74 成り行き
『魔力源泉の間』にて──。
食器を泡立てながら、リドゥは思考を巡らせていた。
サラマンダーさんの名前どうしよう?
頭文字をとって『サラ』にしようかと思ったが、それではあまりに捻りがなさすぎていい加減な気さえする。やはり名付けをするならば適当に決めたりせず、響きから呼びやすさ……、それでもこだわれるところはこだわりたい。
けど変に複雑にしたくもないしなぁ……なんてとやかく考えてるうちに思考が雁字搦めになっていたら……──、
「リドゥ」
後ろから声を掛けられたので振り返ると、レッドが食器を持って歩いてきていた。
「あれ、レッド? ファランの話は終わったの?」
「ああ。アイツなら立ち去るんだったら当日遠目に見届けてからにしろって風導たちにぶっ叩かれてな。皆も便乗して殴ろうとするから喧嘩になってるよ」
「マジか。居ればワンチャン殴れたかな。レッドは殴らなかったの?」
「風導が殴ったから良しとした。それに、アイツが居なくなろうとしていたのは何となく察してたしな」
「そっか。……いつからだい?」
「二度目のジユイ戦は参加しないって言ってた辺りから」
言いながら隣に屈んだレッドは「石鹸使うぞ」と鷲掴み、食器に擦り付ける。当初は掴んでは滑り落としてたのが懐かしい。
言葉通りならば、レッドの直感は最早予知の域に達していた。平常を保ち、その場の感情に流されず俯瞰的に物事を捉えられるからこそ、僅かなニュアンスからそこに込められた真意に辿り着けるのだろう。
ぴちゃぴちゃ……と、レッドの食器を洗う音と静かに湧き続ける魔力源泉の音が響く中、僕は何気なく呟く。
「此処も大きくなったよなぁ……」
「ん? あぁ。そうだな……」
「覚えてる? レッドが拠点に転がり込んできた日。僕がこの森に来たのもあの日だったんだ」
「そうか。道理であの日、洞窟を見ても既視感がなかったわけだ」
「そういうこと。それから数日もせずに風導たちが住み着いてね。皆んなの部屋を作ろうと張り切ってたらワームの巣穴掘り当てちゃってビックリしたよ」
「あれはホントに酷かった。即興肥やし玉爆弾で死にかけたし、臭いも充満して換気中は鼻が曲がるかと思った」
「我ながら軽率だったよ。まぁ、おかげで魔力鉱石からの魔力源泉を見つけたんだよな。風導たちの魔族化は想定外だったけど」
「あの時は肝を抜かれたよ。んで、二十回目の朝日を拝んだ辺りでファランが雨宿りしてきたかと思えばおまえを自分の因縁に巻き込んだんだ。それで避難所にしなきゃいけなくなって、今の大所帯になって、全員魔族化した」
「レッドとイワビタンだけは回避してたんだよな。あれ程の衝撃は多分金輪際無いよ。イガマキなんかは特にもう……うん……」
僕は思わず言い淀む。皆には魔族化に伴って『〇〇人の△△』と呼称を送ったのだが、イガマキばかりはどう呼んでもしっくりこず、結局『イガマキ』のままだった。
だってなんだよ『陸地に住むウニ』って。口が底面じゃなく側面にあるわ、口からマキビシを飛ばせるわ、木の上で暮らしてたというわ、森の顔役だったんじゃないかレベルで顔が広いわ、魔族化したら身体が生えてきて僕以上の背丈になるわ、その他諸々……と生物としての情報量が多すぎる。あまりにも存在がオンリーワンだった。
「深く考えるな。アイツはもう形容し難い何かだ」
レッドからも釘を刺されるが、かと言う彼も言葉に困っていた。それを指摘すれば「アイツほど反応に困るやつはいない」と断言されて思わず笑う。
レッドと二人で会話を弾ませるのは久しぶりだった。大所帯になってからというもの、決まって誰かしら周囲に居たりするし、ましてや緊迫してない状態で二人語らうのは何気に初かもしれない。そのおかげか、普段ならしないような他愛のない話に花が咲く。二人ならではの会話ができる。
だからこそ、彼も切り出してきたのだろう。
「なぁ、リドゥ。おまえはなんの為に戦う?」
「え?」
食器の水気を切るレッドの横顔を思わず見る。急に何を言ってるんだ?
彼はズボンポケットに入れていた食器拭きを使いながら続ける。
「おまえは昨日、ジユイとやらに殺されかけただろう? そいつとの再戦を決意したのはなんでだ?」
「そりゃあ……ジユイがまたやって来るって話だし、あの人、多分まだ過去に……──」
「それは建前だろ」
と、レッドは切り捨ててきて、語り出す。
「刃牙獣のときの俺は『妹の仇を討って弔う』という明確な目的があった。だから何がなんでもと全力を尽くした。仇を討てるならあの場で後引く傷を負ったって、なんなら死んでも構わなかった」
ちょっと持ってろ──。と、レッドが食器を預けてきて、食器拭きを使い直せるようにと絞りながら話を進める。
「だが、今のおまえは流れに身を任せているに過ぎんように感じる。ジユイと向き合うだとか言ってたが、結局はそういうことになったから戦いますで、明確な理由がないんだ」
「……動機を持て、と?」
「そうだ。自己防衛だとかなんでもいい。リドゥなりに戦わなきゃいけない理由を正式に言葉にして聞かせてくれ。なぁなぁで生命張るのは御免だからな。当然、他のヤツらだってな」
「ゔ……」
鋭い意見に言葉が詰まる。
魔族化した仲間たちは今までだって『生活を守る』べく縄張り争いに身を投じてきている。目的意識を持っている。そんな彼等をこちらの都合で成り行き任せに前線へ駆り出すのは御法度もいいところだ。
「色々と思うところはあるだろうが、決戦までには教えてほしい。食器ありがとう。先戻ってるぞ」
そう言い終えてレッドは、螺旋階段を引き返していった。
「なんの為に戦う、か……」
魔力源泉の湧き湯を聞きながら、物思いにふける。
言われてみれば確かに、この森へ来た理由から何まで成り行きに身を委ねるばかりで、自らの意思で身を投じたことは一度たりとてなかった気がする。強いて言えば、風導を助けるのにグレムたち三人を殺害したくらいか。
「いや……」
けれど、そこから意識して振り返れば、答えはとうに決まっているようなものだった。