8 風導①
「風導だ……!」
リドゥが見つけた緑の塊は『風導』。主に森林で木の実を食べながら雨天時は木の洞や洞窟で雨宿るモンスターで、その名の通り何処からともなく『風を導いてくる』存在だとギルド調査書に記してあった。しかも、とある環境学者が自然遊び大好きな孫の紹介で出会った事実から人とも親しめる存在だと知られているのも有名な話だ。
「あ」
更に目を凝らしてみると、地面には緑色の血が滲んでいた。体毛の時点でそうだったが、草と同化しているから気付かなかった。
恐る恐る「ちょっとごめんよ」と仰向けに裏返す。
「うわ、酷いなこれ……」
一瞬ながら思わず息を呑む。風導の顔が頭から縦薙ぎに裂かれていた。
よく真二つにならなかったものだと感心しながら傷を詳しく観察する。
傷は何か鋭利な刃物で負ったもののようだった。鋭い鍾乳洞が並ぶ洞窟でもあるのだろうか?
だとすればどうして洞窟から森に? 力尽きる覚悟で薬草でも探しに来たのか?
いや。そもそもの話、こんな傷が深くなるまで鍾乳洞に顔を押し付けるほど痛みに鈍感とは考えにくい。事故でぶつかったか、モンスターに飛ばされた先が鍾乳洞だった?
というよりも、そのモンスターの攻撃では?
ならどんな攻撃だった?
爪攻撃なら三本裂傷がある筈だし、爪が一本だけ発達したモンスターは聞いたことがないから除外する。なら次点で鋭い部位は牙だが、とすれば解せない疑問が生じる。
如何に鋭くても牙というのは主に噛みつく・噛み潰すためもの。噛み損ねたなら千切れるように傷付く筈だ。
対して、風導が負った傷は『噛み千切った』よりも『噛み裂く』が表現として相応しい。牙の表面が『刃』のように鋭くなければ出来ない傷だ。
……待てよ? そんなモンスター、確かいたような──、
「……ケ……」
「ん?」
考察が纏まらんとしたその時、妙な音を聞く。
一旦考えるのを止めて、音源を特定せんと耳を澄ますと、ちょうど再び聞こえた。
風導からだった。
「モケケ……」
「! おおい、マジか」
リドゥは思わず舌を巻く。この深手でまだ息があったとは。
だったら話は変わってくる。僕は傷が開かぬように風導を抱きかかえて拠点目指して駆けた。ケムリ草はまた後だ。
流石に干渉し過ぎだろうか? 徒に生物の生死に介入して生命の循環を乱している気がしなくもないが、ワンチャン助かる生命を見て見ぬふりするほど割り切れてはいない。何よりレッドドッグを治療しているのだから今更だ。
「イシノシは狩っといてなぁ……」
我ながら都合の良い言い訳だこと。自分自身に呆れながら、僕は元来た道を引き返す。
◇ ◇ ◇
「ヴゥ……?」
拠点に戻ると、レッドドッグは既に狩りを終えて帰ってきていた。
ただし、いつものように獲物を焚き火跡に置いてはいなかった。「駄目にした分は自分で賄え」という意味だろう。
だが今はそれどころじゃない。僕はそっと風導を寝かせ、荷物をひっくり返す。
「あった!」
その中から見つけた回復液(正式名称・即効性回復液。長いので誰も呼ばない)を一本丸ごと風導にぶっかける。万一に備えて何本か買っといて正解だった。
風導の傷はみるみると修復されていく。即効性回復液と名付けられるだけあって効果は絶大だ。
「モケ……モ……スゥ……スゥ……」
風導は傷が癒えた安堵感からか、そのまま眠ってしまった。
「はぁぁ……」
へなへなと脱力して僕は床に仰向けに倒れる。間に合って良かったぁ……。
「ヴゥ……」
「ん?」
レッドドッグの唸り声に顔を向けると、レッドドッグは「またいらんことしてる……」と言いたげな顔でこちらを見ていた。
「……余計なお世話な自覚はあるよ」
その所為で貴重な回復液も残り二本になってしまったし。ワンチャン作れるならともかく、それが叶わぬなら負える深手はあと二回だ。
薬草の研究、近いうちに始めないとな。