鉱石を何度も納品してもらっていました。治療してもらった恩があると言って依頼を出せば積極的に受けてくださいましたよ。だから解雇された当初は大変でしたねハァーァ……」
イリス医療長もアネス交易長に負けじと苦言を呈する。徒に暴力を振るう冒険者をボコボコにする程に人命・尊厳を軽んじる行為を酷く嫌う彼女にとってジユイは目の敵だった。
「採取ボーナスを付けることで採取率を上げておこう。ヒシュー・アヴェンチャー。貴様からは何かあるか?」
「なんとも言えませんな。先程仰っていた通り、彼はモンスター討伐依頼には一度しか携わってません故、『最初の一回だけの冒険者』以上も以下もありません。なので冒険者たる彼らに聞いてみていただきたい」
「ではゴーダン・クレティオン。貴様はどうだ? 森で会ってるんだろう?」
「──!」
水晶越しでもゴーダンが言い淀んだのを感じ取る。大家さんの送迎中だし誤魔化せると一縷の望みを賭けたが、初手で潰されてしまった。
「……爆破に巻き込まれながらも一命を取り留める、豪運の持ち主だと思っております」
「そうか。次はミーニャ・スレッグ。確か市場でも会っていたな」
え、そうなの? 初耳なんだけど?
ミーニャに顔を向けると、彼女はすごく険しい顔をしていた。黙ってたことすら筒抜けだなんて、プライバシーもなんもあったもんじゃない。
「……彼の魔力からは悪意を一切感じられませんでした。正直に言うと、殺人行為は一時的な衝動によるものであると断言します」
「そうか。ウィル・リー。貴様からは?」
「僕は一回採掘依頼で会ったっきりですね。でも、一度に掘り当てる鉱石の量からして一度頭に叩き込んだ採掘ポイントは最後まで覚えてるし、一度に運ぶ量を見ても、記憶力と持久力はかなりある方だと思いますよ」
「確かに、しぶとさなら上澄みかもしれんな。最後にレリア・ヴァイター。貴様から見たリドゥは何者だ? この中では特に付き合いが長いらしいじゃないか」
「……」
ちっ──と内心舌打ちをする。何でも知った口を聞いてくるのが腹立たしくて仕方がない。
だから私は一言で済ませてやった。
「何もかも抱えこむ怒り下手ですよ」
ここから後に行われた会議中、私はずっと上の空だった。
◇ ◇ ◇
会議後──。
レイム上司と気まずく廊下を歩きながら、私は上司の背中に意地悪な話を振る。
「レイムさん」
「……なんだい?」
「私たち、何しに行くんでしょうね……?」
「…………何だろうねぇ……」
レイム上司はため息を吐きながら、困惑混じりに私をはぐらかした。
その日から作戦決行日まで、食事は碌に喉を通らなかった。