45 因果応報
「ふんふふーん……♪」
リドゥは買い出し品を積んだ荷台を引っ張ってもらいながら、上機嫌に鼻歌を口ずさんでいた。
大儲けだ!
最低限売れればと思っていたが、まさか全部売れるとは思いもしなかった。おかげで必要分の服からレシピ本に生地、お釣りで食糧まで買い込めて非常に気分が良い。
それでも所持金が余ったものだから嬉しい悲鳴だ。一瞬何か食べて帰ろうかとさえ思いつつも、直ぐさま拠点の森に冒険者が派遣された話を思い出して振り払ったそのときだった。
「──ん?」
僕はあるものを通りすがりの店舗前で見つけた。
『情報提供求む』の似顔絵だった。しかもそれは──、
「……僕?」
「ふざけるのも大概にしろ!」
「!?」
詳しく読もうと立ち止まると同時に、怒声が辺りに響き渡り、髪の毛がなびいた。この空気を振動させる程の声量は間違えようがない。
振り返ると、行きつけだった鍛冶屋のおっちゃんを始め、大勢が怒りの形相でギルド前に群がっていた。大家さんまでいる。
僕は飲食店前を掃除していた住民に何事かと聞いてみた。
「あれかい? リドゥとやらに石炭を卸してもらってた連中さ。石炭の質が落ちてから今までのように長時間稼働しないそうでね、かくいうこっちもピザを焼く効率が落ちちゃって、今お袋が殴り込みに行ったよ」
言われてみれば、群がってる大半が顔馴染みだ。自分が国を去ってから何があったんだ?
僕は遠目に耳を傾けた。
「何でもかんでも輸入すればいいってんじゃねぇ! ただでさえ仲卸業者挟むようになってからカツカツだってのに、このままじゃあ廃業になっちまうよ!!」
「倅から聞いてるぞ! 今の冒険者の8割がリドゥに任せっきりだったから、採掘のノウハウ無いらしいじゃねえか! 教育指導の怠慢じゃねぇか?!」
残りの2割をレリア、ミーニャ、ゴーダン等が賄っていたんだろうな。エウィンもそうであってほしいが。
一人願望を募らせながら、ミーニャが言ってたのはこれか──と一人納得していると、ギルド前で立ち塞がっている中から、一人の女性が冷静沈着に住民を宥めにかかる。
「どうか落ち着いてください。故に再教育の為の技術提供を求めるべく、リドゥさんの所在情報の提供を呼びかけているのです」
「そう言いながらギルドで意見割れてんだろ?! 俺たちゃ知ってんだ!」
「資源管理責任者のレイムと他の部門も再雇用をずっと訴えてるそうじゃねぇか! なのに技術提供に拘るのは、技術だけ得てポイしようってんだろ?!」
「都合よく搾取しようって魂胆が見え見えだよ! あんたらに恥は無いのかい?!」
だがそれが却って神経を逆撫でし、住民の怒りは余計にエスカレートしていく。
それでも、女性は表情を崩さずに、淡々と続ける。
「その恥を忍んで情報提供を呼びかけているのです。彼の残した責務に追いつくためにも、どうか辛抱願います」
あ、やった。
僕が先を悟った刹那──、彼女の発言に、住民たちが一瞬静まり返る。
その直後、住民たちは川が氾濫するように激昂した。
「なんだその言い方はァ?! まるでリドゥが悪いみてぇじゃねぇか!!」
「元はと言えば、碌に後進育成しないでリドゥを解雇しやがったから、こうして俺たちの不満が爆発してんだろうが!」
「人の人生潰しといて、その人の分を賄えないは、そうは問屋が卸さないよ!!」
あーあ……。
女性が明らかな地雷を踏むと共に、住民の怒りは暴走状態に陥った。あれは暫く鎮圧に時間がかかるぞ。
それを見聞きしながら僕は──、
「……アホくさ」
そう毒づいて、ロイストの縄をしならせ、出発させた。
人を一方的に解雇しといて、そのたった一人の分を捻出できないとは呆れた以外に言葉が出ない。鍛冶屋のおっちゃんたちには申し訳ないが、こんなギルドには大金を積まれたって技術提供してやるもんか。
この瞬間、僕の中からラネリアへの未練が消えた。
◇ ◇ ◇
そして翌日、森への帰り道にて──。
森まであと僅かの位置まで来たところで、国を出てから殆ど言葉を交わしていないロイストが話しかけてきた。
「主よ」
「ん?」
「……古巣の方に、愛されていたのですね」
「…………みたいね……」
ロイストはこちらを見ずに、言葉を繋げる。
「貴方に責はありません。貴方を見限った組織が大損失を被っていようと、貴方には関係のない話。どうか気を落とさぬよう」
「……気遣いありがとう。うん。大丈夫だよ。ギルドには呆れが勝っちゃってるから。それよりも……」
「──民の方々、ですか?」
「うん」
僕は何も知らぬ青空を見上げながら、続ける。
「ラネリアに暮らしてた頃、ずっとコンプレックス抱えてたんだ。自分は採掘に依存するしかない情けない奴なんだって」
「ふむ」
