73 幕間の一時
「お。帰ってきた」
拠点に戻ると、『焚き火の間』に集っていたゴウが手を振ってくる。夕食が完成していたのだ。
「早いとこいただこうイガ。冷めたら勿体なイガ」
と、隣に現れたイガマキから背中を押される。魔族たちの間ではリドゥが着席するまで食事を待つ姿勢が定着していた。
特に決めたわけじゃないが、自然とこのような形となっていた。それがなんだか申し訳なくて、僕は毎度おなじみのやり取りを始める。
「あらら。いつも言ってるけど、先に食べてたって構わないのに。それこそ僕が直ぐ着席できるとは限らないんだから」
「そうはいかなイガ。僕らにとって『いただきます』は生命に感謝するのは勿論、ゆっくりご飯を食べれる場所を設けてくれてありがとうって意味もあるイガ。拠点を作ったリドゥが居てこその食事イガ。受け入れられるまで何度でも言うイガよ」
「……そうかい」
なら、他に言うことはない。僕は着席して手を合わせて音頭を取る。
「夕食の準備ありがとうございます、いただきます!」
「「「いただきまーす」」」
僕の挨拶を皮切りに、各自自由に食事を始める。
皆の食事は様々だった。
レッドたち肉食系は先程絞めたのだろうイシノシ肉にかじりつき、風導たちは小さな口でチミチミ食べている。ロイストはもっさもっさと草を食べているが、あれで肉体を維持できているのだから不思議なものだ。
対して、アウネさんたち植物系統の魔族は水を一杯飲むなり「寝る前にひと浴びする?」と早々に食後の片付けに取り掛かっていた。そもそもが光合成で養分を得る彼女らが魔族化して半龍月経つ頃だが、未だ食事の文化にピンと来てないらしい。同じ植物系統でも風導は例外だが。
まぁ、食事の仕方は生物それぞれ。無理に強いるものでもないし、それで食欲が失せたら元の子もない。食事は各々楽しめてこそだ。
それはそうと……──。
「ファランさん。僕に話してくれたこと、他の皆には?」
「まだじゃ。初めて打ち明けたのがお主よ」
「僕から話します? そもそも僕から始まった騒動ですし、アンタは巻き込まれた身です」
「いや、儂から話す。話させてくれ。何れは言うでの、話す機会もこちらで決めさせてくれ」
「そうですか」
隣に腰掛けたファランとの内緒話を終えて自分の位置に戻る。皆のいる場所で不用心な気もしたが、喧騒に呑まれて誰にも聞こえちゃいなかった。
当然、隣の彼女も、食事に夢中で一切耳を傾けていなかった。
「あの、サラマンダーさん? 食事中は離れてほしいのですが……?」
こちらが座るなり寄りかかってきた彼女はピッタリくっついて離れない。腕を掴んでくることはしないが、器とスプーンでの食事だから妨げになって仕方がないし、うっかり彼女に零しそうで怖い。
「んう」
しかし彼女は離れようとしない。レイム上司が「子どもがコーヒーを飲む時に限ってしがみついてくる」とボヤいていた3年前を思い出すが、彼の気持ちが何となく理解った気がした。
彼女を預けていた女性陣に「なんですかこれ?」と尋ねてみれば、サイカさんと他女性陣は生暖かい目で答える。
「まぁまぁ、好きにさせてあげてくださいな。リドゥさまが一番心地好いそうですので」
「他の方々は?」
「リドゥさまとファランさんの不在中に全員試されてましたよ。わたしもレッドさんも抱きつかれましたし、風導たちは抱きかかえられてましたし、ロイストさんなんかよじ登られてました」
「それはちょっと見てみたいな。てか、え? ホントに皆んなやったの?」
「やりましたよ。その上でリドゥさまが戻ってくるなりくっついたんです。いつまでも見ていたくなって、平和ですねぇ」
「そんな二人が情交したらどんな子ど──、」
と、女性陣に連行されてくアウネさんと入れ替わりで、ロイストが「見ていたいその気持ち、よく分かります」と会話に混ざってきた。
「その娘、なんとも見守りたくなる雰囲気を醸し出してるんですよ。私に子はおりませぬが、姪がいればこのような気持ちだったのでしょうか」
「そこは娘であろうよ」
「娘だったら、私が生命を全うした後も生きていけるようにとちゃんと厳しくもします。それとか抜きに甘えさせてあげたくなるから姪かな、と」
「子ではなく親族ですか。その方がしっくりきますね」
「さもありなん」
サイカさんとロイストが和やかに笑っていると、「なになにー? サイカたち、なんの話してんのー?」と今度はゴウが寄ってきた。
「サラマンダーちゃん見てると、生まれるくる子どもが楽しみって話をしてたのよ」
「子どもなー。いつ生まれてくるんだろうなー? いつでも肩貸すから、移動したい時は遠慮なく言ってくれなー」
「ファランさんにシゴかれてるときでもねー」
「それは勘弁してー」
ゴウとサイカさんの二人は「アッハッハ」と笑う。ごちそうさまです。
「あっ」
心の中で手を合わせていたら、ちょうど器の中身が少なくなっているのに気付いた。周りもチラホラと食事を終えているようで、夕食も終わりのムードだった。
こちらもそろそろ食べ終わるとしよう。残りを一気にかっこんで、改めて「ごちそうさまでした」と手を合わせていたら──、
「……よし、言うか」
と、ファランが決意を固めた様子で立ち上がり、大きく息を吸った。
「皆の者。注目!」
彼の一声に喧騒が嘘のように止む。なんだなんだ──? と皆の視線が向いたのを確認してから、ファランは再度口を開く。
「今から通しておくべき話をする。食べながらで良いから聞いてくれ。この場に居らん者がいるなら呼んできてくれ」
俺、呼んでくるわー。と螺旋階段を降りていくゴウを見送るや否や、ファランはこちらに顔を向ける。
「リドゥはもう話したから好きに過ごせ。とりあえず食器でも洗ってこい。その娘は置いていけよ」
「あ、はい。じゃあ、そうさせてもらいます」
「それと、そやつの名前も考えておけ。どう呼ぶかは勝手じゃが、呼称が無いと不便じゃ」
それはその通り。皆に名付けておいて、すっかりタイミングを逃していた。
「しっかり考えときます」
僕はそれだけ返し、サラマンダーさんを暖かそうな獣人に預けるなり、食器と石鹸を持って螺旋階段を下りていく。
目指すは『魔力源泉の間』だ。