33 龍との邂逅
「まさか、こんな洞窟で人間に会うとはのう、会うのは久しぶりか。しかしこの豪雨には困ったもんじゃわい。何回足止めしてくるんだってからに全く」
そう、意外と若い声で独りごちながら龍頭人体の男性は、「お、これ拭いか」と人のタオルを勝手に使いだした。
龍──。
神話時代から存在している伝説の生物。姿を現せば類稀なる力で地上を呑み込むとも言われる、通称『生ける厄災』。
それがどうして、今目の前で「あ〜、スッキリした」とタオルを絞っている?
「──……どちら様でしょうか?!」
リドゥは動揺を隠せず、そう聞いた。最初に聞くべきことじゃあないのに、そう聞いてしまった。
しかし、龍頭人体の男は何食わぬ顔で返答してくる。
「ん、儂か? 儂はファラン。お主ら人間からは荒天龍と呼ばれとるらしいがな」
「荒天龍……!」
『暴風豪雨迅雷爆撃』の代名詞で恐れられる災害生物の一角ではないか。一度活動が目撃された途端、最寄り国が即座に一斉避難しだしたという話だ。
それが今、目の前にいるなんて!
「……ん?」
だがここで一つ疑問が生じる。かの荒天龍は13年前の観測を最後に姿を消したとされているのだ。
それがどうして今更、活動を再開したのだ?
というか、何故此方へ……?
「なんじゃお主。色々と聞きたげじゃな。苦しゅうないぞ。今の儂は雨宿りできて機嫌が良い。顔も拭けたしの」
「え、マジか」
思わず口に出す程に、突拍子もなく言質を取れて少々面食らう。龍というのは『出現=国滅亡』が定着している生き物だからだ。
そんな大いなる存在が質疑に応じてくれるなんて生涯に一度とない僥倖だ。気分が変わらないうちに色々聞いてみよう。
「ではよろしいでしょうか?」
「許可する」
「──どうして雨宿りしてきたんです?」
僕のバカ!
我ながら何を聞いている? こんなしょうもない質問に時間を割くんじゃあないよ! ご機嫌な荒天龍だって流石に──、
「それは儂が降らせた雨じゃないからだ」
答えてくれたよ。
しかも、やけに意味深な返答ではないか。
「どういうことです? この豪雨、貴方によるものじゃないんですか?」
「これは儂の力だが、儂によるものではないのだ。これを見よ」
そう言って荒天龍は、自身の欠けた角を指差す。
「龍というのは角に魔力エネルギーが集中していることは知ってるか?」
「え、初耳」
「そうか、初耳か。新たに知見を得られて良かったな」
「本当ですよ。学者がこれ聞いたら知識欲に暴れ狂いますよ」
「学者って……透明な容器を山程持った奴等か? 寝てる隙に採取採取言うてベタベタ触ってくるから全員喰ってやったわい」
とんだイカレ集団である。
しかも、何気に荒天龍の住処を特定して、寝床まで押しかけてるし。
「──で、話を戻すが。この角を13年前、とあるボケカスに奪われてしまってな。やっとこさ住処を特定して今まさに襲撃こもうとしていたところへ豪雨を降らされて、仕方なく此処へ飛び込んできたのだ」
「自分で雨を振らせられるのに、雨に当たるのは嫌なんですか?」
「自分で降らす分にはええんじゃよ。だがこれ見よがしに使われるのは気に食わんからの、奪い返す序でに殺してやろうと思うてたんじゃ」
副目的が物騒過ぎる。
なので僕は、拠点の出入口を静かに指さした。
「なるほど、なるほど。そういうことでしたか。そんじゃあお帰りください」
「なんでじゃよ」
「人の身で龍の仕返しに巻き込まれたかぁないですよ。ただでさえ最近ゲリラ豪雨だらけで苦労してるのに、これ以上は勘弁してください」
「凄ぇズケズケ言ってくるではないかお主? 龍が出てくりゃ皆勝手に慌てふためくと言うに、滅茶苦茶肝が座っとるのう」
「龍のひと吹きで死ぬ身ですから一周まわって冷静ですよ。あ、でもコイツらは殺さないでくださいね。うっせーコノヤローと僕を殺す分には構いませんが」
「うっわ面倒臭ぇ注文。その図々しさ好きよ儂」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。つーことでお主、今から力奪還メンバーな。はい決定」
「ふざけんなコノヤロウ」
「龍が褒めてやったんだぞ? だから見返り寄越せ」
「見返りがデカ過ぎるんですよ前言撤回効きます?」
「しゃあねぇなぁ……此処をアイツ殺すまでの仮住まいで許してやるわい」
主目的が変わってる!
「それでもふざけんなですよ。そのボケカスとやらが拠点に来たら一撃アウトじゃないですか。折角ここまで築いてきたのに壊されてたまるかってんだ」
「何? この拠点お主が作ったんか。道理で自然生成にしては不自然極まりない筈だ。どんな魔法を使った?」
「こういうやつです」
話が脱線するも、僕は『採掘』を発動して寝袋横の壁に穴を掘ってみせた。ちょうどいいので背荷物を入れられる大きさにして収納する。
すると「ほう!」と荒天龍は感心した様子を見せた。
「触れた箇所を『消滅』させる力か! そいつは便利じゃのう!」
「──? 何言ってんですか。そんな『消滅』なんて大層な魔法じゃありませんって」
「あん? じゃあ聞くが、掘った部分は何処に行っとるんじゃ? 何処にも見当たらないではないか」
「掘った部分?」
僕はしゃがみ、今しがた採掘した箇所を覗き込む。
……言われてみれば、確かに無かった。
この瞬間──、今までの『採掘』を発動してきた記憶が走馬灯のようにリドゥの記憶を駆け巡った。
石炭等を掘っていた冒険者時代。拠点の穴を掘ったとき。罠を埋め直すとき。拠点を拡張したとき……──。
どれをとっても、『採掘』した部分を回収したことも、『採掘』した部分で埋め直したことは一度たりとてなかった。
「…………あれ?」
荒天龍の言い分を、僕は段々と理解していく。
もしかしたら僕は、とんだ思い違いをしていたのかもしれない。