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59 レリアのけじめ

 一方、ラネリア手前──。


 キャンプで最低限の休息を馬に取らせたレリアは、門が見える丘の上まで馬を走らせていた。


「やっと着いた……!」


 グレムたちが連れていた馬車の分、すっかり帰還が遅くなってしまった。いくら夜道の移動に秀でた馬であっても、不眠不休で動かせばコンディションが落ちて転倒必須。骨まで折ってしまったら目も当てられない。

 他にも問題はある。グレムが連れていた二人の死体も見つけた時点でクリエナに頭から喰われていたものだから、確認すべく一旦追い払ったものの誰なのか判別付かなかったのだ。二人の一方が情報伝達魔法の使い手なのは間違いないが、魔法次第では既にリドゥの行いはギルドへ知れてしまっているだろう。

 とはいえ、殺人行為は早々に公にできる事件ではない。一日挟んでしまったが隠せる可能性は十分にあるし、最悪『夜』の立場を利用してこっちが三人殺ったことにもするのもワンチャン可能だ。

 リドゥの安否については前に出会ったモンスターが動いてくれてるのを信じるしかない。したらばこちらは隠蔽工作に全力を尽くす!


「間に合ってよ……!」


 私はなけなしの祈りを込めながら馬を走らせ、ラネリア南門を潜った。


 ──が、早々に希望は砕かれることになる。


「む? レリアか」


 すれ違おうとする人混みの中で馴染みある声を聞く。視線を向ければ、頭一つ抜けた巨体なので位置を特定するのは容易だった。


「ゴードンさん。と……リドゥんとこの大家さん?」

「あら、レリアちゃん」


 手を振っていたゴードンの傍に居たのは、リドゥが住んでいた下宿の中年女性だった。リドゥの二十歳祝いで酔っ払った彼を送り届けてたから顔はよく覚えてる。


 そんな彼女は大きな荷物を携えていた。

 旅行にでも行くのだろうかと思ったが、それにしては沈んだ表情だ。まるで受け入れ難い事実に打ちのめされて逃げ出すかのような……──。

 まさか……!


「……何方へ行かれるのですか?」

「あぁ……、他国に暮らしてる娘夫婦の家に身を寄せようと思ってね。前から一緒に住まないかって誘われてたし、ラネリアを出るのさ。この人にはそこまでの護衛を頼んだんだよ」

「そうでしたか……けど、どうして急に? 前までそんな素振り見せてなかったですよね?」


 大家はハァ……と溜め息を吐く。


「……年齢的に、元々リドゥを最後に隠居するつもりだったんだ。あの子が出て行ったから潮時だろうと準備はしててね。本当は来龍週のつもりだったけど、昨日のアレもあって今日にしたのさ」

「昨日?」


 私の腹を嫌な汗が伝う。


「あぁ。リドゥが人を殺めたとギルドが言うんだよ」

「え──……?」


 どこか予感していた『最悪』に言葉を失う。公表するのは『夜』が処罰を終えた後か捕縛するなりで制裁の準備を整えてからが基本なのに何故?


 問い返そうとすると、涙を浮かべる大家を遮るようにゴードンが前に出てきた。


「ここからは俺が説明しよう。これ以上は夫人も辛い」

「ゴードンさん……」

「リドゥが手にかけたという冒険者が情報伝達魔法で記録者と連携していたところをリアルタイムで知り、ソロマスターに報告したそうだ。それまでは仕方ないで済んだ話だったが、彼はあろうことにそれを同僚へ話してしまい、ネズミ式でギルド内に知り渡った末に街へ漏れたということだ……」


 ギルド員でありながら情けない……。ゴードンは眉間を摘んで漏洩者の蛮行を嘆いた。


「……あの子の人柄を思えば自分から手を上げる性格してないよ。あの子はギルドで虐められてたみたいだし、きっとソイツらに出遭わして嫌がらせを受けたに違いないさ。本当に悪いのはどっちだって話だよ……!」