「なのに……それがあんなに支えにしてもらえてただなんて思わなかったから、余計情けなくッてさ。結局自分のことしかっ、頭になかったンだってさぁ……!」
この瞬間、仮面をしているにもかかわらず、頬を滝のように涙が伝った。
あ、ヤバい。マジで止まらないヤツだコレ。
仲間の前でみっともない……。なるべく零さないよう上を向いたときだった。
「……そんな情けない貴方は、我らモンスターを救ってくれたではないですか」
「っ……!!」
「巻き込まれたとは聞きますが、貴方が勇気を出して滅喰龍に挑まなければ、我々は森を捨て、居場所を求める修羅の旅を強いられてたやもしれませぬ。姿の変貌にこそ驚きはしましたが、貴方は大勢を森を捨てずに済む未来へ導いてくださったのです。どうかそれを誇ってください」
「……うん」
「さぁ、森が見えてきましたよ。ん……?」
「どしたの? あ……」
何かに気付いたロイストにつられて顔を上げると、森の手前に馬車が一台停まっていた。
僕は即座に察する。調査隊の馬だ。
しかも夜も移動できるよう品種改良された馬だった。道理でキャンプ場でも居合わせなかった筈だ。
とすれば調査はかなり進んでしまっている。いくらレッドドッグたちが警戒していても食料調達時に居合わせてたらどうしようもない。
急ごう。
「ロイスト。岩場から拠点目指してくれ。足場厳しいだろうけど、森を通るよりは安全だと思う。僕は仲間が鉢会ってないか確認してくる」
「了解です」
僕は刃牙獣の槍を持って、森へ駆け入った。
「あれ?」
暫く走っていると、レッドドッグを見つける。彼は辺りを隈なく探りながら歩いていた。
どうやら僕の懸念は当たってしまったらしい。
「レッドドッグ」
「! グル」
「言わなくても分かる。早く見つけて帰ろう」
「グル」
僕はレッドドッグを連れて捜索を開始する。
程なくして、調査隊は見つかった。話し声が聞こえてきたのだ。
茂みに隠れて、様子を伺う。
三人の男女が開けた場所で、何かを囲んでいた。三人とも顔はよく見えない。
「いやぁ、龍の調査に来てみれば、まさか新種を見つけるとはな。龍自体は見つからなかったが、十分お釣りが来るぞ」
「戦闘起きたっぽい現場を中心に探せば、川で魚釣ってるんだものね。釣竿作る知性からしても、これは注目浴びるわよ」
「逃げ足速かったのは手間取りましたがね。ま、たかが小型です」
「ッ……!」
僕の心臓がドクンと跳ねた。
最悪だ! ただ巨大化しただけのやつならワンチャン誤魔化せたのに、よりによって進化若しくは変態した方が見つかっちゃったか! しかも聞く限りかなり嬲られてる!
一体誰が捕まってる? 早く手を打たなければ! と姿を確認しようと──、
「モ、モケ……」
「──」
声を聞いたその瞬間、僕の中で何かが弾けた。
僕は即座に足元の枝を拾うと、それを広場の遠くへ投げた。
「ん?」
「なんだ?」
三人組がこちらの反対側へ気を取られた刹那、僕は飛び出し、全速力で駆け寄って──、
「ん?」
こちらに気づいて振り向いてきた最寄りの男の心臓部を、ボッ──! と槍で勢い任せに貫いたのだった。
「え?」
「は!?」
残った男女が面食らう中、リドゥは死体をもう一方の男へ蹴り飛ばすと、なりふり構わず風導を掴み、茂みに放る。
「ガウッ!」
ジャンプしたレッドドッグが風導を咥え、瞬時に離脱する。ナイスキャッチ!
「このっ!」
──が、安堵も束の間、女冒険者の棍に頭を殴られ、仮面が叩き落とされた。
地面にパタタッ……、と血が滴る。
「うわっ。リドゥじゃん」
瞬間──、突如名前を呼ばれ、顔を上げると、
女性の棍使いはマナ・レヴィナで、片眼鏡の男剣士はグレム・スウィン。何方もリドゥを虐げてきた最悪な同期生の二人だった。
マナが僕を指さし、糾弾してくる。
「あんた何してんの? 何人殺しちゃってんの? 人殺しだ人殺し。犯罪者だ」
「なんと、リドゥでしたか」
一方で、グレムも死体を蹴り退けながら起き上がってきた。
「今ギルドは貴方を探していましてね、ご同行願いましょう。ですが……人殺しなんですから、四肢は折ったって構いませんよね?」
「ウルセェよ害悪」
「「は?」」
二人の言葉を遮るように、僕は彼らを呼ぶ。
今の僕は、明らかに怒り狂っていた。
「冒険者である以上散々モンスター殺しといて、今更殺人だの区別してんじゃねぇよ上位カースト気取りども。何より、オマエらは僕の仲間を傷つけた」
僕は刃牙獣の槍を握り直して、宣言する。
「僕が人殺しなら、そっちは人殺し以下の畜生だ! ここで殺してやる!!」
「おいグレム。この出来損ない分からせよう。モンスター堕ちしたみたいだし」
「ですね。なんなら四肢潰してしまいましょう」
二人は額に青筋を浮かべ、武器を構えた。
地獄の釜第一弾、開帳(唐突無慈悲)。