69 サラマンダー③
「炎が消えていくな」
レッドの一言に釣られて顔を上げれば、サラマンダーを中心に展開されていた炎は根元から徐々に勢いを落としていき、同時に空間の温度も少しずつ下がっているようだった。たった一匹でこれ程の巨大空間の温度まで支配していたとは、サラマンダーの炎の凄まじさが伺える。
──それよりも、サラマンダーは? リドゥは地面でグッタリしている一匹の蜥蜴に触れた。
「え?」
瞬間、僕の心臓がドクンッ……! と脈打った。
サラマンダーの身体は酷く冷たかった。もしかして殺ってしまったか? と最悪の展開を想起しつつ脈を取る。
──トクン……、トクン……。
脈は確かにあった。
これに僕はホッとするも、脈は酷く弱々しい。魔力も枯渇寸前なのが肌で伝わってくる。
サラマンダーは明らかに衰弱していた。もしかして常時閉眼していたのは寝ていたからではなく、起きる余力すら残ってなかったからだろうか?
だとしたら、こちらが現れる前から一刻を争う状態だったかもしれない。
なら、こうしちゃいられない。僕はサラマンダーを抱きかかえる。
「どうしたリドゥ? 助けるのか?」
「この子死にかけてる。直ぐに帰ろう!」
「分かった」
僕たちは踵を返して巨大空間を後にする。しかし……──、
「暗くて見えねぇ!」
炎灯りが消えた所為で、来た道は足元すら見えない真っ暗闇となっていた。ここまで来るのに大量の分かれ道があったし、こんなんで闇雲に走れば道を外れてしまいかねない。
だからって、落としてきた小枝の目印を地道に確認しながら……では手遅れになってしまう。かくなる上は──!
「レッド! 来た道の匂い辿れる?!」
「定期的に地面を嗅ぐ時間を貰えるなら」
「詰んだ!」
こんなやり取りをする時間さえ惜しいというのに、打開策を見い出せない。とにもかくにも進んでみるか!? と先走りたくなったそのとき、レッドの耳がピンと立った。
「うん?」
「? どしたのレッド?」
「今、何か聞こえた」
「聞こえた? 僕には聞こえなかったけど……、レッドだから聞こえたのかな?」
「しっ……」
促されるがまま口を閉ざして、暗闇に耳を澄ます。
「……〜ン……」
「また聞こえた」
「僕にも聞こえた。……羽音か?」
何か居るのだろうか? というか、なんか忘れているような……?
と、脳裏に引っかかりを覚えていたら、暗闇の中に一粒の光が浮かび上がったと思えばこちらへ近付いてくる。それが何かと目を凝らしみると、
「プィ〜ン……」
飛んできたのは月光虫だった。そういえば、サラマンダーに攻撃されてからすっかり忘れていたが、モッチャレの通り道に逃げ込んでいたのか。
「プィ〜ン……」
月光虫はこちらと目が合うなり、来た道を引き返していく。その後ろ姿へ僕は思い切り叫ぶ。
「月光虫! 全速力で頼む!」
「プィ〜ン……!」
指示を飛ばすなり、月光虫は猛スピードで奥へ奥へと飛んでいく。月光虫には悪いが、悠長に帰還する暇はないのだから、道案内にも頑張ってもらわなければ。
事が済んだら何か差し入れしよう。こちらを置いていく速さで先行する月光虫を追いかける中、後ろに続くレッドが、先程約束した道すがらの説明を求めてきた。
「……で? なんでそいつは死にかけてるんだ?」
「分からない。けど、僕らとちょっと戦っただけで魔力が枯渇するとは思えない。多分この子、僕らが来る前から死にかけてた」
「そうか。というかいつの間に魔力感じ取れるようになったんだ? ジユイの襲来もファラン伝手だったし……魔族になってからか?」
「かもしんない。サラマンダーの空間でと戦えてたのも魔族になった影響かも。じゃなきゃ暑いで済んでなかった」
「とするなら、気付いてないだけで他にも耐性ついてるかもな」
「かもね。後日要検証だ」
「それはそうとリドゥ。そいつ助かったとしても、そいつ次第では殺せよ」
「え?」
前触れのない物騒な発言に、僕は思わず振り返りそうになる。
──が、少し躊躇った後に「……うん」と返事した。レッドがこちらを案じての発言だと理解したからだ。
サラマンダーは今こそグッタリしているものの、元気になったら凶暴でしたとなれば拠点が目も当てられない惨劇に見舞われるのは火を見るより明らか。そうなった場合の覚悟を決めておけと彼は言っているのだ。
前にも似たようなやり取りをしたなぁ。僕は何時ぞやを思い出しながら通り道を駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
そして──、月光洞窟へ戻り先ず最初に向かったのは、最下層から最寄りの超回復液保管庫だった。
中に入ると、ちょうど管理責任者たる『花人のアウネ』さんが備品を片付けていた。
「あらリドゥさま、おかえりなさいませ。たった今、新薬が完成したのですが……どうしましたその子?」
「死にかけてる。その新薬試させて」
「大丈夫です? 前よりエグ味は減ったそうですが、先日味見させたゴウさまは泣いてましたよ?」
「今ばかりは味どうこう気にしてらんない。急いで」
「はいはい」
アウネさんが持ってきてくれた新回復液を受け取り、早速口の隙間から少しずつ流し込む。しかし……──、
「……飲みませんね」
回復薬はサラマンダーの口に含んだ傍から流れ落ちていた。外傷なら垂らした傍から治りはするが、魔力ばかりは飲んでくれないと回復を見込めない。
かくなる上は──! 「ありがとっ」とお礼を言うなり僕はサラマンダーを抱え直し、今度は『魔力源泉の間』へ駆け込む。
とはいっても、源泉へ直接入れるわけではない。とある問題もあるし何より、サラマンダーの意志そぐわず進化しかねないし、かつて風導が溺れかけた日を思えば、小柄なサラマンダーを浸からせるのは寧ろ危険極まりない。
なので僕は、部屋の隅にゆっくり浸かれそうな程よく広くてちょっと深さの穴を掘り、そこに源泉が流れ込むように溝を掘る。
が、溜まるまで待ちきれないので石桶に汲んで子穴に移し替えてを繰り返し、少しサラマンダーに湯を掛けて慣らしてから、ゆっくり浸からせる。
「…………」
湯は変色しなかった。
サラマンダーには皮膚毒がある──。そう聞いたことがあるので別に入浴場所を用意したが、目の前の子は持ち得てないタイプか、そもそもが誤情報の可能性さえある。といってもまだ油断できないので観察を続けると……──?
「…………ゥ……」
「!!」
何度目かの湯足しを行ったタイミングで、サラマンダーから微かに声が漏れた。息を吹き返したか?
「…………クゥ……」
今度はハッキリ聞こえた。サラマンダーは息を吹き返した!
「クゥ……」
サラマンダーはゆっくり目を開けると、こちらと目を合わせてきた。
そして、また「クゥ」と鳴いてみせると、湯船に潜ったとさ。
思わず「あ」と声を漏らす。今までの流れ的にこのままだと……──、と意識したときにはもう遅く、
「あーあーあー……」
湯船で言葉にならない光景が展開されたかと思えば──、
「ぷぁ……っ」
浮上してきたサラマンダーは、褐色肌の青年女性へと変貌を遂げていましたとさ。
「ッスゥー……」
僕は一息吸って、目を閉じる。
頭まで浸かるなら、進化に水量関係ないんだねぇ……。