46 誰が為に我は罪を為す
現在のリドゥは、殺意の激情に駆られながらも、同時に冷静だった。
二人はよくコンビを組んでいた。戦闘スタイルの相性が良いそうだからだ。故に不意討ちが効かなくなった以上、闇雲に攻撃するのは愚行極まりなかった。
故に僕は、初手は解析に徹することにした。
「はあっ!」
僕が打撲傷の血を舐め取ると同時に、グレムの剣技が襲ってきた。
それを捌いていると、すかさず割り込んできたマナが棍を猛スピードで乱打してきた。彼女の『自動反撃』は指定範囲内に入ってきたものを超速度で攻撃するもので、それを利用した接近戦が持ち味だ。
「どうしましたリドゥ?! 大見得切っといて防戦一方ではないですか! 一丁前に手に入れた武器が泣きますね!!」
「グレム。勿体ぶらずにやっちゃおうよ。そんでコケにしてきた分返してやろう」
「それもそうですね。いきますよ!」
マナに提案されるがまま、グレムは『分身』を生成する。
分身がダメージを負う分にはグレム本体に反映されない。この効果を利用して、分身が足止めしている間にマナが接近して分身ごと……というのがお約束と噂で聞く。
これで事実上3対1になったわけで人数差で大きな差をつけられる、これに対して僕はというと──、
……こんなもん?
滴ってくる血を逐一舐め取る余裕がある程に、奴らの動きが全体的に緩やかに見えていた。口では殺意マシマシのくせに、悠長に余力を残しているのか?
──あ。
攻撃を防ぎながらはたと気付く。奴らが手を抜いてるのではなく、こちらの動体視力が上がったのだ。
心当たりは二つしかない。荒天龍ファランによるスパルタ鍛錬と滅喰龍との戦闘だ。
そもそもが滅喰龍を見越しての鍛錬。拠点拡張の体で魔法を強化していた傍らでこれでもかと戦闘指南も叩き込まれ、滅喰龍のハチャメチャ大決戦に望んだのだ。あれだけの超経験値を得といて成長してないのは無理な話だ。
今更ながら、為になってたんだなぁ。
とはいえ、流石にこの連携を崩さないと殺すどころではない。一人を殺っている間の無防備を狙われるのがオチだ。
ならば先ずは、片方を再起不能に追い込む!
幸い攻撃パターンは読めてきていた。マナが接近してくる際、グレムは超速乱打に巻き込まれまいと必ず分身と立ち変わって距離をとる。更に言うと、二人とも嬲り欲にかまけて、気絶へ誘う頭を狙ってくる様子がないのだ。
とするなら──、
僕は右から迫り来るグレムと分身の攻撃を防ぎながら、左半身を僅かに無防備に晒してみせた。
「そこ!」
当然、マナはこれを見逃さずに突っ込んできて、同時にグレム本体は距離を置く。それでも分身は残って攻撃を続けてくるのが厄介だが、今はそれが罠となる。
そして思惑通り、マナは棍を振りかぶって射程範囲内に入ってきた!
──ここ!
僕は頬を膨らませ、滴ってきては舐め取って口内に溜めていた血を毒霧にして吹き出した!
「うえっ!?」
棍が届くよりも一瞬早く、マナは顔面に諸血を被り反射的に目を閉じた。
思った通り。予想通り、こちらの頭部は自動反撃範囲外で反応しきれてなかった!
この刹那──、マナが纏っていた魔力が途切れる。
──今!
その針穴みたいな隙を縫うように、僕はマナの下腹部を思い切り蹴り飛ばした! 靴先がめり込むように。
「ゥぶっ!!」
マナは口を膨らませながら、地面を擦るように後退ると、「げぇえっ!!」と逆流してきたものを血混じりに吐き出した。効果てきめん!
