31 小さな異変
二十日後──。
新ギルド長就任から一龍月。リドゥの故郷ラネリアの町では、小さな異変が起きていた。
その一角、リドゥが解雇直後に訪れた鍛冶屋にて──。
「お父さん。石炭入荷したよー」
鍛冶仕事に勤しんでいると、来客対応をしていた娘から知らせが届いた。
呼ばれたおやっさんは「今行く」と一旦手を止めて、荷入れに裏口へ足を運ぶ。
しかし、入荷された石炭を凝視するなり、おやっさんは顔を顰める。
「……なぁ、ナナよ。ここんところの石炭、ヤケにしょっぱくねぇか?」
「あ、やっぱり? 入荷量は変わりないけど、最近一つ一つの質悪くなったよね。燃え尽きるまでが早くなったというか」
「同じ量でもそんなんだから、余計入荷しなくちゃなんねぇよ。隣町の鍛冶屋も入荷量増やしてるみてぇだし、このままじゃあ先に注文したもん勝ちになっちまうな。仲卸業者通すようになってから費用も上がってるっていうに、リドゥが異動になる前はこうはならなかったんだがなぁ……」
「え? お父さん何言ってるの? リドゥさん、解雇されたんだよ?」
「は?」
おやっさんは思わず目を見開き振り返り娘の顔を見る。
記憶違いでなければ、リドゥは異動だった筈だ。一体何を言っているんだ?
「解雇ってどういうことだ? アイツは異動になったって確かに言ってたぞ」
これには娘も「聞いてないの?」と面食らう。
「冒険者の友達が言ってたんだよ。ギルド長が新しくなってから、新方針についていけず解雇されたり無茶して大怪我する人が後を絶たないって。リドゥさんなんか真っ先に目ぇ付けられたみたいだよ」
「はぁ?! なんだそれ! そのギルド長は人の人生なんだと思ってんだ!!」
「お父さん落ち着いて! 石炭吹っ飛ぶ!」
「こちとら長いことリドゥの掘った石炭に支えられてきてんだ! ちょっと方針に合わねぇからってスカしてんじゃねぇぞ!!」
「お父さん家! 家揺れてる!」
「ふざけんなァーーーーー!!!!!」
激昂した瞬間──、裏口の備品が吹っ飛んだ!!
ちょうど尋ねてきたギルド員も吹っ飛んだ。
◇ ◇ ◇
当然、質が下がっていることは、新ギルド長『ソロマスター・ジユイ』の耳にも届いていた。
「石炭の消費が増してる?」
「はい。採掘量を増やすよう求められた仲卸業者からの相談が相次いでいるそうで、調査しましたところ、現在回答を得られているラネリアに構えられてる5/6の鍛冶屋から『石炭の質が下がった所為で、量を増やさねば今までのように稼働出来ない』との声が上がったとのことです」
「ふむ……」
説明を受けながら秘書官から手渡された報告書にざっと目を通すと、全体的に倍近く消費量が増加している計算。このままでは一龍月前以上に冒険者を採掘へ赴かせねばならず、本業のモンスター討伐に支障をきたすことになってしまう。
となれば、先ずは今まで使われていた石炭は何なのか? 現在の石炭とどう違うのか? それを調べなければ話にならない。
「──なら、従来の石炭と今のを見比べるとしよう。早急にサンプルを取り入れろ」
「だと思いまして、回答を得た鍛冶屋から拝借してきました」
なら話は早い。自ら選別しただけあって出来は誰よりも『マシな』秘書官だった。
秘書官が懐から取り出した石炭を「こちらが旧い方、こっちが現在主に採掘されている方です」と二つ並べる。
それを一目見た瞬間──、ジユイは目を疑った。
「獄石炭だと……?」
机に置かれた旧い石炭は『獄石炭』。その名の通り、一般的に出回っている石炭の燃焼時間を遥かに上回る、滅多に採掘されない石炭の頂点──、国お抱えの鍛冶屋に率先して卸すような代物だ。
では何故滅多に採掘されないのか? それもその筈で、地表に現れている一般的なものと違ってそれこそ地中にしか生成されない挙句、運良く見つけてもスルーされがちな程に見た、目が一般的なものと相違ない。
思わず漏れたその言葉に、「その通りです」と秘書官は続ける。
「更に調査員曰く、5/6の鍛冶屋がこれを定期的に仕入れていたと言うのです。しかも皆、一人の採掘者と仲介業者を挟まずに直接契約を結んでいたとのことでした」
「一人で5/6だと?」
「ええ。未だ調査員が戻ってきていない鍛冶屋も、恐らくその者と契約していた可能性が高いです」
ここまで聞いて、ソロマスターはあることを思い出す。
全ギルド冒険者たちの活動記録。その中で見つけた、討伐任務を一度しか行わず、採掘・採取を主軸に活動していた人物。他冒険者にノルマを課せば幾らでも資源は賄えるからと新方針の見せしめに解雇した冒険者。
もしもそいつが、そいつだけが──、獄石炭を大量に採掘する方法を確立していたとしたら?
「……リドゥ・ランヴァーか」
「はい。彼が資源レベルを過剰発達させていたと言っても過言ではないかと。ですが、入荷額自体は至極妥当で価値暴落が起きている訳でもありませんので、糾弾は困難かと思われます」
「そうか……ではこうしよう。彼に技術提供するよう交渉するんだ。金額の上限は問わない」
これに秘書官はピクリと眉を動かすが、直ぐに表情を戻してソロマスターに問う。
「よろしいのですか? 解雇された彼からすれば虫の良過ぎる話ですし、際限なく釣り上げられかねません。再雇用した方が安く済むと思いますが」
「ならん。新方針について来れんやつは誰だろうと置いていくし、そこへ例外を作ればそれこそ際限がなくなってしまう。それだけはあってはならんことだ」
「……承知しました。直ちにアポを取り、交渉人を手配します」
「うむ。下がれ」
「はっ。失礼しました」
秘書官は一礼して、部屋を出て行った。
──瞬間、ソロマスター・ジユイは舌打ちをした。