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79 兄ちゃん②

「失礼します」

「失礼しまっス」

「入れ」


 レイム上司とエウィンが病室を訪ねると、ジユイは大量の書類に囲まれていた。


「少し待ってろ。これを書いたら話す」


 そこで彼はベッドテーブルを構えて書類を作成していた。しかし執筆は難航しているようで……、


 ──ぐしゃっ。


 書類が微かに傾いたその瞬間、筆速に負けて大きくシワになってしまった。


「ハァ……」


 ジユイは眉間を僅かに顰めながら、新しい用紙に文鎮を乗せて書き直し始める。ゴミ箱は何度もお釈迦にしたと思われる執筆中書類で溢れていた。


 その姿を見るなり二人は違和感に気付き、小声で声を交わす。


「レイムさん。ギルド長、左腕無いっスよね?」

「長袖で隠しているがな。重体とはアレのことか……」


 だが、その理由は未だ明らかになっていない。もしやリドゥの殺人と何か関係が……──?


「ギルド長、その腕どうしたんスか?」


 と、脳裏で憶測を立てていたら、エウィンが単刀直入に聞き出した。


 こら……! と止めるがもう遅い。この青年、思ってたより遠慮がない!


 が、ジユイはエウィンに目もくれないながらも、あっさりと答える。


「荒天龍にやられた。奴の魔法の所為で回復液の効き目も悪くてな、完治まで一龍月要する羽目になった」

「荒天龍?」


 私の左瞼が反射的に持ち上がる。刃牙獣が逃げ込んだ森に突如現れ、潜伏していた滅喰龍と激しく争い合った龍の名だ。言葉通りなら彼は件の森に赴いたことになるが、一体何目的で?


「──?」


 そのとき、私は視界の端で捉える。隣に立つエウィンの顔が青ざめたのだ。


 が、彼は直ぐに顔色を戻して世間話の皮を被った質問を続ける。


「あらま。なんでわざわざ荒天龍のいる森に? 用事でもあったんスか」

「ああ。そこに潜伏していたリドゥ・ランヴァーへ会いに行き、技術提供の交渉決裂の末に首を掻っ切った」


「……は?」


 昨日の夕食は〇〇だった──。そんな世間話で提示するような流れでの爆弾発言に、私は眉間に血管が浮かぶ感覚を抱いた。


 しかし、書類作成に夢中なジユイはそれに気付かず、目線を書類に向けたまま淡々と続ける。


「だが、死亡したという確信は持てていない。ご覧の通り荒天龍の妨害に遭って、撤退を余儀なくされたからな。向こうも超回復の手立てがあるし、もしかすれば生き延びてるかもしれん。左腕が完治次第確認へ赴く予て……!!」


 ジユイが窓辺に吹き飛び、頭をぶつける。ふらりと距離を詰めたエウィンが声をかける間もなく殴り飛ばしたのだ。


「なっ!?」


 突然の暴行に一瞬反応が遅れる。しかし構わず追撃を加えんとするエウィンの姿に、私は己の怒りも忘れて大慌てで羽交い締めにした。


「エウィンくん! 何をして──!」

「それはコッチの台詞っスよ!!!!!!」

「ッ……!?」


 何事か! と見張りが入室してくる中で、エウィンが怒気を孕んだ声で振り返る。その顔は大粒の涙と鼻水でグショグショになっていた。


「余らせるからって、稼いだ金ずっとスラム街に寄付してくれてた兄ちゃんをコイツは殺したんスよ!? まだお礼も言えてないってのに、大人しく聞けるわけないじゃないスか!!」

「スラム街?」


 この言葉を聞いて、私は一つの可能性に辿り着く。

 私は一人、スラム街出身の冒険者を知っている。


「エウィンくん。もしや君がリドゥを兄ちゃんって呼んでるのって……?」

「そうっスよ! 五年前、ふらりと孤児の集まりに現れたリドゥ兄ちゃんは、僕らで役立てろって文字や計算の勉強本を寄贈()れたんです! それからも定期的に顔を出しては生活費も恵んでくれて、そのおかげで去年冒険者になって乞食から脱せたんスよ!」


 レイム上司は衝撃を覚える。 リドゥが数少ないスラム街出身冒険者なのは知っていたが、まさかエウィンくんも同街出身だったなんて!


「だから直ぐに会おうとしましたよ! 兄ちゃんのおかげで生きれた一人ですって! なのに全然会えないじゃないっスか! 時間が合わないのかなって思ってたけど、周りに聞けば聞くほど殆どが兄ちゃんを悪く言ってて! なんで顔も禄に覚えちゃいない僕らに優しくしてくれた兄ちゃんが叩かれなきゃなんないんスか!」

「──?」


 エウィンの発露に引っ掛かりを覚える。どうして一度も会えてないリドゥが、エウィンを覚えてないと確信を得られているのだろう?


