66 追憶、リドゥ・ランヴァー新人時代
ジユイは気付くと森の中に立っていた。
……何処はここは?
自分は斬り飛ばされた左腕の治療にラネリアへ帰還したハズだ。そこで気を失ったのは憶えているが、何故ラネリア南門から森に移動している?
「ん?」
顎に手を当てて初めて気付く。顎を触ったのは斬り飛ばされた左手だった。
……なるほど。これは夢か。
明晰夢と認識できたなら話は早い。夢は眠りが浅い状態で見るものだから、近々意識を取り戻す予兆ということだ。
ならば現実に戻るのも容易だった。恐らく自分が運ばれているだろう病室等、現実的な場所を想像して覚醒を促せばいい。
ジユイは目を閉じて、病室で目覚める自分の姿を想像しながら目を開けた。
景色は変わっていなかった。
……何故起きない?
ファランの意識阻害魔法の所為でこちらからの干渉は通用しないのだろうか? となれば、大人しく自然覚醒を待つ他あるまい。
「む……?」
そこへ一人の青年が茂みから現れる。リドゥ・ランヴァーだった。
先程首を掻っ切ったというのに、彼の表情は希望・緊張の類に満ちており、顔つきも妙に幼かった。人の顔を直ぐ覚える方ではないが、こんな風貌だったか?
「ここが現場か……!」
そう言いながらリドゥは、俺の前を通り過ぎて行った。明らかにこちらを認識していなかった。
……もしかして、これはリドゥの記憶か? 戦闘前の『心域侵害』で読み取った記憶が明晰夢として具現化しているのか。
とすれば、この後出てくるのは──、
「ペァ」
と、記憶をたどった矢先にリドゥの前に出てきたのは、『駆け出し殺し』の『黒大将コケマジロ』だった。
「……デカくね?」
「ペァーーッ!」
黒大将は咆哮を上げると、早速リドゥをコテンパンに叩きのめし始めた。掻き、噛みつき振り回して、轢き倒して、リドゥの肉体を冒険者としての尊厳とともに徹底的に破壊していく。
『コケマジロ』は転がるのが大好きで、よく畑の柵を壊している農村の天敵。低級冒険者の多くが最初に挑む、苔色の中型モンスターだ。
対して『黒大将』は通常種とは似ても似つかぬ膂力と機動力、更には巨体から繰り出される圧倒的『暴』を備えている。しかも見た目の違いも体格と目元の黒縁以外無いものだから「またコケマジロだ!」と誤解した農村へ派遣された低級冒険者と上級冒険者を何度も返り討ちにした末に、一軍隊と丸一日を費やして倒された個体だっている。
「ペイッ」
黒大将が最後、リドゥを地面に叩きつけてこの場を立ち去る。
リドゥは完全に、虫の息だった。
しかし微かに意識はある。残りの力を振り絞るように救難信号弾を打ち上げると、事切れるように気絶した。
何故助かったのかは明白。黒大将には、捕食対象以外は死亡一歩手前まで嬲ってからわざと帰巣させる習性がある。ただ殺して「何で死んだのか?」と調査欲を刺激するよりも「黒大将に遭遇した。あそこは奴の縄張りだ」と知らしめることで「近寄るべきじゃない」と外敵は去り、何も知らぬ捕食対象生物だけが残るからだ。
しかも通常種同様、一食の量は小型モンスターで済むという体格に見合わぬ好コスパ。一頭以上の出産が稀という低繁殖力でなければ世界が大金をばら撒いてでも個体数減少に追い込んでいただろう(八割方返り討ちだろうが)。
そんな黒大将に初討伐任務で遭遇して嬲られたのであればトラウマにもなるだろう。討伐依頼受注が最初の一回限りなのも納得だ。
しかもこの後、帰還したラネリアで順当に初討伐依頼をこなした同期からは、一人を除いて嘲笑と侮蔑のオンパレード。死にかけた上に運が良かっただけの無知者に叩かれるとは哀れなものだ。
……哀れ?
はたと首を傾げる。まさか俺が他人に感情を抱くとは。あの日以来、久しく忘れていたものだ。
しかし、どうしてまた急に? 今までだって犯罪冒険者を処す際にも記憶を読み取ってきたというのに、何故リドゥに限って?
ジユイは顎に手を当てて黙考する。そして気付いた。
リドゥが悪人じゃないからだ。
過去に『夜』として処した犯罪者は、明確な悪意を持って犯行に及んでいた。なんなら愉しんでる奴さえいた。だから『悪意が人の形を成したもの』と無心で屠ってこれた。
しかしリドゥは違う。ヤツはギルド在籍中でさえ報復に乗り出さず、ましてや『仲間を救う』大義名分を抱くまでは衝動的でも罪を犯そうとしなかった。そこに私情は一切挟まない『度が過ぎた善人』なのだ。
……つまり自分は、リドゥ・ランヴァーに情が湧いているのか?
思い当たる節はあった。首を掻っ切り、耳を落としたときだ。今までの自分なら「今日は早く済んだ。遅くなった」以外考えたりせず、ましてや賞賛なんてしたこともない。人に抱くのは『野菜クズか否か』の二択だけ。
そんな自分の心境の変化は何故か?
答えは一つ──、リドゥ・ランヴァーを一人の人間として認めたからだ。
「ふむ……」
そんなことがあるんだなぁ……。
◇ ◇ ◇
目覚めると、俺は病室にいた。
左手の感覚は無い。自分は確かに現実へ戻ってきていた。
「ギルド長、意識が戻りましたか……!」
起き上がると、花瓶の水を変えていたギルド看護師が、泡を食って医師を呼びに行こうとするが、それを俺は呼び止めた。
「そこの。医師を呼んだら、秘書にこう伝えろ」
「は、はい?」
俺は一拍置いて、宣言する。
「リドゥ・ランヴァーと現ギルド所属者全員の関係を、一龍月以内に割り出しておけ」




