41 不本意な決断
一旦情報を整理しよう。
混乱したって始まらない。リドゥは住民たちから視線を外し、十分に深呼吸してから思考を巡らせる。
ついさっき、僕とファランは滅喰龍を倒し、拠点に帰還した。
しかし門番のイワビタンは何処か気まずげな表情で、中々出入口を開けてくれなかった。
何かあったかと入ってみれば、レッドドッグと風導が変わらぬ姿で出迎えてくれた。
と思っていたら、他の住民たちが尽く進化──若しくは変態していたとさ。
これ等から考えられることは一つ、魔力源泉が何らかの拍子に溢れ、下層が浸水してしまったのだ。負傷者・死者が出なかったのは不幸中の幸いだったが。
「ん……?」
ここまで考えて、新たに疑問が生じる。
なら──、レッドドッグ・風導以外の上層組はどうして浸水した?
魔力源泉は中層に位置する天然スポット。下層に流れはしても上層に逆流してくることはまず有り得ないのだ。ちょうど魔力源泉の広間にいたとて『全く同じタイミングで住民全員が浸水に巻き込まれた』とは考えにくい。
……これは一回、調査だな。
「皆んな、ちょっと道を開けてくれ。螺旋階段行きたい」
「モケ」
「グェェ……」
「うぃっす……」
誰だ今の返事!?
だが今は調査が優先だ。好奇心とファランの「今喋ったかオメー?」に首を突っ込みたい気持ちをぐっと堪えて螺旋階段へ赴くと、原因は一目瞭然だった。
螺旋階段最上部の壁に亀裂が入り、そこから水が漏れていたのだ。
触れてみると、ほんのりと温かかった。
「まさか……」
試しに指を傷付けて、一滴落としてみた。
指先の傷は音を立てて癒えた。
魔力源泉だ。掘り当てた以外にも上層部以上の何処かに存在していて、それが頂上決戦の衝撃で入ったヒビを通じて拠点内に流れ込んできたのだ。謎は全て解けた。ああスッキリ。
その上で僕は、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
どうしよう、これ……。
風導のときを思い出す。彼は先んじて今の姿になった際、困惑と孤立の恐怖心から元に戻ろうとした。
しかし、彼は戻れなかった。姿が変わった時点で完全に『そういうもの』として定着してしまったからだ。
これらを踏まえれば、一時避難所として身を寄せていたモンスターたちはどうなるか?
答えは至極単純。狩られる。
姿形が完全に変わってしまった以上、拠点外で暮らすにはあまりにも目立ち過ぎる。例えばモンスターに共有水場があるとすればまず浮くだろうし、最悪「異様な姿をした余所者」と攻撃されかねない。
そして何より、龍と龍が激突したのだから確実にギルド冒険者が調査に出向いてくる。それに見つかったら間違いなく新種若しくは珍獣と見なされ捕獲されるだろう。先程の返事からして言語野の拡張から声帯も作り変えられてるのを踏まえると、声を聞かれれば「誰の声だ?」「こっちから聞こえ……なんだアレ?!」となるのだって目に見える。
そうならないためにも、今後も拠点に住まわせるための生活改善は必須だ。
けれども、モンスターにだってモンスターなりの生活がある。自分の考えだけで無理に保護したくないし、そんなのがエゴだってことも理解しているつもりだが、下手にサヨナラバイバイすれば生命を落としかねない。
あ、ホントにどうしよう……?
二つの本音に囚われた。そんなときだった──。
「熱!?」
突然襲ってきた熱に僕は前のめりに転ぶ。フリーだった手の甲を燃やされたのだ。
叩きながら振り返ると、レッドドッグが転んだこちらをじっと見つめていた。
そして、何度も火を吹いてきた。こちらに引火しないように、断続的に。
「アチ! あちゃ! はチャチャ……!」
「ぷいっ……」
レッドドッグは一頻り僕をおちょくってくると、何事もなかったように広間へ戻り、モンスターたちの足元を縫うように定位置の方へ姿を消した。
一体なんだったんだろう? おかげでどこまでどう悩んでいたかが分かんなくなってしまった。
「あ……」
ここで僕は、ようやく彼の真意に気付く。思考が雁字搦めになっていたところを彼なりにリセットしてくれたのだ。
「……うん、そうだよな」
一端に悩むってんなら、現状を把握してからにしろってんだ。
僕は自身の頬を叩いて、皆に向き直り「注目!」と呼びかけた。
「急な変態・進化に混乱していると思うので、今から疑問解消及び相談会を始めます! 何が起こったか、今後どうしたら良いか聞きたい方は挙手願います! 要望もなるべく聞きます!!」
そう言った途端、次々と「はい」「モニョ」と声が上がる。皆思ったより理解が速かった。
僕はそれを次々と捌いていく。
「この身体になった途端、部屋の入口が小さくなっちゃった」
「改修します! 後で一緒に見よう!」
「めにょまにょもよもよぷりゅりんちょ」
「なんて?!」
「上層部に移りたいそうです。溺れかけたのが怖くて仕方ないと。私の子も移らせていただきたいです」
「作れるだけ部屋増やします! 全員は難しいと思うので各部屋の水捌け良くしとく!」
「ココ、コノママ住ンデヨロシイ?」
「ウェルカム!」
「グギュゥゥるるるる…………」
「外は暫く危険なので自家栽培始めよう! デカい空間に土敷けばワンチャン!」
「前まで全裸なのが普通だったのに、急に恥ずかしくなってきたんだけど……どうすりゃいい?」
「おぉう……」
僕は目眩を覚えた。来ると思ってた感情問題!
言い出したのは剛爪豹のカップルだった。脳の急激な発達によって感情の種類が増加──主に羞恥心が芽生えた影響か、互いに困った様子で秘部を隠していた。
しかも、同じ気持ちなのは他にもいるようで──、あちらこちらで縮こまってたり、他の生物を盾にしている姿があった。
だが、リドゥは初めて言葉に詰まる。服を縫い直す修復作業は何度か経験済みなのに対し、一から作るのはからっきっしだった。
故に僕は、酷く思い悩んでから、決断するのだった。
「…………服、買いに行くか……」