30 慧可断臂
「…………誰?」
風導似の小人を引き上げ、先ず最初に出たのがそれだった。
当然、風導(?)は不服そうに顔をしかめて訴えてくる。
「モケ? モケ。モケモケモ」
「いや、風導だね。君は間違いなく風導なんだ。うん」
ただ……──、とリドゥは周囲の皆をチラリ、と一瞬だけ一瞥する。
「「「「………………」」」」
全員目を点にして硬直していた。元からリアクションの薄いレッドドッグですら星空を描いている有様で、「何が起こった?」と皆の目が物語っていた。
「すぅぅぅ……フゥゥゥ……」
これに僕は一旦深呼吸を挟み、思考を落ち着かせると──、
──モシュ……。
小人のモシャモシャした頭に両手を添えて、額部分をワシャッ──と広げてみた。
「あ、ない」
刃牙獣にやられた古傷は完全に消えていた。良かった、良かった。
「モケ……?」
「! あぁ、すまない。触り過ぎたな」
他に気にするところがあるのに先ず古傷を気にしてしまった辺り、未だ冷静になれていないらしい。不躾に触れてしまった反省を込めてもう一度深呼吸してから、改めて小人を観察してみる。
葉っぱの塊を顎下まで被った二頭身の小人──それがパッと見の印象だった。顔は見て触った通り葉っぱのような体毛(?)で覆われていて、真ん中から黒い顔と目を光らせてこちらを覗いている。
そして何より──、特徴的なその身体は木で構成されていた。手足は第二関節から漸次的にツタへと変化していて、両方とも三本指だった。
明らかに別の生物と化していた。一体どういう理屈なんだ?
あれこれ考えてみて、一つ仮説を立ててみる。細胞が作り替えられたのだ。
魔力源泉とは、云わば『泉になるほど蓄積された魔力そのもの』だ。原理は分からないが頭まで浸かったことで化学反応を起こし、通常身体を回復するところを通り越して全く新しい存在へ再構築されたと考えるのが自然だ。
では、この小人はもうかつての風導ではない、別の生物となってしまったのかと言うと、個人的にはそうは思わない。
「モケ、モケモケモ。モッケモケモケピロピーロ?」
だって、こんな気の抜ける鳴き声するの、他に居るか?
それはそうと──、どうも子奴は自分の姿が変貌していることに気付いていないらしい。
「風導。自分の手を見てご覧?」
「モケ?」
「いいから、いいから」
「モケ。……モケ?」
なんだこの手? とでも言うように風導は首を傾げる。
「それを踏まえて、源泉に顔を移してご覧?」
「モケェ……」
風導は頭に「?」を浮かべたまま源泉を覗き込み──、
「モケェ!?」
変貌した自身の姿に驚愕したのだった。
「モケ! モケモケ?! モッケピロピロ!! ピピポロポロピロモケンモケン!!」
突然のビフォーアフターについていけないのか将又元の姿に戻りたいのか(恐らく後者)、どうしたものかと僕のズボンを掴んでくる。明らかにパニックを起こしているので、どうにか宥めながら助言を送る。
「落ち着けないだろうが落ち着きなさい。どうにかなる宛はあるから」
「モケ?!」
「もう一度頭まで源泉に浸かってみるんだ。浸かった所為でこうなったんだから、浸かり直せば理屈上戻れる筈だから。多分」
「モケッ!」
風導は頷く間もなく踵を返すと、再び源泉の深いところへ飛び込んだ。
──が、何も戻らずに上がってきた。まさかの一回ポッキリ片道切符か?
「モケ……?! モケモケモケ!!」
何も戻っていないのを確認するや、風導は再び飛び込むも、しかし身体は元に戻らない。何度飛び込んでも潜る時間を増やしても一向に元の姿に戻らなかった。
「モケェ……」
そして、一回ポッキリ片道切符と嫌でも確信したのか、風導はポロポロと泣き出してしまった。
「あ……」
この様子を僕は知っている。自分が逸脱者と自覚してしまったときの過去の自分だ。
僕は冒険者時代に「出来損ない」とパーティを組めず孤立している。風導も自身が異質の存在──突如生まれたイレギュラーだと実感してしまったのだ。
それは自分に非がない程、周りと違くなってしまった孤独感や苦しみが増していく。しかも励まされればそれだけ「異端じゃないから言えるんだ!」と惨めになる厄介な感情だった。
故に、僕は何も声をかけられなかった。
そんなときだった。
「ん?」
僕の隣をぞろぞろ……と、他の風導たちが横切っては魔力源泉に飛び込んでいき──、
「「「「「モケモケ」」」」」
次々と、同じ姿になって上がってきたのだった。体色の明暗や葉っぱの大小と多少の違いはあれど、そんなのはウルフカットかパッツンかみたいなもので、皆同じ姿をしていた。
「「「「「モケッ」」」」」
風導たちは一人泣く風導を取り囲むと、それだけ言ってハグしたのだった。
その様に僕は、よく話しかけてくれたレリアを重ねながら、遠巻きに眺めつつ決意する。
僕は生涯彼等の味方でいよう。彼等に害なす輩が現れたら何がなんでもぶっ飛ばしてやる。
例えそれが、僕の未来を揺るがす出来事であったとしても。
◇ ◇ ◇
その後、完治祝いにと意気込んで釣りに行ったはいいものの、途中で雨に降られてしょんぼり帰る訳だが──、
後に『樹精霊』と呼ばれる彼等が、来たる台風の始まりを告げることを、リドゥは未だ知らない。
決意を固めたところで第2章も一区切り。
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