3 拠点作成。そして……
気を取り直して、4〜5分程度歩いたところで川を見つける。5時間コースを覚悟していたが、思ったより早く終われてラッキーだ。
次は雨風を凌げそうな岩場を探す。そこを拠点にするつもりだ。
欲を言うなら高い場所に作っておきたい。足場は人ならギリギリ歩けるけど、大型モンスターだと踏み外すような歩幅なら尚良し。
こちらも5分も経たずに該当する岩壁を見つけた。川とも然程離れていなくてありがたい。
それじゃあ、早速始めよう。
リドゥは周囲の安全を確保して、岩場にかざした両手から魔力を発した。
──ボコボコバキバキッ……。
するとどうだろう。岩壁がみるみると削れていき、1分もすれば人一人住むには十分な広さが確保できていた。
これがリドゥの魔法『採掘』。手をかざした部分に時間経過に応じた大きさの穴を開けられる魔法。最初はそれだけだったが、僕は「もっと要領良く採掘出来るはずだ」と解釈を拡張することで、岩だけを削って純度の高い石炭等は傷付けずに採掘することも可能になっていた。
しかしこれが戦闘においては頗る相性が悪かった。モンスターを嵌める落とし穴を作るのに同じ場所にしゃがみ続ければ「どうぞ喰ってください」と身を捧げているも同然だし、なら動き回りつつ何度も手をかざすかと言われれば「あいつさっきから同じ場所で躓いてんな」と知力の高いモンスターなら看破してくるのが目に見える(実際それで昔死にかけた)。
その所為で、僕は冒険者デビュー早々誰ともパーティーを組めなくなり、個人での活動を余儀なくされた。これが前線に出向かず採掘採取に徹し、結果として解雇になった理由だ。
……あぁ、いけない。またしんどくなってる。行動を一つ終える度に過去を蒸し返してしまうのは悪い癖だ。
この頭痛にも似たフラッシュバックも、いつか土に還るまで延々と続くのだろうか……。
──…………ァ……。
「ん?」
妙な音に思わず外を見る。
──ザァァァア……。
「ゲッ!!」
マズい、雨だ! しかもかなり強い! 山だか森の天気は変わりやすいと聞くが、ここまで唐突だとは!
今後の薪を確保しようと思っていたのに、このままでは枝葉が全部湿気って使い物にならなくなってしまう。急いで回収しなければ!
今は機動力確保優先! 僕は拠点内に背中の荷を下ろし、大慌てで外へと駆け出すが、
──ズルッ!
コケた。
僕の身体は斜め70度の斜面を滑り下りるつもりが盛大に転げ落ちていく。モンスターが容易に侵入出来ぬよう急斜面の岩壁に居を構えたのが仇となった。
だが、僕は地面まで転げ落ちるや否や、打撲以外の損傷が無いと確認するなり枝葉を拾い集める。彼とて昨日までは冒険者。非戦闘員ながらも採掘品を運ぶべくそれなりに鍛えていた。
「よし終わり!」
充分に枝木を抱えて即座に拠点へ帰還する。今度は転ばぬよう、足場に最新の注意を払って。
「はぁ……」
どうにか集めた枝葉を拠点内に投げ置き、大の字になる。
大事には至らなかったものの、一日目から怪我なんて先が思いやられる。雨が止んだら今度は薬草を探して塗り薬に加工して使おう。
「一応、薬品も買ってはいるけど……」
頭だけを横にして、鎮座する背荷物を見つめる。食料だけでなく、薬品から燃料まである程度買ってはいた。
けれど、それらはあくまで最終手段だ。数に限りがある以上、頼っていてはあっという間に枯渇する。自然物での暮らし方を確立して安定するまでは消費期限寸前まで使うのはなるべく避けたい。
「でも、今はそう言ってらんないよな……」
僕はため息を吐きながら荷を漁り、取り出した火打ち石と薪で火を起こす。先程拾った分はもっと乾かしてからだ。
火の具合が安定したので、今度は絞った服を干してその間自前の毛布に包まる。サバイバル生活で怪我以外の体調不良は御免蒙りたい。
しばらくして服が乾いた。しかし外は未だ雨模様だ。
防雨服も買っておくべきだった。取り返せない後悔を抱きながら袖を通したそのときだった。
「バゥ」
「──!!」
野生の声に振り向くと、眉間に十字傷を蓄えた一匹の赤毛の犬が入口に立っていた。
こちらを睨みつけるは『レッドドッグ』。その体毛から連想する通り、喉に蓄えた発炎器官を使って火を噴く、炎の扱いに長けた犬型モンスターだ。
僕は即座にサバイバルナイフを構えて、臨戦態勢に入る。
どうして入ってきたのか? 答えは単純、雨宿りだ。
レッドドッグは寒さに弱く、体温が下がると身体機能低下は勿論、発炎器官も使えなくなってしまう。その特徴上、水に濡れることを嫌うのだ。
しかしまさかこの森にも住んでいたなんて! 禄に冒険者が出入りしない弊害が早速出た!
