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55 追憶、ジユイ・アバンリー幼年期

 ──なんで?


 ベルリィ夫人と紅茶を飲むアバンリー夫人の談笑を聞きながら、第一に思ったリドゥの感想がそれだった。


 どうして僕は、ジユイの過去を追体験しているんだ? 一体何がキッカケだ?


 僕は一つ仮説を立ててみる。

 最初に思い当たったのは「心域侵害」と頭を掴まれたとき。直後に「これが『消滅』か」だったので、あれが『記憶を読み取る魔法』と仮定しよう。

 僕は『記憶を読み取る為の魔力』を流し込まれた際に無理やり中断させている。あれによってジユイの魔力が自身の魔力と混濁し、僕の記憶と混ざったとしたら? その魔力を通じて宿った彼の記憶が、僕が死に瀕したことで鮮明になったとしたら?

 だとするならば、今こうして追体験しているのにも説明がつく。記憶を司る魔法なのなら、そのような不具合が起こったって何ら不思議ではない。


 ところで、紅茶って幾らくらいするのだろう? 飲んだことないから分かんないが、気軽に買えるものなのかな?

 どうでもいいか。


「ただいま」


 お?

 ──もう街行ける身分じゃないし……なんて自虐気味に自己完結していたら、男性の声が聞こえた。父親だろうか?


 ベルリィさんに対する声は聞こえない。いつの間にか帰っていたらしい。

 というより、時間が飛んだのか? 窓を見ると明るかったのが夕方になっていた。


「おかえりなさい貴方。今日もご無事で何よりです」

「大黒柱たるもの、ケガして帰って来れないからな。ジユイは寝てるのか?」

「ほぎゃあ……おぎゃあ……」


 僕の意思に反して赤子ジユイ(ぼく)が泣きだした。どうやらあくまで記憶を追って見ているだけで、肉体に憑依している僕とは無関係にジユイは動くらしい。


「おお、出迎えてくれるか。ありがとうな。よ〜しよし……」


 父親は微笑ましげに赤子ジユイ(ぼく)を抱き抱える。顔つきを見る限り、ジユイは父親似のようだ。


 ……なんだ。割と微笑ましいじゃないか。

 三人を見ていてそう思う。孤児故に一般的な家庭は知らないが、これが無慈悲なジユイの過去とは思えないくらい。


 ここでまた景色が変わる。

 今度はテーブルに座っていた。


「ジユイ、三歳の誕生日おめでとう」


 ぼく(ぼく)の前には笑顔の両親と食欲を唆る料理。どうやら好物らしい。

 更にそこへ「プレゼントだ」と手渡されたのは、昔から存在する星頭のヒーロー『ソワレ』の人形だった。

 それと両親を見比べて、心の底から暖かい感情が湧き上がってくる。ぼくは祝福を喜べる子どもだったようだ。


 ぼく(ぼく)は食後のジャノを頬張るほど夢中で食べる。ここから一体、どうしてあのような人間に至ったのだろう?