「エウィン、今の覚えてないはどういう意味だ? まさかラネリアの外で会ったのかい?!」


「ソイツは森でリドゥと会っている」


 声に振り向くと、発声主のジユイは気付けばベッドに座り直していた。


「リドゥの記憶を覗いたから分かる。刃牙獣調査に赴いた冒険者三人の失踪から三日後、ソイツは件の森でゴーダン、レリア、ミーニャとして、デボアアントの群れを爆破して負傷したリドゥにな」

「え……?!」

「──ッ!!」


 エウィンは苦悶の表情で歯を食いしばる。これだけで図星だと伝わってくるが、まさかこんな重大な事実を隠していたとは!


「しかし全く……思い切り殴ってくれたな。頬骨にヒビが入ったんじゃないか?」

「それはアンタが一般冒険者だからだろ! 犯罪者でも人間の生命に代わりないから『夜』だけが担う殺処分をアンタは部外者でありながら犯したんだ! ギルド長だからって身勝手が許されると思ったら大間違いだ!!」

「……あぁ、そうか。貴様は会ったことなかったか」


 そう一人合点がいった様子でジユイは胸元からネックレスを取り出すと、それを外してエウィンに投げ渡す。


 これを咄嗟にキャッチして、何物かとネックレスを観察して「ッ……!!」と目を見張る。


「『夜』にのみ配られるアクセサリーだ。形状・素材はバラバラだが、共通して裏に刻まれた線を組み合わせていくと『夜』の字になる」

「……エウィン、そうなのかい?」

「……はい」


 エウィンが気まずそうに渡してきたイヤリングと、ネックレスの裏側をじっと見つめる。

 二つとも、確かに記号じみた線が掘られており、それら全てを組み合わせてみれば『夜』だった。


「活動方針上集まりがないからな、四人のように顔を見知っている方が珍しいくらいだ。実際俺は一部しか知らん。それに免じて貴様の暴行は不問としよう」


 エウィンは「……どうも!」と歯噛みする。傍から見れば悪態極まりないが、しかし私はそれどころではなかった。


 ──ジユイが許した?!


 人への情など皆無に等しい彼が自身への暴行をやむなしとするなんて、低級冒険者を『野菜クズ』呼ばわりしていた頃には考えられないことだ。一体どんな心境の変化だ?


「あの──」

「いい加減本題に入ろう。リドゥ・ランヴァーについてだ」


 だが、私が質問するよりも早くジユイは話を始める。


「レイム。リドゥの件が片付いたら、彼が住んでいた森の管理を貴様に任せる。エウィンはゴーダン、レリア、ミーニャ共々、その補佐をしろ」


「「……は?」」


「彼が森で築いた拠点には、多くのモンスターが出入りし、独自の進化を遂げ、彼を慕っている。その森へ人が入らないよう五人には努めてもらう」

「ふっ、ふざけんじゃないっスよ! 殺したら殺したで、その後の責任は負えないって言ってるも同然じゃないかスか!!」

「先程も言ったが、俺はリドゥの記憶を読み取り、殺人行為が事実と確信を持ったから処罰した。当然、知ったこっちゃないモンスターたちは俺をめっぽう恨み、報復に穿とうと備えているはず。ならばせめて拠点を制圧した後は、リドゥやモンスターたちと交流のある貴様たちに管理させた方が互いに精神衛生上マシだと踏んだまでだ」

「──!」


 それは一理ある。正直、これを聞かされてる時点で、リドゥを慕うモンスターにジユイを会わせたくないと思っている自分がいる。


「だからって──!」

「なら俺が管理するか? さすれば日々殺意を孕んで襲撃してくるモンスターたちを、俺は自己防衛の為に殺さねばならなくなる。そうだろう?」

「──ッ!」


 エウィンは言葉を失う。ジユイが管理した場合の危険性を理解したようだ。


「話は以上だ。ゴーダン、レリア、ミーニャにも俺から話すから、見かけ次第来るよう伝えてくれ。それと──、」


 ジユイは書く手を止めて、書類を手に取ってベッドから立ち上がる。


「ギルドの活動方針緩和と、俺の負傷についてだ。訝しんでる者がいるそうだからな、受付掲示板に貼っておけ」

「……拝見します」


 私は手渡された完成書類に目を通す。要約すると……──。


『緩和は永続的』

『二龍大戦地へ独自調査に赴き、荒天龍にやられた』


「……行こう、エウィンくん」

「レ、レイムさん……!?」

「この書類ばかりは早いところ皆に見せねばならない。言いたいことは山ほどあるだろうが、仕切り直そう」

「ッ……! …………はい……」


 瞬間、彼は羽交い締めへの抵抗を止めて、悲しそうに力を緩める。私もそれを確認して羽交い締めを解いて、踵を返す。


「「失礼しました」」


 二人は一言告げて、病室を後にした。

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