37 二龍大戦② 〜走馬灯三日前〜
三日前、夜──。
「遅い!」
リドゥは螺旋階段を下りつつ拠点を拡張しながら、荒天龍からこれでもかと魔法の強化でしごかれていた。
「遅い遅い遅い! いつまで悠長に採掘っておるのだ! こんなんでは避難してくる者共が拠点に入れず雨曝しじゃ!」
「そ、そんなこと言ったって......ぜェ……! もう魔力が……ヒぃ……!!」
「四の五の言うでないわ! ほら飲め!」
「ごぼォ! げほっごぼぇ……!」
超回復液を口に押し付けられ、無理矢理胃に流し込まれる。意地でも飲み干すよう鼻まで摘んで呼吸を阻害してくる徹底ぶりだ。
回復液の類は『体力・傷の回復』と思われがちだが、実は魔力回復の助力にもなっている。元を辿れば『魔力が混ざった水』だから当然だが、回復液の服用は直接魔力を摂取していると言っても過言ではない。
故に、魔力切れを起こしては無理矢理飲まされるを繰り返しながら、僕は戦闘鍛錬の傍ら、『消滅』の速度向上を兼ねた拠点拡張に日々勤しんでいた。こうなるなら魔力源泉から何本も汲んでおくんじゃなかったと後悔したが、後の祭りだ。
どうしてこんなことをしているかと言うと、それもこれも荒天龍に出会った日───、一瞬雨が止んだ直後だった。
荒天龍が事前調査にひとっ飛びしたところ、彼の宿敵の潜伏先にはかなりのモンスターが生息していたと言うのだ。流石に巻き添えにする訳のは如何なものかと意見して彼から同意を得たは良いものの、途端に「じゃあ魔法の強化がてら拠点を避難所代わりに拡張せよ。はい決定」と全ての受け入れ準備を押し付けてきたのだ。
しかも、それを「七日以内で完遂せい」と宣い大々的に呼びかけやがったから、避難先たる拠点の拡張を待つモンスターが後を絶たないのだ! 更には──、
「あーあー盛大にむせおってからに。しっかり飲まんと回復効率悪いではないか。おい、そこの毛玉。もう一本寄越せ」
「ピィ……! モ……モケ……!!」
ずっと泣きそうな風導を顎で使っているではないか! これには心の底から異議ありだ!
「やめてやれよアンタこのヤロー! 風導のやつさっきから「僕が言うことを聞いている所為で苦しめてんじゃないか?」って罪悪感に苛まれた顔してんだよ!」
「何?! 子奴風導だったのか! ツタの手とモジャモジャは見覚えあったが、儂の知ってる姿と全然違うではないか!?」
言い方よ……。
だが思えば、流れに流され、仲間のことを一つも話してなかった気がする。
ちょうどいい機会だし、そこら辺を多少なりとも説明しておこう。呼吸を整える時間を稼ぐ為にも。
「色々あって変貌したんですよ。前に見せた魔力源泉に落っこって」
「魔力源泉に? ……あぁ、そうか。高密度の魔力エネルギーを浴びて、遺伝子情報を大幅に書き換えられたのか」
「あ、やっぱりそう思います?」
「そりゃあ、この手を見たらのう」
そう言って荒天龍は、風導の手を掴んでじっくり観察する。
「元々のツタみたいな触手だと、物を持つ際はグルグルに巻き付ける手間があったじゃろう? それが三本指になったことで持ち運びが楽になった。云わば『効率の良い身体』に進化したんじゃ」
「成程……」
言われた通り、前の姿だった頃の風導は、物を持ち運ぶ際も『握る』よか『両手に乗せる』『両手で挟む』『巻き付ける』動作が基本だったが、今では『掴む』一択で済んでいる。この事実を踏まえると、変貌を通り越して『進化』と言い表すのもさもありなんだ。
「この理屈じゃと、そこのイガマキなんかは手足が生えてくるやも知れんな。どれ、ちょっと試してみるとしよう!」
「イガ!?」
「やめろバカ! 興味本位で進化さすんじゃねーよ悪趣味め!」
「なぁにが悪趣味じゃ! 儂は生物の進化・完全体に近づく成長が見たいだけじゃ!」
「見るだけなら構いませんよ! 自分の好奇心に皆んなを巻き込むなっつってんですよ!」
「ならお主が成長してみせよ! 生物が魔力で進化するなら、魔力の具現化たる魔法だって成長する筈じゃ!」
「やってみせたらァよ! あ……」
宣言しちゃった。
気づいたときには、荒天龍はにこやかな笑みを浮かべて、言ったのだった。
「言質取った♪」
「ビィィイイーーーーッッッッ!!!!!!」
あまりの悪意に怒りの奇声を発しながら、僕は勢いのままにずっと気になっていたことを聞く。
「というか、本当に僕が役に立つんですか?! 同行させる言うてましたが役に立つとは思えません!」
「立たん! お主の基本戦闘力なぞ微塵も役に立たん! 逆に、あーアイツ死ぬかな? と余計な思考になる!」
「言いやがった! 気遣うべき人の命運を余計な思考と断言しやがった!」
「だが! お主の魔法は奴への致命打となり得る魔法じゃ! でなきゃ七日も待ってやらんわ!」
「一方的に日程決めといて図々しいんだよアンタ!」
「グズグズ抜かしとらんで、いい加減覚悟を決めんか! お主の一秒の遅れが皆の命運を破滅へ導くのだぞ!!」
「う……」
そうなのだ。
強引に参加させられた身ではあるが、拠点の主として共に住む仲間を守る責務がある。現在進行形で入居者が増えている以上、いつまでもルームシェア気分ではいられない。皆のためにも、何れは強くなる必要があるのだ。
だが、その事実を受け入れるには、あまりにも急が過ぎた。
そんな責任感に苛まれかけた、そのときだった。
「そして──、お主の一秒の成長が、皆の命運を救済うとも心得よ」
「え──?」
突然の激励に下がっていた顔を上げると、同時に荒天龍は身体を翻した。
「さて、儂はもう寝る。お主は寝落ちするまで拠点を拡張せよ。避難の波はまだまだ止まらんぞ!」
そう言い残し、荒天龍は「回復液汲んどけい」と風導を掴んで螺旋階段を登って行ったのだった。
僕だけがポツン──と拠点最深部に取り残される。
そんな中、先程の言葉を思い出す。
──お主の一秒の成長が、皆の命運を救済うとも心得よ。
「──…………やるか」
僕は無理くり飲まされた回復液最後の一本を足元に置き、拡張作業へ没頭した。
その言葉を境に、僕の拡張速度はみるみると増していった。