7 干し肉実食
「おっ……!」
肉を塩漬けにし、石鹸の完成を心待ちにした翌朝の拠点にて──。
焚き火部屋で目覚めるなりショッパ草を解いてみれば、イシノシ肉の水気はすっかり取れていた。
早速物干し部屋へ持ち込み干していく。これでもう一晩待てば干し肉は完成だ。
焚き火部屋に戻り、次に石鹸の状態を確認する。これが固まっていれば完成なのだが果たして──……。
リドゥは段々と大きくなっていく鼓動を聞きながら、石鹸を小突いてみた。
コンコン……。
しっかり固まっていた。
僕は胸打つ高揚と共に、石鹸を容器から取り出した。
石鹸は崩れなかった! 石鹸完成!!
「っし……!」
自然とガッツポーズを取る。これで食器等の雑菌問題はほぼ解決できたに等しい。早速試すためにも朝食にしようではないか。
「あ、そうだ」
どうせなら大物で試そう。僕は鍋を取り出し、まだ腐っていないイシノシ肉を焼こうと火を起こしたが……──、
モワァ〜〜……。
煙はいつものように、部屋中に充満しやがったとさ。
「いい加減、どうにかしないとなぁ……」
初日の雨天に伴い、「入口の傍で焚いてるし……」と我慢していたが、今は隣部屋に肉を干してある。干し肉への影響を考えるとスルーできない。
なら早いところ対処してしまおう。僕は朝食作りを中断し、壁に小さな隙間を『採掘』する。
それを使って壁をよじ登り、天井を手の届く範囲で高くしていき、序でに換気用の格子窓も作る。煙の特徴上、天井を高くすればそれだけマシになる筈だ。
モワァ〜〜……。
床に降りてしばらく待っていると──、地面に滞留していた煙は、高くなった天井へと登っていった。
「これで良し」
僕は気兼ねなく朝食作りを再開し、焼いた肉を平らげるなり、石鹸を携え川へ食器洗いに向かった。
石鹸の効果は絶大だった!
◇ ◇ ◇
そして、薬草採取なり釣りなりして過ごしたその翌日──。
「おぉ!」
起床するなり物干し部屋へ赴けば、肉はしっかり乾燥していた。
これを沸かした湯で煮込み、柔らかくなったら自分用とレッドドッグ用に盛り付けて、いざ実食!
「ぶふぇえええ……!」
「ブッフォン……!!」
リドゥは最初の一口を齧るなり盛大に吹き出し、同じくレッドドッグは盛大に飛び退きのたうち回った。
酷いしょっぱい。あまりにも塩味が強くて美味いもへったくれもない!
「ガゥガゥガゥガゥガゥ!!」
「アだだだだ!!!?」
やめてくれレッドドッグ! よくも肉を駄目にしやがったなこのスカタンと言わんばかりに膝小僧を噛んでくるな! ブチギレる権利はあるけども!
「プイッ!」
レッドドッグが食べかけの干し肉を置いて外へ出ていってしまう。大方、口直しの狩りだろう。
流石に残すのはイシノシに申し訳ない。リドゥはレッドドッグが齧った部分を切り捨て、噛み跡のない部分を自分の皿に入れた。
しかし、どうしてここまでしょっぱくなってしまったのだろう。ショッパ草を巻きすぎたのか漬け込む時間が長すぎたのか、それとも……?
だが、原因を考えてばかりでは埒が明かない。こればかりはあらゆる方法で試行錯誤していくしかないだろう。
…………あらゆる方法?
「あ」
この瞬間、僕は思い出した。
保存食を作る方法は実は他にもある。一つは今回やった一晩干して乾燥させる『干物』。僕が今しがた思い出したもう二つ目は、煙で燻すことで保存食にする『燻製』だ。
塩漬けまでの行程は干物と燻製に差異はない。けれど一晩干して完成するのに対し、燻製は数刻燻せば完成だから遥かに時短ではないか! 何故思いつかなかった!
「あ!」
ここでハッと気付く。思いつかなかったから気付かなかったが、『燻製』するなら『アレ』がある。
僕は干し肉を強引に口へ押し込みながら外へ飛び出す。『アレ』は繁殖力が高いから何処の地方でも根付くから、ならばこの森にも自生していたって不思議じゃないと仮説を信じてしばらく探せば──!
「あ!!」
変哲もない場所に、『アレ』は呑気に生えていた。
そこで見つけたのは『ケムリ草』。その名の通り、世界を股に掛ける交易貴族──が通りがかった公園で遊んでいた少年たちが遊び道具にしていた、刺激を与えると微量の──、火を当てれば大量の煙を発する燻製加工御用達の植物。更には一度に多くを燃やすことで当分消えない狼煙を発する特性からギルドでは「遭難時の救難信号代わりに」と所有を義務付けられていた。
しかも生えていたのは、先日イシノシを狩った地点だった!
「あ!!!」
更に僕は気付いてしまう。干物より時短かもな方法をワンチャン確立出来るということは、物干し部屋はこの瞬間必要なくなったのである! 気付きたくなかった!
「あぁぁぁぁああああ……!!!!」
僕は地面に崩れ落ちた。
手間暇かけた後で、楽な方に気付くと落ち込むよね。
とは言え……だ。
何時までも落ち込んでいたって仕方がない。時間は有限なのだから、早いところ採取して帰ろう。
「はぁ……あれ?」
激しく落ち込みながらもサバイバルナイフを構えたところでふと気付く。よく見るとケムリ草の傍らに何か居る……?
じっと目を凝らしてみるとそこには、手足のようなツタを生やした、なんかモシャモシャした緑の塊が地面に突っ伏していた。