「実際彼から悪性の類は感じなかったし、彼と交流あった人々もそんな人間じゃないと口を揃えて言っている。憶測の域を出ないが衝動に駆られる出来事に居合わせたのではないか、内容次第では情状酌量の余地もあるのではとギルド内でも意見が割れてい──」

「なぁゴードンさん。その記録者は誰です?」


 私はゴードンの声に割り込むように聞いた。

 彼は頭を搔くと耳を貸すよう指招きをし、小声で明かしてくる。


「……べメスというものだ。今は情報漏洩の原因としてギルドの留置エリアに居る」

「ありがとございます」


 私は一言だけ告げて、その場を後にした。


 馬をギルド管轄の馬小屋に戻すなり留置エリアに入る。すれ違う職員を無視して見張りが立っている部屋に入ると、中には更に見張りが一人、そしてちょうど訪ねていたレイム上司と彼をテーブルを挟むように座るべメスが居た。


「レリア? どうして此処に……?」


 予定外の来訪者にレイムが声を掛ける。しかし、今の彼女にはべメス以外眼中になかった。


 レリア・ヴァイターの『痛恨ノ一撃(クリティカルヒット)』は発動中、対象の弱点部分が赤く発光する魔法。ただし、弱点部分といっても顎・心臓・鳩尾・股間と有り触れた箇所ばかりではない。

 それらを含め、対象が最も攻撃されたくない箇所程赤黒く発光するのだ。昨日殺害したグリムを例に挙げると、彼は生命を落とす以上に抵抗手段を失い死を待つしかない状態に追い込まれることを恐れていた表れとして、心臓部よりも魔力の中枢たる丹田と攻撃手段の両腕が特に赤く光っていた。

 そして、今回の対象たるべメスはというと顎が全く光っていない。どうせなら失神してしまえれば一時的にもこの緊迫した状況を脱せられるのに……とでも考えているのだろう。


 ので、私は勢いをつけて、べメスの左眼球にめり込むように拳を叩き込んだ!


「うギゃあアァあぁアアーーーー!!!!!!」


 べメスが悲鳴を上げながら床に倒れて転げ回る。左目からは血が流れていた。


 私は「何をしている?!」と見張りに羽交い締めにされながら怒りをぶちまけた。


「テメェら、どれだけリドゥを喰いものにすれば気が済むのさ! そんなに人を虐げて悦に浸りたいならテメェら同士で蠱毒してればいいだろうが!!」


「レリア、落ち着きなさい! リドゥと親しかった分、声を荒らげる気持ちは痛いほど分かる! だが残念ながら事実だ!」


 そう言いながら前に立ちはだかったレイム上司は一枚の書類を見せてくる。


「べメスが情報伝達魔法を介して書いていた報告書だ。気に食わんだろうが、彼の仕事が正確なのは今更否定できないだろう?」

「ッ……!」


 レイム上司の言う通り、べメスの速筆は悔しいが本物だ。それに報告を聞いた傍から捏造するほど奴は器用でもない。


「レリア・ヴァイター。君を傷害の罪で一龍月の冒険者免許停止処分とする。賠償金支払いは後日決める。それと──、」


 彼は言いにくそうに唇を噛み締め、眼鏡をかけ直す。


「……免停明けには、他支部ギルドへの異動を薦める。今回の問題でラネリアギルドに愛想を尽かした冒険者と市民の脱退・転出が急激に進んでいるんだ。正直な話、私もラネリアはもう終わりだと思ってる。リドゥの案件が終わったら私も他支部への異動を真剣に検討するよ」

「ッ……!!」


 この発言に、私の中にある一つの決意が浮かぶ。


「……だったら、私も携わらせてくださいよ」


「え?」

「こんだけコケにされて黙って出て行けませんよ。ここで私まで引いたらリドゥがあまりにも報われなさすぎます。最後までアイツがどうなるのか見届けさせてくださいよ……!」

「レリア……」


 思わず言葉を失うレイム上司に、私は見張りの拘束を解いて告げる。


「一龍月後、返事お待ちしてます」


 それだけ言って、私は部屋を立ち去った。

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