83 羽化③
そして数分後──。
リドゥたちが今までにない速度で帰還すると、拠点の外は騒然としていた。
僕は拠点を見上げていた一人に話しかける。
「おぅい、何があったんだい? どうして外に?」
「あ、リドゥさま。出産に集中させるから一旦出てけって。子持ちの女性とゴウ以外出入り禁止されてる」
「そうか。子どもたちは?」
「あそこで遊んでらぁ」
指差された先に顔を向けると、拠点の子どもたちは石積みをしていた。拠点の異様な雰囲気を気にする素振りを見せながらも「石たくさん積んだー」と微笑ましくはしゃいでいるので、そこまでストレスにはなってないようだった。
正直安堵した。親共々魔族化した際に溺れかけたのに始まり、魔族の仲間が死にかけた僕を助けに外へ飛び出したり、かと思えば一丸となって戦争準備に勤しんだりと、気が気でない出来事が立て続けに起こっている故に、子どもたちに何かしら悪影響と思っていたからだ。
今回だってそう。出産のサポートの為とはいえど、子どもたちからすれば母親組がこぞって傍から居なくなってしまっているのだ。これに不安に苛まれていないかと心配だったが、子ども同士で寂しさを払拭し合えてるならそれに越したことはない。
であれば、コチラはコチラでやれることをしようではないか。
「ねぇ。僕に何か出来ることはあるかい? やっぱり色々と入用だろうし……──」
「全部自分らでやるって言ってたよ。今は腹痛めた経験ある彼女たちに一任しよう」
「あ、はい」
「リドゥさま〜。遊ぼ〜」
出鼻をくじかれていたら、子どもたちが僕に気付いて声を掛けてきた。
「おっ。誘ってくれるかい? 何して遊ぶ?」
「一緒に石積みしよ〜」
「よしきた」
どうやら、この子らの気を逸らすのが自分の役目みたいだ。僕はそう割り切ることにして、子どもたちの石積みにに参加する。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで興が乗り──、
「リドゥさま。石は大丈夫でございますか?」
「オッケオッケ。そのままゆっくり下ろしてって」
「ちょい待てアウネ。もう少し奥に寄せた方がいい気がするわい。もう少し……そこじゃ」
子どもたちがじっと見守る中、大人魔族ども一体となって186段目に挑戦していた、そのときだった。
「──」
「ん?」
「ひゅっ……!」
一秒未満の油断も許されぬ中で突如声を出したレッドに、アウネさん始め石周りにいた者々がすっ飛ぶんでヒップドロップばりの尻もちをつく。これには全員ブチ切れだ。
「レッドさま貴方! 私を戦犯にする気ですか!?」
「ここまで積んどいて台無しにする気かレッドコノヤロー!!」
「レッドさん、わる〜い」
「ボケェェ! ボケェェエ!!!!」
「散々な言われようだな。産まれたかもしれないのに」
「え……?」
その場にいる全員の時が止まる。今サラッと砲弾放ってきた?
「あたっ!」
直後、拠点入口から悲鳴が聞こえ、見上げると、ゴウがすっ転んでいた。
「……ぼっ…………」
「ぼっ」
「ぼっ?」
「「「ぼっ?」」」
──ぼっ、て何だ?
ゴウの意味深な呟きに、魔族たちは固唾を呑んで、立ち上がったゴウの次の言葉を待ち望む。そして……──、
「……母子共に健康ーーーー!!!!!!」
森中に木霊する大歓声を上げた!!
「どっちじゃー! 子どもは男子か女子か、どっちじゃー!」
「女の子ー! 女の子女の子女の子ーー!!」
「落ち着けー!」
「イガマキさん。なんでみんな喜んでるのー?」
「ゴウとサイカに子どもが産まれたイガ。おまえたちに妹分ができたんだイガ」
「ぼくら、お兄ちゃん?」
「おねぇちゃん?」
「そうなるイガ」
「「「わぁい」」」
「リドゥー! この前約束した通りだー! 子どもの名前、一緒に考えてくれー!!」
「よしきたァ!!」
僕は意気揚々と駆け寄って拠点へ入る。他の魔族も「俺も私も考えたい!」とゾロゾロ後に続いてくるが──、
「ごめん、サイカも疲れてるからリドゥ以外は待ってて」
と、ゴウが断りを入れるなり、拠点出入口に控えていたイワビタンに閉め出されたとさ。
──ずりぃぞチクショーー!!!!