 ──その答えは直ぐに見つかった。


「旦那さんが亡くなりました」


 ぼく(ぼく)が三歳を迎えて間もなくの雨の日──、玄関でアバンリー夫人はそう告げられた。なんでも上級モンスターから冒険者を庇ったらしい。

 程なくして葬儀が開かれたが、ぼく(ぼく)は父親が棺桶で眠っている以上のことを理解していなかった。


「お母さん。お父さんはどうしてあそこで寝てるの?」

「……お父さんはね、お星さまになったのよ。だからあそこで寝ているの」


 そう説明するアバンリー夫人に抱きしめられたぼく(ぼく)は、疑念の感情を抱きながら、ソワレの人形を握りしめた。


 ぼく(リドゥ)は幼いながらに、誤魔化されたのだと理解(わか)っていた。


 それからの生活は困窮を極めた。

 まず収入が激減した。事情を知る知り合いが定期的にアバンリー夫人を日雇いしてくれていたが、毎龍月貯金を切り崩していた。


 ぼく(ぼく)は、どうして母親が遊んでくれなくなったのか理解(わか)ってなかった。


 いつまでも貯金に頼れない──とアバンリー夫人は仕事を探すようになった。しかし子育てに都合の良い仕事は見つからず、毎日落ち込んで帰ってきていた。


 ぼく(ぼく)は、どうして母親が家を空けがちになったのか理解(わか)ってなかった。


 貯金が限界を迎えた頃──、アバンリー夫人は借金をするようになった。子どもに貧困を経験させたくない親心からだった。


 幼年ジユイ(ぼく)は、家計が圧迫していることを理解(わか)ってなかった。


 そして、星が煌めく夜──。


「ジユイ、出かけるわよ」


 アバンリー夫人は幼年ジユイ(ぼく)を連れて、夜逃げを決行した。借金が限界を迎えたことは想像に難くなかった。

 だが当然、債権者は見逃したりしない。家を見張っていた下っ端に見つかり、複数の男に追いかけられた。

 その道中──。


「しばらくここに座っててね。お母さん、必ず戻ってくるから」


 そう言ってアバンリー夫人は幼年ジユイ(ぼく)を物陰に隠すと、路地裏の奥へ消えていった。子どもを守るべく囮になったのだ。


「こっちから足音聞こえたぞ!」

「逃がすな!」


 物陰から男たちが続くのが見える。それを幼年ジユイ(ぼく)は恐怖的光景とも理解(わか)らず、ただじっと眺めていた。

 年齢的に理解ってなかったのが寧ろ幸運だったかもしれない。


 なんて思っていたら、幼年ジユイ(ぼく)を隠していたものが動かされ、追っ手の一人が覗き込んできた。


「おぉ、ここに居たかボウズ。おまえのお母さんが足を痛めちゃってね。一緒に迎えに行こう」


 誘拐の常套句! 一番耳を傾けてはならない言葉の類!!


「わかった」


 だが幼年ジユイ(ぼく)は「お母さんが足を痛めちゃってね」に目ざとく反応してしまう。今まで抱いてきた両親への好意が仇となった!


 そのまま手を引かれて歩いていくと、借金取りたちに取り囲まれる形でアバンリー夫人がへたり込んでいた。

 アバンリー夫人は身体の至るところに暴行を受け、地面に血を垂らしていた。


「ガキだけでも逃がそうったってそうはいかねぇぜ」

「お母さん」

「おっと、動くなガキ」


 幼年ジユイ(ぼく)は駆け寄ろうとするが、掴まれていた手を乱暴に引っ張られる。


「母親は抵抗するから黙らせたが、これからおまえらは商品になるんだ。下手に走って怪我されたら価値が下が──」

「待ってください!」

「あ?」


 借金取りの言葉を遮るように、アバンリー夫人は息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。


「……その子、うちの子じゃあ、りません。こ、こら辺に住んで……る孤……児です。だから、どうか、解ほッ、うしてあげてくだっ、さい……」


「え……?」


 あ……。

 それを聞いた瞬間、幼年ジユイ(ぼく)の中にドス黒い感情が芽生えた。

 母親じゃないなら今までの愛情はなんだったんだ? 全部偽りだったのか? 逃がす為の方便と理解出来なかった幼年ジユイ(ぼく)は悪夢の他にない感情に支配されてしまっていた。


 リドゥは内心頭を抱えた。


 ──なんてこった! 子どもだけでも逃がそうという嘘を言葉通りに受け取ってしまっている!

 これを愛情故の嘘と気付くには、幼年ジユイ(ぼく)はあまりにも幼過ぎた!


「お母さん?」


 ショックのあまりソワレの人形を落としながらも、幼年ジユイ(ぼく)は母親に手を伸ばす。


 だが借金取りはそれを「動くな言ってるだろ!」と殴りつけた!


「ひっ……!」


 幼年ジユイ(ぼく)は殴られた頭に触れて「うえぇ……!」と涙をボロボロ流した。


「やめてください! 無関係の子を巻き込まないで!」


 無関係の子──。巻き込みたくないが為の言葉が心にズシリと幼年ジユイ(ぼく)のしかかる。


「見え透いた嘘つくなっ!」

「げホッ……!」

「お母さんっ!」


 蹴られる母親に幼年ジユイ(ぼく)は再び手を伸ばす。

 今度は蹴られた。


「お願いしますッ! その子は知らない子なんです! どうか放してあげてくださいッ!!」


 知らない子──。

 また心に悍ましい亀裂が走る。これ以上は耐えられない!