「!? き、貴様ァ!!」
グレムは先程の余裕の表情が嘘のように取り乱して、分身と同時攻撃を放ってきた。
しかし、それはあまりにも安直な太刀筋で、防ぐまでもなかった。
僕はグレムを分身ごと、槍で薙ぎ払った。
「がグッ!!」
二人が地面を跳ねるように倒れ込む。
そこへすかさず地面を蹴って、地面に倒れた分身に槍を突き刺して消滅させると、勢いのままグレムへ覆い被さりに飛びかかる。
しかし、グレムとておいそれと殺られる玉ではない。咄嗟に剣を構えて「ガァッ!」と突き刺しに掛かってきた。
「ッ!!」
──が、それを真剣白刃取りして、剣を『消滅』させてやった。
「は?!」
グレムの声色が動揺に染まる。当然だ。ずっと出来損ないと見下していたこちらに武器を破壊されたのだから。
その隙に今度こそ馬乗りになって、僕はグレムの首を絞めながら改めて話しかける。
「よぉグレム。出来損ないにしてやられる気分はどうだ?」
「なっ! が、離せ……!」
「愉しかったよな? 自分より格下が居ると安心したよな? どれだけ物理で言葉で嬲っても反撃される心配がないから目いっぱい加虐心を満たせたよな? 都合のいい存在だったよな?」
「な、なに……を……!」
「僕は最悪だったよ。いくら忘れようとしても頭にこびりついて離れなくて、毎日生き地獄だった。僕から人との繋がりを断絶しない限りオマエらに出遭わずに済む術がなかったから、こちらばかりが日陰者にならざるを得なかった。なんで外道のおまえが日向を歩めるんだ?」
「何が言いたい……?!」
「だから、五年間分の屈辱と怒りを、この一回に込めるよ!!」
そう宣言して、僕が両手に『消滅』を纏ったその瞬間──、グレムの首が壊死を始めた!
「あ”あ”あ”ぁ”ぁ”あ”あ”ッッッッ!!!!!?」
グレムから断末魔が上がる。必死に手を外そうと手を引っ掻いてくるし、脚をバタつかせてくるのが鬱陶しくて「黙れ」と股間を殴ってみれば「ッ……!?」と悶絶するも、直ぐに壊死の激痛に支配され、やがて──、
「あ……ッ」
首が消滅するとともに、激痛と苦悶と僕にいいようにされる恥辱に苛まれた顔で、グレムは息絶えた。
「さて……」
──残るは一人。
僕は立ち上がり、未だ腹を抱えて呻いているマナに顔を向けた。
「ひッ……!」
後退ったマナは酷く怯えた様子で歯をガチガチと鳴らす。それでも僕は構わず距離を詰めていく。
「いや……っ! 来ないで……!」
吐瀉物に塗れた口元を拭うことも忘れ、腹を押さえながらの命乞い。なんて醜い。
「僕がそれ言って、オマエらは止まったか?」
「ッ!! ひ、ひぃい……!!」
マナは必死の形相で身体を起こすと、僕に背を向けて逃げ出した。
逃がしてたまるか。そのまま追いかけようとしたときだった。
「ボゥッ!」
「ぎゃっ!?」
「!?」
茂みからレッドドッグが飛び出したかと思えば、マナに火を吹いたではないか。
不意をつかれたマナは前のめりに転んだ。そこへ飛びかかったレッドドッグの次の行動を僕は瞬時に察して声を上げる。
「レッドドッグ待──!」
──が、こちらの声に耳を傾けることなく、レッドドッグはマナに噛みつくと、頸動脈を噛み千切った。
マナは首から血を噴き出して、少し痙攣した後に動かなくなった。
瞬間──。僕の全身から血の気が引いた。
ぺたん……と力無く膝を着く。自分の行いに後悔したからではない。レッドドッグが自分同様、殺人者になってしまったからだ。
これでは、彼までギルドに追われてしまう。
「なんで……?」
「グル……」
レッドドッグはこちらに目を向けてくると、ゆっくり歩み寄ってきた。
そして──、
「ペロっ」
僕から未だに滴ってる打撲傷の血を、なんの躊躇いもなく舐め取ったのだった。
「あ……──」
そのとき、彼が何故に蛮行へ至ったのかを、僕は理解した。
彼はただ助けたかったのだ。独り勝手に闇へ堕ちようとする僕を独りにさせない為に、自ら殺人者に堕ちたのだ。
その証拠に彼は、今も僕の血を舐め取って、僕を気遣ってくれている。
「……レッドドッグ」
「グル?」
僕はレッドドッグに抱きついた。
彼は、嫌がらなかった。
「一緒に背負ってくれてありがとう……」
「グル」
それから暫くの間、僕はわんわん泣いた。