75 宣誓
「あらぁ」
いつもの『焚き火の間』に帰還するや否や、リドゥは小さい驚愕の声を上げた。
「おう、おかえり」
と、こちらを振り返ったファランがボコボコにされていたのだ。他の魔族も一部ノックダウンされていたりと、『焚き火の間』は日中の鍛錬以上に死屍累々だった。
「いやはや、参った参った。打ち明けるや否や、教え逃げなんて許さねぇ、参加しないにしても遠くから見届けるくらいしてから出てけ! と風導にぶっ叩かれての。したら他の奴らもこぞって殴るわ蹴るわしてきおった」
「そりゃあアンタ、あんだけ理にかなった無茶苦茶鍛錬してくんですから恨みも積もりますよ。ということで僕にも一発入れさせてください」
「何がということでじゃふざけんな。何が悲しくて自ら頬を差し出さないかんのじゃ」
「だって僕、未だアンタとの手合わせで攻撃当てれたことないんですもの。次は堂々殴ってみせるって気合い入れに殴らせてくださいよ」
「か〜ら〜のぉ?」
「便乗させろ」
「言ったなコノヤロウ! なら儂からも一発殴らせろ! 大丈夫じゃ! 頬骨折れても回復液ありゃどうにかなる!」
「重傷前提じゃねぇか! だったらこちらにも考えがあるぞ! 具体的には殴る代わりに指の爪を一枚『消滅』させてやる! アンタ自己治癒力高いんだし一枚くらい大丈夫だ!」
「ならやってみろやボケカスコラボケーッ!!!!!!」
「よろしくお願いしゃあぁああぁああす!!!!!!」
──いつもの喧嘩だー!
──やれやれー!
──顎やれ顎ー!
野郎共の歓声に囲まれて、僕とファランのくだらない決闘が始まった!
「フンコー」
──瞬間、フンコロガシがぶーん……と今にもぶつからんとした僕らの顔と顔の間を飛んできて、これから洗い流そうという足の臭いを嗅がせてきたものたから、二人揃っては「とゃりゅりぇッ!!」と尻もちをついて悶え転げたとさ。
これには「馬鹿だなぁ」と皆もニッコリだ。
「あ〜……、今回はフンコロガシだったか」
「風導の誰かしらが仲裁すると思ったがな」
「ノイジーの一人勝ちね。はい干し肉チップ」
「やりぃ」
「儂で賭け事をするなぁーー!!!!!!」
「「「ギャーー!!!!!!」」」
ファランの独白でしんみりしていた場が和む。
行き当たりばったりだったが、雰囲気のリセットにはなった。幸いにも、さっさと食事を終えた組も談笑しに戻ってきてはいる。
話すなら今しかない。
「皆さん! ちょっといいですか」
「んあ? なんじゃリドゥ? お主も告白か?」
「ええ、まぁ、はい。そんなとこです」
「モケ、モケモッケ。モッケピロ?」
風導のイリがサラマンダーを示しながら尋ねてくる。名前が決まったのかと言いたいらしい。
「名前の件もあるね。先ずはそっちから発表しようか」
「おぉ! サラマンダーの御子の名が決まりましたか」
「話せ話せー」
「僕の二の舞にならないことを祈るイガ」
根に持たれてるぅ……。
こほん……。と気を取り直して、僕はサラマンダーの名前を明かす。
「彼女の名前は『サリー』です。サラマンダーと別呼称の『炎の精霊』から取りました。実は考えてきたぜって方は挙手!」
すると、意外にも間を置かずに各々から手が挙がる。
「無難に『サラ』で良かったんじゃね?」
「2秒で決めた感あるくね?」
「サンダー」
「炎を雷にしてどうするよ。大喜利じゃねぇんだぞ」
「『ナツ』はどうでしょう? 主が勉学用に買ってきてくださった本を読んでおりましたら、他国には季節という概念があるそうで、その一つたる『サマー』の別呼称が『夏』でした」
「あら素敵。第二候補にさせて」
「恐悦至極」
「……で、君はどうしたい?」
と、サラマンダーに話を振れば「ん?」と彼女は振り向いてくる。ボンヤリしてたらしくてちょっと頬が緩む。
「名前だよ名前。いつまでもサラマンダーは他人感あるしさ、新しく名乗ってみないか? って話」
「サリーならリドゥさま。サラならゴウさん。ナツならロイストさまとハグしてくださいまし」
「アウネさん、いつの間に。さっき連行されてなかった?」
