49 地下世界
場面は変わり、『見限られた森』の拠点にて──。
「おっぷ……!」
拠点に帰還していたリドゥは、懸命に口を押さえて吐き気と戦っていた。
頭部の打撲傷を治療すべく超回復液を飲んだからだ。外傷だけなら直接患部に掛ければ済む話だが、内出血を危惧して体内摂取から回復を試みていた。
「どぅぇぇええ……!」
その結果、いつも通り嘔吐いていましたとさ。
「大丈夫ですかリドゥさま? 吐いてしまったらもう一本ですよ?」
「おっとそれは勘弁願いたい……んっ!」
鼻を摘んで強引に飲み込む。大きく溜め息を吐きながら目の前に置かれた二本目を押し退けていると、頭部の痛みが引いていくのを感じた。
隣からチパチパ……と拍手が聞こえてくる。
「はい。お疲れさまでした。いい飲みっぷりでしたよ」
「どうも……。いやぁ、相変わらず酷い味ですこと。前よかマシになった気はするけど、やっぱ頼りたくねぇなぁ……」
「あら、多少は飲める味になったのですね。頑張った甲斐がありました」
「やだ、ポジティブ。……て待って僕に毒見させた?」
「そこはご安心を。先程運ばれてきた風導に使用してから飲ませましたわ」
「重傷者を被験体にしないで?」
ニヒルな微笑を浮かべながら碌でもないことを言っている彼女は植物型モンスター・アルラウネ。ロイスト同様──、というか彼以上に特に変態が著しかったモンスターの一人で、手足が樹木、髪の毛が植物で頭部にオレンジのリコリスが咲いているのを除けば人間と言っても過言ではなかった。
それと、妖艶な微笑みと、客観的に見れば服越しでも分かるほどに魅惑的な身体付きが相まって、存在そのものがセクシー。これで人間だったら飲食店の看板娘に引く手数多だろう。
そんな彼女には超回復液の作成と改良を担ってもらっていた。
どうして改良しているかと言うと、味がとにかく酷いからだ。
事の発端はラネリアへ向かう前日。モンスターの一体が地下開拓中に腕が千切れる重傷を負った。
当然、患部に掛けたって傷が塞がるばかりで腕は生えてこない。だから自己再生力を飛躍させるべく飲ませたのだが、あまりの不味さにちょっと吐いたのだ。
どうにか腕は再生したが、あれではいざと言うとき嘔吐して完全回復が見込めなくなる。そうなっては回復液の意味がない。
その結果、誰かの「甘味と混ぜればマシになるのでは?」発言から改良が立案され、森の植物を網羅しているアルラウネに白羽の矢が立ったわけだ。
──のだが、
「では皆さま味見お願いしますね」
と先手を打たれて断る余地をなくして皆と悲鳴を上げたのは言うまでもない。
そのアルラウネが「あぁ、そうそう」と両掌を合わせる。
「回復して早速ですが、地下世界の微調整頼めますか? イシノシが凸凹を無理くり登ろうとしていた報告がありましたの」
「え、マジか。直ぐ行く」
僕は立ち上がり、地下世界へ続く螺旋階段を駆け下りていく。
地下世界──。地上の生態系を壊さぬ為に、ファラン指導の避難所作成で拠点を拡張した次いでに採掘り、皆と土を敷いて種を植えて樹木モンスターの『成長促進』で自然を生い茂らせた、月光石が月夜の如く照らす地下の巨大空間。所謂繁茂エリアだ。
そこで僕たちは、肉食モンスターの需要を満たすべく、イシノシを家畜化していた。
やり方は至ってシンプル。イシノシの大好物『ギガトリュフ』を持たせた素早いモンスターに地下世界まで誘き出してもらい、入って直ぐの落ちたら二度と登れない急斜面を共に下らせて、最後は梯子状に採掘した凸凹で仲間だけ脱出してもらうを繰り返せばイシノシの移住(という名の拉致)は完了。後は繁殖するのを気長に待つだけだ。
因みに、誘き寄せ決行前に「モンスター食うの抵抗ない?」と聞いてみれば、こぞって「今更?」だった。というのも、争い、殺し、喰らい合うのはモンスター社会では日常茶飯事とのことだそう。
言われてみれば当然の話だった。同族同士で徒に争わないのは人間くらいで、弱肉強食が前提たるモンスターにとっては寧ろこちらが異端なのかもしれない。
それはそうと──と、アルラウネを横目に見やる。
「服、着れたんだね……」
教えていないのに彼女の着こなしは完璧だった。間違いなく前後逆なりボタンを掛け違えたりすると思ってただけに少々意外だ。因みに大穴予想は腕のところに首を通そうとして破く。
「風導さまが教えてくださったのです。ロイストさまが帰還した際は手探りで着てましたら、リドゥさまが着ているところを何度も見ていると」
最高かよ。あの子ら天才。
「それとも……服を着ていない方がお好みですか?」
そう言ってアルラウネは胸元を捲ってみせる。どこで覚えたそんなモノ。
「お下品ざますわよ貴女。秘部を隠してないのを人間の間では痴男痴女と呼ぶのよ?」
「とは言っても服の概念生まれたのつい最近ですし。それに私、生殖器官の雌花は頭にあって、下半身には無いんですよ。ほら、ズボンの下だってこの通り」
「あ、真に? どれどれ……あるじゃねえか」
知識欲に負けてしっかり騙されたところへ、アルラウネは愉しげにからかってくる。
「はしゃぎました? はしゃぎました? 人間の生殖器官は下半身にあるそうですが、繁殖欲が高まると雄の場合膨ら……んでませんね」
「性欲なんてここ数年抱いてないわよ。色々揉まれてるうちにそういう気力も尽きましたわ」
「えぇ……」
アルラウネは唖然として、真剣な面持ちでズボンを履き直す。
「リドゥさま……流石に治療しましょう? 繁殖意欲失うのは、生物として致命的ですよ」
「……本音は?」
「堂々からかうためにも、流石に治療しましょう?」
「さぁ現場行きましょう」
とかコントを繰り広げているうちに現場へ到着し、脱出用凸凹の凸を削って凹だけにしながら昇り降りできるかの確認作業を始める。
暫く没頭していればイシノシが彷徨く最下層まで到達する。イシノシの突進に気をつけながらアルラウネにも昇り降りの確認をしてもらって作業完了だ。
「ふぅ」とひと息つく。
皆んな優秀だ。こちらが言わずとも未知の用途を学べるし、拠点内の問題にもちゃんと気付いて解決に取り組める。やはり生まれながらの大自然育ちは適応力が違う。
「……よし」
僕はあることを決意して、他に問題がないことを確認してから、アルラウネに呼びかける。
「アルラウネさん。皆んなを『焚き火の間』に集めて。大至急」