51 急襲
木々が吹き飛んだ龍の決戦地『二龍大戦跡地』にて──。
現場に着くと、一人の男が立っていた。
随分な長髪ポニーテールで、男の顔左半分には傷跡らしきものが付いていた。かなりの大柄に合わせてか、背には大太刀を携えている。
その男が、こちらに気付くなり、ゆらりと振り向いてくる。
「リドゥ・ランヴァーだな」
開口一番にそう言い放つや否や、男は目にも止まらぬ速度で距離を詰めてきた!
身体強化魔法か?! じゃなければ説明つかない速さだ!
だが幸いにも一直線! リドゥは咄嗟に槍を構えて応戦する。
──が、右の手刀であっさりいなされてしまい、「は──?」とこちらが驚く間もなく男は顔を鷲掴んでくると──、
「心域侵害!」
「むぐっ!?」
そう言いながら頭に魔力を流し込んでくるとともに、そのまま地面に押し倒してきた。
「んぅっ! ンンンンンッッ!!」
男の左手を両手で掴みながら足をバタつかせるも、抵抗されるどころか微動だにすらせず引き剥がせない。なんて怪力だ!
そしてこの感覚はなんだ?! 魔力を流し込まれたと思えば、頭の中をまさぐられる感覚。まるで隅々まで覗き込まれてるみたいで気持ち悪い!
何をされてるか分からないけど、これを続けさせたらいけない気がする!
悪く思うな!
リドゥは「止めろッ!」と瞬時に『消滅』の力を両手に纏った。
「では止めよう」
──が、消滅が始まる前に離れられたものだから、左手に装着されてたグローブしか消滅しなかった。
男はボロ切れになったグローブを剥がしてポケットにしまいながら、感心したように呟く。
「ふむ。これが『消滅』か。素肌を掴まれてたら壊死してたな。お気に入りだったが仕方あるまい」
「え?」
思わず面食らって僕は動きを止める。どうして『採掘』を『消滅』と再認識したことを知っているんだ?
しかし、男はそれ以上は呟かず、先の龍大戦で出来た切り株に腰掛けたかと思えば、「座れ」と催促してくる。
男が指差す先には、倒れた丸太が転がっていた。
「………………」
何が目的かは分からないが、戦闘に至らないなら越したことはない。僕は最大限警戒しながら丸太に腰掛けた。
男は手と足を組んで自己紹介をする。
「初めましてか。俺はジユイ・アバンリー。ラネリアの新ギルド長だ」
「ッ!!」
新ギルド長!?
僕と面と面で向き合うことなく、こちらの冒険者生命に審判を下した張本人ではないか。まさかトップ直々に襲撃してくるなんて!
というか『ジユイ・アバンリー』と言ったか?! ラネリア大陸に生息する全てのモンスターと出会い、討伐・撃退・邂逅してみせた者のみにおくられる称号『ソロマスター』の唯一所有者じゃないか!
しかも、その討伐・撃退・邂逅には当然龍・竜が含まれている。つまるところ、龍との戦闘経験者同士としては圧倒的上位互換! 適う要素が見当たらない!
が、ここで疑問が生じる。その『ソロマスター』がいつでも始末できる僕に、どうして話し合いの場を設けてきたのだろう?
その答えは直ぐに見つかった。
「端的に言おう、リドゥ・ランヴァーよ。再雇用される意思はあるか?」
「は?」
思わぬ提案に目が見開き、呼吸が一瞬止まる。
一体何を言ってるんだ?
「きゅ、急に何を? 僕が実力不足と申して解雇したのはそっちでしょう?!」
「青トマトから熟成したなら話は別だ。荒天龍直々に鍛えられた魔法で滅喰龍に致命打を負わせ、冒険者三人を不意討ち込みながらも倒してみせる実力を身に付けたのなら考えを改める価値がある。なんなら再雇用されるなら三人殺したことも不問としよう」
「えぇ……?」
何かの罠か?
僕は猜疑心に陥る。あまりにも都合が良すぎるし、本心からの提案だとしても勘繰ってしまうのは当然といえば当然だった。
それよりも!
なんで彼は『消滅』になってからの戦闘録を知っている? 三人を殺害したのは最初に殺したエレムの魔法で筒抜けだとしても、「荒天龍直々(略)滅喰龍に致命打」はまるで戦闘現場に居合わせてたかのような言い分。一体どうやって──、
「!」
ここで一つ可能性に気付く。もしかして魔力を流し込まれた時か? 頭の中をまさぐられたような感覚といい、あれが記憶を読み取る魔法だとすれば辻褄が合う。
けれど……そしたら、ラネリアから森へ来るまでの手段は何だ? あれこそ魔法でなければ説明付かないが、世間的に魔法は一人一つまで。身体強化魔法じみた超速移動もしかり。
こうして次から次へと湧いてくる憶測と疑問に脳みそを振り回される。けれど言い淀んでいてはジユイの思うつぼだと、無理くり平常を装ってとにかく質問を提示する。
先ずは、案の定筒抜けだった三人の殺害について。
「……そうは言っても、僕が三人を殺したのはもうギルドも知ってるのでしょう? それで僕が復帰したとて後ろ指差されない保証はないじゃないですか?」
「そこは正当防衛として処理する。そもそもの話、三人はギルド暗部のブラックリストだったから始末する手間が省けて感謝したいくらいだ。それでも不安なら偽名を使い且つ顔を変えればいい。幻霧蛙の仮面を持ってすれば誤魔化せるだろう。仮面を外せぬ暮らしにはなるがな」
「ッ!!」
身勝手な提案に言葉を失う。拠点のモンスターにも言及してくるか!
「ちょっと待ってください。幻霧蛙をラネリアで連れ回せと言うんですか? それこそ彼がラネリア民に後ろ指差されて迫害されるのがお約束です。そんな危険な付き合いさせられません」
「モンスター共の安全措置もなければ不満か? ではこうしよう。この森は特別保護区域とし、貴様を管理責任者に任命する。当然、出入りは自由にしてくれて構わないし、誰を出入りさせるかはそちらで決めていい。これならラネリアへ連れずとも定期的に会って仮面の細工は可能だし、その方が貴様も安心するだろう?」
「……ッ」
確かに彼が言うように、出来ることなら誰も森に入れたくない。それが叶うというなら魅力的な提案ではあった。
「──お断りします」
それでも僕は、首を縦には振らなかった。
「いくら好条件でも、一方的に解雇してきたギルドに復帰する気は疾うに御座いません。それに……此処を僕の管理下に置くとして、僕にモンスター討伐の義務が発生するのは変わりないでしょう?」
「……それはそうだな。俺の新方針は満遍なく実績を出せるか篩に掛けるためのもの。どれだけ二つが優秀でも一つだけままならないなんて例外は認めん」
「なら戻りません。縄張り争いのためならまだしも、僕はもう、モンスターを金や名誉、好奇心目的で戦う気にはなれませんので」
「ふむ……」
ジユイは少し口を閉ざすと、胸糞悪い代案を提示してくる。
「では、希少鉱石採掘の知識だけを提供するというのは? それだと殺人者と追われる身にはなるが、知識と一緒に片耳を寄越すなら、死亡扱いで放っておこうじゃないか」
これに僕はカチンときて、言葉を返す。
「だったら尚更です。僕の5年間はギルドに甘い蜜だけを吸わせるためのものじゃない。僕の尊厳を売り払うくらいなら──」
僕は立ち上がり、槍の切っ先をジユイに向けた。
「僕は、人殺しのままで構わない」
「そうか……」
ジユイは短く溜め息を吐くと、大太刀を引き抜いて構える。
「──では、殺すか」