43 大根役者入門
そして、キャンプを挟んだ翌日──。
リドゥはようやく、古巣ラネリアが遠目に見える丘の上までやって来たのだった。
「やっと着いた……!」
大きく息を吐いて、背筋を伸ばす。長時間の移動に伴い全身が凝り固まっており、ロイストに心配されてた臀部もズキズキ痛い。
それ以上に僕はというと、拠点とラネリアの距離間に絶句していた。
何しろこちらは解雇直後、ラネリアから拠点を構えた森まで(多分)夜通しで歩いていたのだ。いくら解雇されたショックで上の空だったとはいえ、本来キャンプで一泊する距離をしかも盗賊に襲われずに移動していたのかと思うと、我ながら向こう水過ぎる行動と悪運にドン引きする。
改めて、なんで生きてたんだろう?
だが、大事なのはそこじゃない。直ぐに気持ちを切り替えて、取り出した仮面を装着する。門番に「もう戻ってこない」と伝えてる以上、そいつと再会したら気まずいからだ。
何より──、大家さんたちに会いたくない。
「よしっ、行こう」
僕は見てくればかりの手綱を握り直し、ロイストに発車してもらう。
だが──、
「おぉ、牛だ」
「牛だなぁ」
「牛じゃけぇ」
審査待ちの行列に並ぶなり妙な注目も浴びる。他の行商人が皆馬を連れている中、一人だけ牛だったからだ。
だって仕方ないじゃないか。馬型のモンスターなんて居なかったし、荷台を長時間持ち運べる体力と馬力、何より外に居てもギリギリ違和感なさそうなのを鑑みるにロイストが適任だったのだ。農業でも牛を使うと聞くし、最も「こういうのも居るべ」と誤魔化せそうなのがロイストしか居なかったのだ。僕は悪くねぇ。
それでも、一際目につくのがいると気になってしまうのが人の性。身を縮こまらせていても、遂に一人の行商人が臆せず話しかけてきた。
「よお兄ちゃん、見ない顔だね。新顔かい?」
「え、えぇ、まぁ。諸事情で祖国を出まして、今後の活動の為にこれらを売りたいなと」
「そうかい。しかし牛を連れてるとは珍しいね。馬は買えなかったのかい?」
「あぁ、はい。牛しか居なかったというかなんと言うか……」
「? そうかい」
行商人は納得しながらもどこか訝しげ。正直に話しているのに胸が苦しくて泣きたい。
淀んだ空気を変えようと、僕はは無理やり話題を転換する。
「と、ところで。この行列凄いですね。いつもこのくらいなんですか?」
「いいや。前までこうじゃなかったんだ」
「と言うと?」
「ここ最近、外部からの輸入が増えとるんだ。なんでも、採掘資材の供給が追いつかなくなってるそうでね。連日行列で門兵もてんてこ舞いだそうだ」
そう言って「ほら、この通り」と彼が見せてくれた荷台に積まれたのは石炭だった。しかも獄石炭程ではないが随分と質が高い。
よく見ると、他の行商人も大半が石炭を始めとした採掘資材のようだった。こんな異様な光景は初めてだ。
一体何があったんだ?
「次の方、どうぞ」
更に詳しく聞こうとしたところで門番から催促を受ける。気づけばもう最前列だった。
気にはなるが仕方がない。ではお先に──と断りを入れて、盗賊を引き渡してから審査を受けるも──、
「ん? この牛もしや、雷角牛か?! 滅多に群れから出ないと言われるコイツをどうやって……!?」
当然ながら、一度はスルーされつつも、品物に偽りなしと太鼓判を押されるなり、ロイストに目をつけられた。
だと思った。ただの牛ならともかく、あまり出歩かぬ門番でもモンスターの情報は一通り頭に叩き込んでいるだろうし、招待を見破られるのは想定内だった。
だからリドゥは、周囲がモンスターの存在にザワつく中──、ハッキリと言ってやった。
「真に〜〜??」
「真も真だよ、お兄さん! どうやって手懐けたの?!」
案の定、門番は「知らないの?!」のテンションで食いついてきた。やるなら今だ!
クソ演技、開始!
「実は……グスッ。四龍月前に……馬に先立たれてしまいましてぇ……」
「え……」
「そうなの?」
「だからさっきも歯切れ悪かったのか……」
門番は言葉を失い、後ろの行商人たちもチラホラ反応を示す。ここで一気に畳み掛ける!
「途方に暮れてたら、怪我してるこの子を見つけて、手当てしたら懐かれたんですよ。その時の懐き方が死んだ馬そ、そっくりで……! だからこの子はっ! 全力で守りたいんですよォォォォォ……!」
「「「うぉぉおおおん!!!!」」」
行商人たちは感涙した。皆涙脆かった。
「それで牛しか居ないって言ってたのかぁ! 兄ちゃん、辛い話をさせてすまんかったぁ……!!」
「きっとそいつァ、馬の生まれ変わりだぜぇ! きっとそうに違いねぇだぁ!!」
「牛も馬も祖先は一緒だ! モンスターなんざ関係ねぇよぉ!!」
行商人たちは各々の言葉で味方してくれる。酷すぎる法螺話に胸を通り越して心が痛い……。
しかし、その甲斐あって、門番の心にも響いたようだった。
「お、おぉ。そうか。そうか……。お兄さんも、苦労したんだなぁ……」
門番は目頭から手を離して、断言する。
「だったら、構わねぇ! 行っちまいな! 牛さん大事にしてやんなよ!!」
「はい! ありがとうございます!!」
「つーことで最後に顔見せて」
「「「「「ズコーッ!!!!!!」」」」」
僕はズッコケた。なんなら後列の行商人方もズッコケたし、ロイストも首がグキってなった。
「流石に顔を見ないで入れるわけにはいかないからさ。隠したい傷とか有るだろうが外してもらうよ」
「急に冷静になるんじゃねぇよ門兵ぃ!」
「テメェも人なら感傷に浸れってんだァ!」
「俺だって浸りてぇよ! 指名手配犯だったら事だから心を鬼にしてんだろうがァ!」
行商人方がブーイングを飛ばす中、門番が青筋立てて真っ当にキレ散らかす。ホントに鬼の形相になるやつがあるか。
対して僕は内心頭を抱える。門番がここまで業務に忠実だとは思わなかった。
顔出ししなくてもワンチャン──と考えていたが、背に腹はかえられない。
「分かった! 仮面外しましょう! でも傷持ちだからあんまり……ね?」
「外してくれるなら文句はないよ。では失礼」
そう断って門番は、行商人方から見えないように、仮面を外してきた。
──が、少しだけ凝視するなり、さっさと戻したのだった。
「はい。確認オッケーです。商い頑張ってください!」
僕は心の底から安堵した。
実は仮面の下には『幻霧蛙の幻覚』が仕込まれていた。これのおかげで二回だけ仮面を外した際に他人顔に差し替えられるという寸法で、使わないに越したことはなかったが用意してもらって正解だった。
「ありがとうございました……!」
僕はロイストを発進させて、安堵しながら古巣への門を潜った。
「似てたんだけどなぁ……?」なんて呟く門兵の声に気が付かないまま……。