「面白そうな気配がしたので舞い戻ってきました。是非名付けに立ち会わせてください。さぁサラマンダーさん。どれを選びますか?」
「ん」
彼女は短く返事をして、名付け親候補三名を見やる。そして……──、
「おお」
歩き出した彼女は、リドゥに抱きついたのだった。
ということで、サラマンダーは『サリー』になった。
「これからよろしくお願いしますねサリーさん。改めまして、私はアウネです。今後とも仲良くしてくださいね」
「……ん」
そう言うアウネさんの頭を、サリーは何を思ったか手を乗せて撫でたのだった。
「ぼっしゃあ」
アウネさんは大量の鼻血を出して気絶した。忘れたくなる恍惚とした表情だった。
まぁ直ぐに起きるだろう。もう一つの本題はこれからだと意気込んでたら、ロイストが「そういえば……──」とこちらを見てくる。
「主よ。先程、名前の件もと仰ってましたが、まだ他にも?」
「確かに言ってたイガ。なんだイガ?」
「フンコー?」
ロイストの発言で自然と注目が集まる。ありがとうロイスト。
「うん。明るい話じゃないんだけど、大丈夫?」
「構いませぬぞ」
「じゃあ、言うね。一龍月後のジユイのことだ」
「「「──…………」」」
刹那、寝静まった夜のように皆は無言になって真剣な表情を作る。本来なら視線が刺さって痛いところだが、今は寧ろありがたい。
「改めて言うね。皆んなも薄々気付いてるだろうけど、ジユイが来れば間違いなく森は戦場になる。それこそ、森全体が吹き飛んだり、最悪こちらから焼き払わないと向こうが撤退しないような大規模な被害が出ると思う」
僕は続ける。
「皆んなの生命だって保証できないし、この拠点だってきっと取り押さえられる。だから、生命が惜しい人は引越しを薦める。世界は広いんだし、人気のない地帯だってきっと見つかるはずなんだ。現にこの森だって、僕が来るまでは碌に人は立ち入らなかった」
僕は続ける。
「それでも……それでも、成り行きでジユイと敵対した僕と一緒に居てくれるのなら、僕は皆んなを守るのに全力を尽くすよ。誰一人死なすもんか」
僕は続ける。
「僕は最後まで、抗ってみせます」
僕は告白を終えた。仲間の反応や如何に?
脈が強くなっていくのを感じながら待っていると、ロイストが「主よ」と前に出てきた。
「滅喰龍の脅威を取り除いてくれた時から、私は貴方に忠誠を誓った身。貴方が決めたことなら、私は最後までついて行く所存です」
ゴウが「俺もだ」と手を挙げる。
「サイカの出産も近いだろうし、これ以上連れ回したくないんだ。此処を守る為なら、俺だって全力尽くすぜ」
風導たちも「「「モケモケ」」」と声を上げ、イリが代表して話す。
「モケモケ。モッケピロピロパヨンパヨン」
「刃牙獣からの仲だイガ。今更水臭いイガ」
「フンコー」
初期メンが口々に同道しようと申し出てくれる。刃牙獣戦に集ったのが彼らだった時は絶望したが、今となっては懐かしいし、彼らじゃなきゃ倒せなかったと今なら思う。
「言えたじゃないか」
目頭が熱くなっていると、レッドがそう呟く。普段の鉄面皮が目の錯覚か、少しだけ和らいでる気がしたが、確認する間もなく僕の前で片膝を着いた。
「宣誓。我、人狼のレッドはリドゥ・ランヴァーの友として戦い抜くことを此処に誓おう」
レッドの決意表明に合わせるように、魔族の面々は次々と片膝を着いていく。皆の決意は頗る固いようだった。
これに思わず振り返る。
冒険者として挫折して、解雇されて、数少ない理解者たちとも別れて、僕の自尊心はボロボロだった。いつ死んでもいいやと人生を諦めてさえしていた。
けれど、今は魔族の皆んながいる。僕と一緒に戦おうと言ってくれる仲間がいる。
──僕はもう、独りじゃない。
「皆さん、よろしくお願いします……!」
僕は目頭を拭い、頭を下げた。
この日、初めて僕は、皆んなと友になれた気がした。
想いをひとつに第7章も一区切り。
明日からの投稿も読んでくださると幸いです。
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