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57 決意

「ところで──、僕が此処で目覚めたってことは、誰かしらジユイと戦った場所まで来たってことだよね? 先ずは助けてくれてありがとう」


 リドゥは地面に手を着き、魔族の皆に頭を下げる。どっかの国に伝わる感謝・謝罪の最上級表現らしい。

 魔族の皆は驚き、ロイストが慌てて止めさせてくる。


「顔を上げてください主よ……! 我々は貴方を助けたいから動いたまでです。一心同体たる我らが助け合うのは当たり前なのですから、わざわざ頭を下げる必要はございませぬ」

「ホント出来た魔族だよロイスト君は……。分かった、今後は頭は下げないことにするよ。それでも言葉では言わせてね」

「仰せのままに」


「それはそうと、皆んなは大丈夫だった? 多分ジユイと鉢合わせたよね?」

「そこは心配に及びませぬ。多少なり怪我はしましたが、主の救出に出向いたものは皆無事に戻られております」

「儂が大人しくしろ言っとんのに、皆お主が心配だとのたまい、こぞって出て行きおったんじゃぞ。ジユイの他に居らんかったから帰ってこれたものの、集団連れてたら救出どころか拠点特定されかねんかったぞ」

「えぇ、そりゃ無茶したね。怪我だけで済んだから良かったけど、最悪殺されてたよ?」

「返す言葉もございません……」


 素直に反省する魔族たちから視線を外し、僕はファランに向き直る。


「それで、ジユイはどうなったの? 黙って僕らを見逃すとは思えないけど……──」

「あぁ、そのジユイじゃが片腕吹っ飛ばしてやったわい。すれば治療に集中すべく、一龍月後の再来を宣言してさっさと帰りおった」

「マジでかアンタ」


 僕は武器壊したときの蹴り以外一発も入れられなかったというのにあっさり重傷を負わせるとは! この最上位種め!

 そんなこちらの気も知らないで、ファランは続ける。


「それ即ち、一龍月間は襲来までの猶予があるということ。再びジユイと会えば戦闘は確実。それまでに防衛から戦闘能力と色々見直す必要があるぞ」


 そう言って彼はスクリ──と皆の前に立つ。


「断言する。彼奴と戦えば、お主らは全員死ぬ。だから一龍月までにやれるだけのことはやるぞ。儂も手伝ってやるから、此処での決着はお主ら自身でケリをつけい」

「モケ?」


 この発言に『樹精霊・風導』のイリが首を傾げる。どうもこれ以上関与する気がないとファランが宣言しているように受け取れるからだ。


「お主らはただでさえ新種として目を付けられたろうに、また儂が出張れば『龍の住処』と余計ギルドの好奇心を煽るだけじゃろ。お主らを鍛える以上のお膳立ては拗らせるだけじゃ」


 実際、学者ども毎日ぶっ殺しとったし──。と物騒な愚痴をこぼす彼の言葉は理に適ってる。

 冒険者にとって龍との邂逅は生涯掛けてもワンチャンあるかどうかの大勝負。既にギルドがファランの捜索に乗り出してることを思えば、もう彼は表舞台に出るべきではなかった。


「となると……──目先の対策はあの男ですわね。ジユイでしたっけ?」


 ドクンッ──。

 アウネさんの口から『ジユイ』の名が出てきて、僕の心臓が跳ねた。


「私のいばらムチを容易く千切る怪力に、加えてあれ程大規模な魔法です。次会うときに最初から使われては敗北確定ですわ」

「それについては儂に心当たりがある。彼奴放つ前にポーズ取ってたろ?」

「あら? 何故それを……?」

「歴史とともに消えた魔法発動儀式のひとつじゃ。魔法というのは発動までに手間を加えればそれだけ威力・効果が増すものでの。彼奴は詠唱に加えて何かしらの構えを取ることで致命打足り得る域に到達させとるんじゃよ」

