82 羽化②
「ほれほれ、さっさと日陰に行かんかい! 水分補給を忘れるなよ!」
「皆に水は行き届いたか? 疲弊してる者には率先して配ってあげてくれ!」
鍛錬終了宣言後、リドゥたち魔族は小休憩に入っていた。
時間は一時間。小休憩にしては長いが、文字通りの炎天下での鍛錬を思えば妥当な時間といえる。
「だぁぁくそ! まーた瞬殺されたよ! 昨日よりは戦場残れたのに!!」
「アンタは五分耐えただけまだ良い方でしょ。こちとら三分と経たずにぶっ飛ばされたわ……」
一方で、悔しがる魔族が複数人。彼らは戦闘範囲外に飛ばされた者だった。
一度戦闘範囲外に飛ばされた彼らは回復しても戦場復帰を禁じられていた。戦死者と見なされたからだ。故に「次こそは!」と次回鍛錬への意気込みを語っているので、戦場へ残るモチベーションを育むのか狙いならば目論見は成功しているともいえる。
「ファランさま、涼しい風を吹かせてくれませんか? 嵐を体現する貴方なら出来るでしょう」
「龍使いが荒いぞアウネ貴様ァ! はいっ!」
──るり〜〜……。
涼しい風が吹いてきて、皆の顔が和んだ。
ファランは拠点で立ち去ると宣言して以降、魔族との距離が縮まっていた。今までは『とにかく強い傲慢クソボケ長命龍』と一歩引いたやり取りがなされていたのが『なんやかんや相手の未来を想ってくれているとにかく強い傲慢クソボケ長命龍』になったことで心の壁が取り払われたのだ。傲慢クソボケが除かれてないのはご愛嬌。
「おいリドゥ。お主今不敬なこと考えたじゃろ」
「え? なんで分かったんですか?」
「儂にかかれば読心くらいお手のものじゃ! というか少しは否定せんかい! 折角武器加工から戦線参加まで6秒早くなった褒めてやろうと思うたのに!!」
「やったねワァイ。ですが褒めてあげるのスタンスが気に食わんのですよ! だから傲慢クソボケ長命龍と呼ばれんだよこの傲慢クソボケカス長命龍!」
「しれっと『カス』と付け加えてんじゃないわいバカアホ弟子が! もう怒った! もう少し先にする気だったが次の鍛錬から異常気象二つ加える! 内容はお楽しみに!」
「「「ゲェッッ!?」」」
僕と同時に魔族たちはすごく嫌そうな顔をする。ただてさえ炎天下だけでいっぱいいっぱいなのに、これ以上増やされたらたまったもんじゃない! これには魔族たちからも「「「ふざけんなーー!!」」」と大ブーイングだ!
「馬鹿抜かすなファランてめぇ! こっちのレベルに合わせるんじゃなかったのかよ!?」
「今の灼熱環境でさえ精一杯なのに、殺す気かコノヤロー!!」
「その通りじゃコノヤロー!!!!」
言いやがった! はっきりぶっ殺宣言しやがった!!
「勘弁してくれよファランの兄さん! 俺たちからの印象に腹立ったのは分かるけど、そんなんされたら俺、父親になる前に死んじまうよぉ!」
「おまえも正直だなゴウおい」
「本気で死を覚悟して臨めと言うとるんじゃコッチはァ! じゃなきゃガキが産まれる前にマジでジユイに殺られるぞ!!」
「ガキじゃなくて子どもって言ってほしい」
「知るか!」
「それは本当にそう。……あぁ、そうだ」
子供の話が出たところで、僕は少し気になっていたことを聞いてみようと二人の会話に割って入る。
「というかゴウ、子どもの出産近いって前言ってたじゃん。具体的にはどのくらいなんだ?」
「…………今龍月以内?」
「思ってたより近いな。サイカさんの傍にいてあげた方が良いんじゃないか?」
「俺もそう思って、ホントにコッチ来て大丈夫か聞いたんだよ。そしたらアイツは……」
──一家の柱になれるよう鍛えてきなさい。
「って言ってきたもんだから、だったら鍛錬を優先するべきかって。まぁ、万が一もあるし、そんときは知らせに来てくれって拠点の皆には頼んではいるけど」
「そっか。それならいいんだ。妊婦である以上、誰かしら傍に居てくれてるだろうしね。でもいざって時はサイカさんを最優先してくれ」
「おう。その時はそうさせてもら──」
「……ーーぃ!」
「「んあ?」」
誰かを呼ぶ声に振り返ると、拠点の非戦闘員が慌ただしく走ってきていた。まさかとは思うが……?
「ゴウ、直ぐ帰れ! サイカさん陣痛始まった!」
「「「マジか!!!!!!」」」
ピンポイント報告にその場にいた全員が歓喜の衝撃を受ける。炎天下の鍛錬にダウンしていた戦士まで飛び起きたし、なんならレッドすらも「おお」と振り向いてきた。
「コロスケ、直ぐにゴウ連れて飛んで! コッチは後から向か──!」
「チョエーー!!」
指示を飛ばしてる間にコロスケはゴウを連れて拠点へ転移した。判断が早くて助かる!
とにかくこちらも急いで帰還だ!
「皆んな帰るよ! 拠点初の新生だ!」
「早く行きましょう! 見たい見たい!」
「ダウンしてる者はお任せ下さい! 主は急いで拠点へ!」
「待たんかいお主ら! 儂も混ぜろ!」
全員小休憩そっちのけで走り出す。疲労なんて知ったことか!