なんて大ブーイングをイワビタン越しに聞きながら、僕は出産部屋を目指す。出産が成されたのはゴウとサイカの夫婦部屋だという。
「ゴウ。名前の候補はある程度考えてるのかい? それとももう絞った?」
「まぁな。何個かは考えてみたけど、やっぱりリドゥにも加わってほしいんだ。何せ俺らの名付け親だからさ、お前なら間違いねぇよ」
「買い被ってんなぁ。でも、ありがと。子どもは女の子だよね?」
「ああ。もしかしてもう名前考えてくれたのか?」
「うん。即興だけど……『ウカ』ってどうかな?」
「『ウカ』? ……もしかして、俺とサイカから取った?」
「それもあるけど、ちゃんと意味も考えてるよ。虫が蛹から成虫になって外に出るのを『羽化』って言うんだけど、それに因んで、世界に飛び出すって意味で『ウカ』ってんだけど……ネコ科に虫はやっぱ変か?」
「……いや、良いんじゃないか? 世界に飛び出すって意味合いが気に入った! 長女の名前にさせてもらうわ!!」
「お気に召してもらえて何より。……ん?」
ゴウの発言に引っかかりを覚える。長女ってなんだ?
「なぁゴウ? 長女ってな──」
「おぅい、サイカ! リドゥ連れてきたぞ! 一人目の名前も早速決まった!」
聞き出すよりも早く夫婦部屋に到着する。更なるちょっと待てな要素にある予感を抱きながら入室すると──!
「そんじゃあリドゥ。残り三人分も一緒に考えてくれ」
「四つ子かい!!」
これは想定外! 複数生児の可能性をすっかり失念していた!
でも、確かに『女の子』って四回言ってたなぁ……。
「ちょっとゴウ。四つ子だって言ってなかったの?」
「あれ? 俺言ってないっけ?」
「言ってなかったなぁ。女の子と四回言ってたけどなぁ」
「言ってたわ」
「分かるわけないでしょそんな言い方で。ごめんなさいねリドゥ。うちの旦那が阿呆で」
「まぁまぁ。過ぎたもんは仕方ないさ。それより抱っこしてやってくれよ」
「ゴウ、それはこちらの台詞なんだわ……失礼します」
最大限の注意を払って、僕は新たな生命を腕の中に移してもらう。
豹人の赤ちゃんは短いながらもフカフカした毛並みだった。今でこそ見た目は動物だが、ここから親同様に二足歩行、更には喋れるようになるかは未知数だ。
そして、目は産まれたばかり故に未だ開いてなかった。
「なぁゴウ、サイカさん。この子らの目ってどれくらいで開くんだろうな?」
「目? ……だいたい十日くらいじゃないか? サイカ分かるか?」
「七〜十日くらいね。死んだ弟がそれくらいだったわ」
「あら、嫌なこと思い出させちゃったか。すんません……」
「気にしなくていいわよ。ずっと昔のことだし、モンスターな以上、血縁全員が生きてる方が珍しいわよ」
「そうすか……」
やはり元々モンスターなだけあって、死生観はシビアだった。なんなら割り切っていた。
「ところで、目がどうかしたの? その子の目に何か付いてる?」
「いんや。ギルドが報復に来る前に太陽見せてやれるかなって。目が光に慣れる期間含めて」
「あ、そっか。期限的にもギリギリなのか」
うん……──。と返す。目の奥がズシリと重くなったのを僕は確かに感じた。
「……ねぇ、リドゥ。前に言ってたこと、本気なの? コッチはもう覚悟決まってるけどさ、アンタは元は人間でしょ? 人里離れた場所なら幾らでも住みようあるんじゃない?」
「……ご心配ありがとうサイカさん。でも、決めたんです」
赤ちゃんを返しながら、僕は続ける。
「人間というのは一度法を犯せば断罪するまで見過ごせない質なんですよ。断罪出来たか確証持ててなければ尚更。だから僕は戦います。落とし所はちゃんと作らないと……──」
赤ちゃんが指を掴んでくる。赤ちゃん特有の何かに掴まりたいやつだ。
それを僕は、振りほどいたりせずに、言葉を続ける。
「例え二度と、地上に出れなくなるとしても」