「つまり……どちらかでも潰してしまえば、辛うじて対処出来る程度には弱められると?」

「理想論だとそうなるの。その為にはお主らの自力を上げねば元の子も──」


「あのっ」


 僕は堪らず手を挙げて話を遮った。

 全員が一斉に注目する。


「なんじゃリドゥ?」

「……ジユイのことで話したいことがあるんだけど、今から言う人以外は一旦上で待っててくれないか? ちょっとまだ聞かせられる段階じゃないから……」

「わ、分かった」


 虎人のゴウ・サイカ夫妻が立ち上がるのに釣られて、魔族たちはゾロゾロと『魔力源泉の間』を後にする。

 残ったのは……──何処かしこから持ってきたズボンを履いた人狼レッド、荒天龍ファラン、牛頭ロイスト、花人アウネさんの計4名。


「──……で? 改まってどうしたリドゥ。しょうもないことじゃったら腹下すツボ押すからな」

「しょうもないよ嫌がらせが。実は……──」


 僕は意を決して全て話した。

 気を失っている間に、ジユイの幼少期を追体験していたこと。

 借金取りからジユイを庇おうとした母親が、ジユイを他所の子と言い放ち、他人のフリをして逃がそうとしたこと。

 当時幼過ぎたジユイは、母親の嘘を言葉通りに受け取ってしまったこと。

 そのときに発現した魔法が『ソワレ』によるものだと信じたこと。

 子どもを救うための嘘が、致命的な心の傷と化したこと……。


 これらを話し終えた時には、僕は大粒の涙を零していた。


「なるほど、あれはそういうことでしたか。実はいばらムチで拘束した際に目が合ったのですが、彼、無機質な目をしてたのです。生物を生物と見ていないような目でしたが、リドゥさまの話を聞く限り、意識的に情を閉じてるのかもしれませんね……」

「そうなんですよ」


 アウネさんの推測に、僕は顔を上げる。


「──とどのつまり、ジユイは親に捨てられたんだと恐らく今も思い込んでるんです。あれじゃあ人を人とも思わない暴挙も人間不信からくるものだとするなら、どうなろうが知ったこっちゃないって考え方にもなりますよ! 自分がその知ったこっちゃない側になったと、自分に一番無頓着になってんですもん! そんなん惨すぎる……!」


 どうしようもない──そこから湧き上がる怒哀の濁流に言葉が纏まらない。言い回しだとかそんなん考える余裕もなく僕はただただ感情任せに捲し立てて、顔を両手で覆った。


「僕はもう、ジユイを敵視する気になれない……」


 嗚咽のような啜り泣きが、シン……とした空間に情けなく響く。


 そんな中、ファランが「……ストックホルム症候群じゃな」と言った。


「……なんですそれ?」

「人間にあるらしいじゃないか。ほら、あの、加害者の惨い過去を知って思わず同情的になったり、寧ろ愛情が芽生えたりとか……? まぁそんな感じのやつにお主はなってしまっとるのじゃよ」


 そう説明されて、僕は鼻を啜る。


「……それはあると思います。なんでこんな幼子が、と思いながら体験してましたもん」

「じゃあ止めるか?」

「え?」


 思わぬ提案に、僕はファランを見る。


「お主はもうジユイを敵と見なせとらん。そんなんで相対したって絶対ボロを出す。負けが目に見えてるのに死合わせるわけにはいくまいて」

「そうです、主よ」


 ロイストもファランに同調する。


「今の主がジユイと戦うのは身体以上に心の負担が大き過ぎます。貴方の心を壊さぬ為にも、どうか奴の相手は私たちに担わせてはくれませぬか?」


「…………」


 僕は垂れてきた鼻を再び啜った。


 ファランもロイストも本気で心配してくれている。アウネさんも言葉にはしないものの、僕をジユイと戦わせたくないのが顔に滲んで出ていた。


 対して、レッドは違った。

 ──無理強いはしないけどさぁ……。そう確かに目が物語っていた。


「……」


 僕は涙が今以上に溢れないよう上を向いて、意志を伝える。


「いや……、僕にやらせてください」

「! リドゥさま?」

「元々僕から始まった騒動ですし、図らずも僕が一番ジユイを理解している。あんな過去に触れといて見て見ぬふりをしない為にも、僕は彼と話してみたい。どうか最後まで向き合わせてください! お願いします……!」


 僕は四人に頭を下げた。

 ファランが「はぁ……」と溜め息を吐く。


「……イバラの道ぞ?」

「承知の上です」


 即答すれば、ファランは再び「はぁ〜……」と長い溜め息を吐いて立ち上がる。


「……上行くぞ。皆に鍛錬内容を伝える」


 これは承諾を得たとみて良いだろう。

 そこへ「リドゥ」とレッドから声をかけられる。


「ガタがきたら、割り込むからな」

「……うん」


 僕は立ち上がり、ファランの後に続いた。

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