機動力に長け小回りも利く小型モンスターに『採掘』は相性最悪。一日目にして万事休すか!?
「……万事休す、か」
それもいいか。
サバイバル生活を始めたということは弱肉強食に身を投じたも同然。弱者は淘汰されて土に還るのが真理だ。
何より、無闇に生きたって惨めに拍車をかけそうだ。街を出た以上、心配してくれる人はもういない。元々孤児だし、レイム上司たちとの縁も切れ、大家さんたち町民との交流も自ら捨てたのだ。自分に存在価値はないのだ。
だったら……──、
「死んでも構わない、よな……」
そう呟いた途端、解雇されてから抱いていた心の蟠りも腑に落ちる。
あぁ、そうか。
僕は死に場所を求めていたのか。
解雇されて生きる気力は尽きた。でも自殺するのは怖い。だからいつ死んでも仕方ないで済む自然の世界に飛び込んだのだ。
なら、もういいや。
僕は臨戦態勢を解くとサバイバルナイフを地面に滑らせ、その場に着座した。
さぁ、いつでも喰らってこい。どうせ帰る場所なんて無いのだから。
しかし──、
「…………?」
何時まで待っても噛み付いてこないのでそっと顔を上げてみれば、レッドドッグはこちらを睨みながら壁沿いを歩くばかりで、遂には警戒態勢のままこちらから最も遠い位置で丸まってしまった。
満腹なのだろうか? それとも人間同様「食べるなら新鮮な方が良いよね」と腹が減るまで生かしておく算段か?
否──、
「怪我、してるのか……」
よくよく見ると、身体の至る箇所から血が滴っていた。縄張り争いに負けたのか? とすれば今はとにかく休みたい、ということか。
「………………」
僕は少し黙考して、荷から傷薬を取り出し、ゆっくりとレッドドッグに近寄ってみた。
「…………」
レッドドッグは睨みつけてくるばかりで暴れようともしない。こちら同様、既に腹は括っているらしい。
「ヴヴ……ッ」
患部に傷薬を塗るとレッドドッグは低く唸り、口先を向けてきた。余計な施しをするな燃やすぞ──と警告されている気もするがこの際無視する。
別に哀れんでいるのではない。何れこちらを喰らう以上は長生きしてほしい、簡単に死滅てほしくないだけだ。この感情は僕を散々いびり続けといてあっさり転職しやがったあいつに「能力ある癖に容易く手放しやがって」と抱いた一方的な怒りに似ている。
「これで良し」
目に見える範囲の傷の応急処置を終えて僕は自陣に戻る。動けるようになったら後は好きにしてくれ。
あ、そうだ。
傷薬をしまいがてら、食料を一つレッドドッグへ投げる。食料は上手いこと首を動かせば届く位置に転がってくれた。
どうせ喰われたら食べれなくなる。ならば生き残る方に寄越した方が有意義だ。
これで憂いはない。雨音をなけなしの子守唄代わりに僕はそのまま横になった。
◇ ◇ ◇
そして昼方──。
目を覚ましてみると雨は止んでいて、レッドドッグは居なくなっていた。
思わず面食らう。まさか喰わずに立ち去るとは想定外だった。
そうなるとサバイバル続行だ。消費した分の食糧と薬草を探しに行かないと。幸い雨は上がったし、まだ夕暮れ時じゃあない。
行動するなら今しかない。僕壁際に滑らせていたサバイバルナイフを携えて外に出た。
「おおっ」
──ところで、兎型モンスターを咥えたレッドドッグと危うくぶつかりかけた。
危うく突き落とすところだった。冷や汗をかきながら僕はあることに気付く。
レッドドッグは、獲物を2羽咥えていた。
……ごっごっ。
「あ、ごめん……」
邪魔──と言いたげに脚を頭突いてきたレッドドッグに道を譲ると、レッドドッグは焚き火跡に一羽置いて、もう一羽は先程丸まっていた場所で食べ始めた。
「……もしかして、貰っていいの?」
「…………」
レッドドッグはこちらを一瞥すると、特に返事はせずに食事を再開した。
どうやら借りを返しに来たらしい。レッドドッグは律儀なやつだった。
でもきっとまた空腹になれば「借りはもう返したし」と喉を噛み千切ってくるのだろう。
まぁ、そのときはそのときだ。僕はそう割り切り、再び焚き火を用意する。
◇ ◇ ◇
しかしレッドドッグは、一足先に完食し、こちらが食べている間も大人しかった。
それどころか、僕が薬草を探しに行っている間も休息むばかりで襲ってこず、夕暮れ前に出て行ったと思えばまた獲物を2つ咥えて戻ってきて片方くれた。
遂には襲われぬまま一夜を共に明かし、翌朝こっそり朝食の木の実等を採りに拠点を出て、戻ってみると魚が一匹焚き火跡に置かれていた。
僕は確信する。
レッドドッグは食肉を家賃代わりに居座る気でいる。こちらを拠点共有者と見なしている。
こんな御伽噺あったなぁ……。僕は乞食時代に仲間たちと読んだ『人間とモンスターが共存する』絵本を思い出して懐かしくなった。