「もういい! 死なねぇ程度にやっちまえ!」


 幼年ジユイ(ぼく)を痛めつける男はそう指示して、幼年ジユイ(ぼく)をアバンリー夫人の傍に蹴り飛ばしてきた。


「おかあ……さん……っ」


 それでも、幼年ジユイ(ぼく)は母親を、唯一の肉親を呼び続けながら顔を上げると──、


 地面に落としていたソワレの人形が、道端の小石のように踏み潰された。


「 」


 ──ドクンッ。

 その瞬間、幼年ジユイ(ぼく)の中で何かが崩壊すると同時に、また別の何かが身体の中に芽生えた。


「──ッ!!!!!!」


 声にならない慟哭を撒き散らしながら幼年ジユイ(ぼく)が手を伸ばしたそのとき、めいっぱい開いた指先から一筋の光が伸びて、星空に吸い込まれていった。


「な、なんだ? ……ッ!?」


 男は星空を見上げて驚愕する。釣られて幼年ジユイ(ぼく)も見上げると、



 ──大量の星が、こちらめがけて降り注いでいた。



 幼年ジユイ(ぼく)は母親と借金取り諸共、衝撃に呑まれた。

 視界が暗転した。


 ◇◇◇


 ……。

 暗転してからどれくらい経っただろう?

 薄らぼんやりする視界の中、幼年ジユイ(ぼく)は騒ぎ声を聞いた。


「……ぃ! 子どもまでいるぞ!」

「…………良かった、まだ息はあるよ! 目も開いてる!」

「ぼうや、私が見えるかい? 見えてたら『ばぁば』と言っておくれ……!」


 幼年ジユイ(ぼく)は朧気な意識の中、「……ばぁば」と呟いた。

 こちらを抱きかかえている老婆の顔が安堵に包まれると同時に、同じくこちらを覗き込んでいた中年女性が声を上げる。


「あんた! この子意識あるよ!」

「応急処置だ! 手遅れにならないうちに早く!」

「他は……ダメだ、全員死んでる! 生き残りはその子だけだ!」

「一体何があったってんだ……?!」


 その言葉に「あまり動いちゃダメだよ……!」と言われながら見回してみると、酷い有様だった。

 此処が路地裏だった面影は一切ない。あるのは瓦礫の山ばかりだった。


 その中に、アバンリー夫人の頭と、ズタボロになったソワレの人形が見えた。


 そのとき、幼年ジユイ(ぼく)は確かに思った。


 ──……ソワレが、やったんだ。家族のぼくを助けてくれたんだ。

 じゃあ、お母さんは?

 お母さんはどうして、ぼくを知らない子と言ったの?

 ぼくは家族じゃなかったの?

 今までの時間はなんだったの?

 全部ウソだったの?

 ウソだとしたら、お父さんがお星さまになったのもウソだったの?

 ウソつき、ウソつき、ウソつき……。

 わかんない……。

 わかんないよ……。

 どうすれば、わかったのかな……?

 わかればいいのに……。

 あたまの中が、わかればいいのに……。


 ──ドクン。

 そのとき、再び何かが芽生える感覚を抱きながら、幼年ジユイ(ぼく)の視界は再び暗転した。


 ◇ ◇ ◇


 ……。

 暗転してからどれくらい経っただろう?

 薄らぼんやりする視界の中、リドゥは騒ぎ声を聞いた。


「……ぃ! ぉきんかバカ弟子! 簡単にくたばるよう育てた覚えはあ、起きた」

「バウッ!」

「! モケ! モケモケ! モッケピロピロ!!」

「主よ! 私が見えますか?! 見えるなら名を呼んでくださいませ!」

「…………ロイスト……?」

「……ッ! あぁ、そうです。ロイストですとも……!!」


 ロイストが大粒の涙を流す中、今度はアルラウネが前に割り込んでくる。


「ロイストさま、次は私が。リドゥさま、ご自身の名前を言っていただけますか?」


 リドゥ? リドゥ──? と催促されながら、僕は続きを口にする。


「……ランヴァー。リドゥ・ランヴァー……」


「最初の仲間は?」

「レッドドッグ……」


「私の名前は?」

「アルラウネ……」


「私の身体は?」

「言わねぇよ……?」


「意識・記憶、共に正常です!」


 周囲から歓声が上がる。大勢が傍に居るようだが、酷い確認方法だ。


「良かったぁ……!」


 呆れていると、ロイストとは別の安堵の声が聞こえてくる。

 身体を起こして見てみると、剛爪虎のオスの方が、ポロポロと涙ぐんでいた。


「目覚めてくれてホントに良かった……! うっかり泉に落としちまってから丸一日起きねぇし、引っ張り上げたら角も生えてっから別人になっちまったかと……!」

「角……?」


 聞き捨てならない発言に居ても立ってもいられなくなり、僕は己の姿を確認出来るものはないかと周囲を見回す。

 しかし、見当たらない。仕方がないので周囲の制止を振り切り、魔力源泉の間まで行って覗き込むと──、


「マジか……」


 額から、それはそれは立派な角が二本生えていた。

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