71 サラマンダー⑤
「ナンパしに行ったんかお主?」
それが、調査終了を報告をすべく『焚き火の間』で息抜きのチェス講座を開いてるファランの元へ行って、最初に言われた言葉だった。
女性陣の協力を経てどうにかズボンを履かせたものの、サラマンダーは今もリドゥを抱き枕にして寝息を立てていた。リドゥは彼女がずり落ちないよう腕を添えているに過ぎないが、はたから見たらバカップルのそれでしかなく、これには荒天龍も怒り心頭だ。
「お主はモッチャレを暴れさせた元凶が脅威かどうかを調べに行ったんじゃろ! あわよくば対ジユイの味方に引き入れろって話じゃったよな!? それが何故女子にして抱っこしとるんじゃ?!」
「ちょ、声デカイですよアンタ! 寝てるんですから声落としてください!」
「ほーお寝とるのか! それはアレか? 男女で楽しんだから疲れて寝とるのか?! ジユイにボロ負けといて悠長なこったのう!!」
「はいぃ……!?」
一方的な決めつけにカチンとくる。嫌味の一つや二つは甘んじて受け入れる気でいたが、こればかりは我慢ならない。
「猥談に繋げてんじゃねぇやジジイ! 僻みか?! 悠久の龍故に性欲枯れたから若人に嫉妬してんのかオイ?!」
「言ったなクソガキ! 表に出ろ! 計五つの嵐全プッパで泣かしたる!!」
「意味が重複してますよ! 遂にボケましたか猥談短気おじいちゃ〜〜ん?!」
「はぅりぇ〜〜〜〜!!!!!!」
「うるちゃい」
「あちゃア!?」
怒りに奇声を上げたファランが悲鳴とともに尻もちをつく。サラマンダーの身体から放たれた火がファランの鼻孔をちょっと焼いたのだ。
これには「いつものやつか……」と慣れた様子で部屋の脇に避難していた魔族たちもびっくりだ!
「ファランさんが倒れたぞ?!」
「あの褐色娘がやったんだ!!」
「ファランの旦那が悲鳴を上げるなんて! あの娘、できる!!」
「そうなのよ! あの子は出来る子なの!!」
「うわぁっ!?」
男性陣がズッコケる。どこからともなくテンションの高い女性陣が現れたからだ。
「さっきだって眠い中、ちゃんとズボンを履いたのよ!!」
「そのときのホワッとした顔が可愛いったらなんの!!」
「しかも私たちにハグしてくれたんです!!」
「そんでまたリドゥさまにくっついて、安らかな寝顔作ってやがんだよ!!」
「「「ア゛ア゛イッッッ!!!!」」」
女性陣は早口で語り散らしたと思えばハイテンションで身悶える。どうやらサラマンダーの幼げな雰囲気に母性を刺激されまくってるらしい。
「もう番になって重なればいいのに」
「「「コラーーッッッ!!!!」」」
アウネさんの爆弾発言に女性陣がツッコむ。彼女はどうして極論に進んでしまうのか。
「そういうのは段階進んでこそでしょアウネさん!!」
「過程をすっ飛ばしたらお互い困惑して気まずくなりますでしょうがい!!」
「でも私たち、大概がお見合い婚ですし、番って子作りするまで時間置かないでしょう?」
「「「それとこれとは別!!!!」」」
女性陣の議題はいつの間にか僕とサラマンダー娘をどう結婚させるかにすり変わっていた。勝手に外堀を埋めないでほしいが、異論を唱えられる雰囲気でもない。
もう好きにしてくれ……。僕は女性陣から目を逸らし、未だ床に座ってるファランに手を差し伸べると、意外にも彼は素直に手を取って立ち上がった。
「鼻大丈夫ですファランさん? その……さっきは好き勝手言ってすいませんでした」
「こっちこそすまんの。儂も頭冷えたわい。鼻はもう治った」
「やっぱ悠久を生きる龍だから、自己治癒力も高いんです?」
「まぁ龍じゃからの。……で、結局何故そやつは女子になっとるんじゃ? そこは確かに説明せい」
「それは……──」
僕は憶測等は挟まず、当時の出来事をありのままに伝えた。
