72 懺悔
道中にて──。
「ファランさん。お話とは?」
「まぁ待て。道すがらする話でもない」
「わかりました」
それから彼は道中一切口を開かなかった。わざわざ二人きりになるよう指示してきたりと、余程周囲に聞かれたくないらしい。
先行するファランは随分ゆっくりと歩く。キビキビ動く彼にしては珍しいと思ってるうちに、辺りはすっかり暗くなってしまった。
ファランに連れ出された先は、二龍大戦跡地だった。
そこでは、日中鎮圧した末に慕ってきたモッチャレワームがいた。あまりの巨体故、拠点に入らないので、跡地へ一旦放牧しているのだ。多分今後もそう。
……ワームを放牧ってなんだよ。
「! ヴォン!」
ぼんやりと空を見上げていたモッチャレがこちらに気付いて寄ってくる。巨体の割には人懐こく、目も鼻も無い異形じみた顔も見慣れてからは妙に愛嬌を感じるから不思議なものだ。
「おうモッチャレ。空を眺めていたのか。何か気になるものでもあったのか?」
「ヴォンッ」
モッチャレが仰いだ先に浮かぶのは月だった。
「月を見てたのか。好きなのか?」
「ヴォンッ」
頷いてみせるモッチャレに「そうかぁ」と返して横に並んで眺める。ワームは強い光を避ける傾向にあると聞くし、その点、月光は外へ出るのにちょうどいい明るさなのだろう。
まぁ、痛みで暴走状態だったとはいえ日中堂々と現れてたわけだし、理論上の生物学は当てにならないが。モンスターはあくまで「似てるっちゃ似てる。でも明らかに異なる存在」なのだ。
とか何だと頭の中で考えていたら「確かに良い月見じゃのう」とファランが賛同して、続ける。
「折角じゃから高いところで拝みたい。モッチャレよ。儂らをあの丘の上に運んでくれ」
「ヴォンッ」
モッチャレが言われるがままに頭を下げてくると、そこへファランは飛び乗って、こちらへ「ん」と手を伸ばしてきた。
「あ、ありがとうございます……」
思わず面食らいながらその手を取る。まさか助力されるなんて思わなかった。
手を引かれながら頭上に乗ると、モッチャレは上体を起こし、丘の上まで身体を伸ばす。一体どこまで伸びるんだろうとか考察してみたが、途方もない話なので考えるのを止めると同時に到着する。
「ご苦労さん」
ファランは頭上から降りるなりモッチャレの頭を撫でる。言葉では労うものの、行動では示さない彼には珍しい光景だった。
僕が降りて「二人にしてくれ」とモッチャレを下がらせると、ファランは丘の上に仰向けに寝転がった。
「お主も転がれい。拝まにゃ損じゃぞ」
「あ、はい……」
彼に倣って隣に寝転がる。今日の夜空は月を中心に満開の星で溢れていた。空を見上げる余力もなかったラネリアでは気づけなかった光景だった。
「滅喰龍を出迎えたのも、この丘の上じゃったの」
「そうっすね。此処で初めて滅喰龍と相対すると明かされた時は本気で帰ろうとしましたよ」
「なんとかなったからええじゃろ。お主も引っ張るのう」
「忘れようにも忘れられませんわ。あんな強烈な体験、二度とあってたまるかですもん」
「それもそうじゃ。奪われた力を取り戻すなんて体験は二度と御免じゃ。またお主を連れてかねばならんし」
「それは言えてる」
「やっと誇りおったな。今日まで長かったわい」
「「ハハッ……」」
少し笑って、暫し無言の時間が進む。
……それを僕は、思い切って壊してみることにした。
「……ファランさん」
「なんじゃ」
「本題。切り出さないなら、こちらから当てていいですか?」
「やめんか馬鹿者。そろそろ言おうと思っとったんじゃ」
「そういうことにしておきます」
「コノヤロ」
ファランは一瞬黙ると、星空を見上げたまま、本題に入った。
「──決戦前、儂は此処を去る」
彼は続ける。
「儂は生き物が好きじゃ。人間が好きじゃ。短い生涯の流れの中で懸命に生命を繋ごうと、生涯を賭して何者かになろうとする姿を見るのが好きじゃ。学者どもは無遠慮じゃからぶっ殺すが」
彼は続ける。
「儂はこの世界を長く漂い、歴史を辿ってきておる。その中には人間とモンスターの諍いや、人間同士の争いも多く見てきた。見てきただけじゃった。儂が割り込めば、必ず一方か双方が滅びるからの」
彼は続ける。
「故に、これほど何者かに肩入れしたのは初めてじゃった。儂の十分の一も生きないだろう生命に、ましてや一人の人間を友として脳裏に焼き付けようとは思わなんだ。あぁ、今は魔族じゃったか」
彼は続ける。
「じゃがの。儂は肩入れし過ぎってしもうた。お主がジユイに殺されかけたとき、一発喰らわさんと気が済まなくなっておった。故に一発喰らわした所為で、お主は龍に魅入られた元人間と認識されてしもうた」
彼は続ける。
「龍に魅入られた者の末路はどこも同じじゃ。龍を味方につけたと恐れられ孤立する。龍を手引きしてると疑われ住処を追われる。龍の傀儡になったと決めつけられ吊るし首にされる。それをよく耳にしておったから、今までは意識して距離を取っておった」
彼は続ける。
「だから滅喰龍を殺したら数日もせず別れる気でいた。お主の末路を想像すると胸が痛くなったからじゃ。これ程までに生命の輝きに惹かれるとは思わなんだ」
彼は続ける。
「そしたらなんじゃ。モンスターたちすらいきなりの魔族化に翻弄されながらも受け入れ、馴染み、乗り越えようとするではないか。その生き様を見てみたいと別れを引き延ばした結果が現状じゃ。ここまで儂の意思が弱いと自覚しておらんかったのが生涯一番の誤算じゃ」
彼は続ける。
「と言っても、半端に投げ出したりはせん。一度肩入れした以上、前日までは面倒見るわい。それが儂のケジメじゃ」
彼は続ける。
「色々と、すまなんだ……」
その謝罪を最後に、彼は喋るのを止めた。
「ッ…………」
言いたいことは山程あった。人間讃歌ならぬ『生命讃歌』に強く惹かれてたのかとか、それでも学者は嫌いなのかとか、友情を感じてくれていたのかとか、龍との交流がどれだけ危険なのかとか、想像以上に情が湧いていたのかとか。
人間臭い──。これを人間じゃない彼に当てはめるとするならば、等身大の彼は正しく『大事なものを大切にしたい、ありきたりなひとつの生命』だった。そんな彼に掛けたい言葉はあまりにも多過ぎた。
「ファラン」
「……なんじゃ」
だから僕は、伝えたいことは二言で纏めることにした。
「──友達になってくれてありがとう。その時までよろしく」
「…………うむ……」
それだけ言って、ファランは口を閉ざした。
それから僕たちは言葉を交わさなかった。
肌寒くなるまで、僕たちは星空を見上げた。
『足洗邸の住人たち。』の『福太郎と義鷹』の関係が好きで、自分なりに昇華した結果『リドゥとファラン』の二人組が生まれました。『リドゥとレッド』同等に好きな二人組です。