4 罠作り
朝食後の拠点にて──。
リドゥは魚の不可食部を片しながら、あることを思案していた。
これが済んだら罠を作ろう。今はレッドドッグが定期的に食糧を提供してくれてはいるが、毎食確保してこれるとは限らないし、常に宛にしていたら雨天日なんかは目も当てられない。
それに、共同生活が始まったと言ってもあくまで「休息むのに丁度良いから」「食糧くれるなら、まぁ……」と利害が一致しているのであって心から打ち解けているわけではない。この先レッドドッグが此処より居心地の良い場所を見つけた時には見限られてもおかしくないのだ。
チラリ──と、食生活の要たるレッドドッグを様子見る。
レッドドッグは相変わらず食事と狩りに出る以外はひたすら丸まって英気を養っている。全身の大怪我からしてレッドドッグを負かしたモンスターは相当強い。そのモンスターが縄張りを拡大する可能性を思えば、あまり長時間出歩きたくないはずだ。
その為にも、一度に一食分ではなく、一度で一日分の食料を確保出来る罠にしたい。それならそれなりの材料が必要だが、非常食があるうちに作り慣れておきたい。
──ということで、近場から集めてきたものを早速組み立ててみる。
先ずはネンチャク草の茎をパキッと折る。そこから滲む液体を任意の箇所に塗り、それが乾けば固体になるという木工師御用達の工具植物だ。この仕組みに気付き、別々のものを接着させる概念を編み出した稀代の植物学者──の近所に住んでいた三歳児には感謝感激だ。
これを細長い枝木の先端に塗りたくり、もう一本の枝先に重ねて乾くのを待つ。この作業を何回か繰り返して一本の細長い棒にする。
「ん?」
これを繰り返して最後の一本に取り掛かっているとき、レッドドッグの視線に気付く。「なにしてんだこいつ」と言いたげな目でこちらを見ている。
「工作中でーす」
作業に戻ったら今度は棒で『✕』印を作る。そこにひたすら植物の葉を貼り付けていけば罠の隠し蓋が完成だ。
早速仕掛けに行こう──と持ち抱えたところでレッドドッグが傍に寄ってくる。興味が湧いたらしい。
まぁ、飽きたら帰るだろう。リドゥは隠し蓋をぶつけないよう注意を払いながら、一匹と共に外へ出た。
◇ ◇ ◇
しばらく歩いた、草木が生い茂った場所にて──。
「此処でいいか」
手頃な場所を見つけた僕は隠し蓋を木陰に立てかけ、落とし穴の生成を始める。出来れば近場に作りたかったが、それだと拠点バレから「あそこ何か棲んでるぞ」と警戒られかねない。
「あ、そうだ」
穴がちょうど良い深さになるなり僕は思いつくがまま、拠点のある岩場へ戻り、そこから調達した鋭利な石の棒を針山になるように設置してみる。これらの手順を瞬時に行えたら現役時代にモンスター討伐へ赴けたのだろうが今更な話だ。
生成したら隠し蓋を被せて完成だ。
距離を置いて眺めてみるが、隠し蓋に違和感はない。我ながら良い出来。
後は獲物がかかるのを待つだけなのだが、その前に試したいことがある。
「レッドドッグさん。ちょいと手伝ってもらえるかい?」
「ヴ?」
黄昏ていたレッドドッグが反応してくれたので、リドゥは図式を用いて説明する。
「大きい獲物を見つけたらここまで誘導してほしいんだ。この罠が機能すれば一度により多くの肉が手に入る。その日の狩りが一回で済むかもなんだ。やってくれるかい?」
「………………」
しかし、レッドドッグはうんともすんとも言わず、リドゥを一瞥もしないまま、その場を立ち去ったのだった。
まぁ、そうだよな。
昨日の今日の関係で、そんな都合良く動いてくれるとは到底思っちゃいない。最初の計画通り、隠し蓋に餌でも仕掛けて──、
………………ドドドド。
「ん?」
最後の仕上げに取り掛からんと罠が離れたところで、森に大きな足音が響く。
聞こえるのは、ちょうどレッドドッグが姿を消した方角からだった。
…………ドドドドドド!
その足音はどんどん近付いてきていて──、
「ブゴォォオオオ!!!!!」
茂みから飛び出してきたレッドドッグを追いかける形で巨大な猪型モンスターが姿を現した。
かのモンスターは『イシノシ』。名前から連想されるような『石の如く硬い皮膚』で攻撃から身を守りつつ、自慢の牙で相手を薙ぎ倒す、この森数少ない初心者泣かせだ。
そのイシノシが、レッドドッグがさり気なく飛び越えた隠し蓋を踏み抜き頭から落っこちたと思えば、ビクンッ! と痙攣した後に動かなくなってしまった。上手いこと針山が機能してくれたようだ。
「すっげ! 大物だ!」
咄嗟に飛び込んだ草むらから飛び出し僕は歓喜する。鹿型モンスターの類を想定した罠だったが、思わぬ収穫だ。これなら一日分は余裕で賄えるし、余った分は保存食にするのもありかもしれない。しれっと隣に並んだレッドドッグも心做しか得意気だ。
それはそうと──、
「これ、どうしよう……」
頭からズッポリ嵌っている想定以上の大物を前に、リドゥは運び方に頭を悩ませたのだった。