モッチャレの通り道を見つけて、辿った先でサラマンダーと邂逅したこと。
近づいた途端、炎と鍾乳石を巧みに操って攻撃してきたこと。
炎の幕を破壊したら、魔力が枯渇寸前でグッタリしていたこと。
それを解決すべく連れてきたら、少量の魔力源泉水で魔族化してしまったこと。
ファランは「ふむ……」と考え込む素振りを見せると、程なくして口を開いた。
「寒かったんじゃないか?」
「寒かった?」
「お主はそやつが死に瀕しとるから冷たいと思ったんじゃろうが違う。サラマンダーの身体はそもそもが冷たいのよ。故に寒さを凌ごうと己が炎で空間そのものを暖めとったんじゃないか?」
「とすれば……、この子は限界寸前まで暖をとってたと?」
「そうなるの。元々蜥蜴は外気温の影響をモロに受ける故、空腹を抑えようと眠りながら炎を維持しとったところじゃろう。洞窟の中では落ち葉も集められなかろうて」
言われてみれば、サラマンダーの体温は僕に抱きついてきてから平熱になってる気がする。適正温度を維持できないとなれば冬眠が存在するのも頷ける。
「にしても……一瞥もせずに儂の鼻孔を的確に燃やしてくるとは相当炎を使いこなしてるの。どれ……──」
そう言うなりファランは「おい小娘」とサラマンダーの肩を揺すった。
サラマンダーは「んう……」と首筋を伸ばすと、目を擦りながらファランを振り返った。
「おう小娘。お主、リドゥ好きか? お主が今抱きついとるやつじゃ」
これにサラマンダーは「ん」と首肯する。女性陣が「キャー! ギャー!」とはしゃぎ倒す。その『好き』は抱き枕としてかはたまた別の意味かはこの際置いておく。
「そのリドゥじゃがの。今生命を狙われとるんじゃ。一龍月後にはそいつを殺さんと襲来してくるぞ」
「え……」
サラマンダーは「やだ……」と肩に回す腕の力を強めてくる。随分気に入られてしまったらしい。
「ならお主も戦えい。お主の炎なら即戦力じゃわい」
「ちょっとファランさん! その子まで戦場に出すんですか!?」
『豹人のサイカ』さん筆頭に女性陣が次々とクレームを入れる。完全に陥落している。
「戦場に老若男女関係あるか! 使えるもん使わんとここら一帯焼き払われかねんのじゃぞ?!」
この発言に、受け答えに徹していたサラマンダーが初めて質問する。
「! ここ、壊れちゃうの?」
「ん? おお、十中八九な。焼き払うは言い過ぎかもじゃが、彼奴のことじゃし、鏖はしなくとも、この森一帯をギルド管轄に置こうとはするじゃろうて」
「えぇ……」
サラマンダーはとても悲しそうな顔をした。
「や、やだ……」
「じゃったら子奴らに手を貸せい。お主も鍛えりゃ今以上に強うなる。そして迎撃に備えよ」
「? わたし、強いの?」
「なんじゃ無自覚か。どう生きとったんじゃお主」
これに僕は口を挟む。
「この子が居た場所、通路がありませんでした。自分しか通れそうにない子穴を利用してたかと」
「ならしゃーないか。まぁ、不意打ちとはいえ儂を怯ませる火力を持っとるんじゃ。お主の実力は保証する。で、鍛錬受けるか?」
「……じゃあ、受ける」
「よし、決まり」
ということで、サラマンダーの加入が決まってしまった。正直言わされてる感が否めなかった。
けれど、彼女が自分の意志で決めたことならとやかく言える筋合いは僕にはない。そもそもの話、進化してしまった手前、拠点で面倒みる気でいたし。
ファランは手を鳴らすと立ち上がり、皆に「注目!」と呼びかける。
「今日の鍛錬は終いじゃ! 残りは飯と休息に費やし明日に備えよ!!」
「「「うーい」」」
魔族たちは各々自由に過ごし始める。自分も焚き火でも起こそうかと踵を返しかけると──、
「リドゥ。ちょっと付き合え。そやつは置いてけ」
と、ファランに外を指差されたので、僕はサラマンダーを女性陣に預け、夕刻空の下へ出た。