29 コビト
場面は戻り、拠点にて──。
魔力鉱石の確保を計画するなり早急に昼食を済ませたリドゥは、早速螺旋階段の掃除をしていた。
何しろデボアアントの残骸がこれでもかと散らばっているのだ。足の踏み場に困る程では採掘どころじゃあない。
加えて、こびりついている残骸がまぁ頑固だった。先ほどから川の水を風導たちに汲んできてもらっては流しているが、床・壁・天井全域に散乱している所為で四苦八苦している有様だった。
「レリアが見たら頭抱えるやこりゃ……」
ぼそりと旧友の名を口にする。職業柄仕方ないものの、生命を無闇に嬲りたくない、且つモンスターの臓物や血の類が飛び散るのを嫌がり『急所一撃』と被害を最小限に抑えるよう心掛けているレリアを思うと、螺旋階段を調査していたのがゴードンで良かったと心から思う。
そして、何より臭い。当然っちゃあ当然なのだが、肥やし玉を爆破した影響で螺旋階段は悪臭で満たされており、風導に換気してもらいながらの作業となっていた。ここから何食わぬ顔で出てきたゴードンには感服を通り越して嗅覚は麻痺してないかと懸念さえ抱く。
だが、もう会わないだろう人の鼻を心配していても仕方がない。とにかく掃除に徹してひたすらこそぎ落としていく。
そして数刻後──。
ようやく全ての残骸を集め終え、また時間をかけて赴いた場所への埋葬を済ませてから、今度こそ魔力鉱石の採掘に取り掛かる。
と言っても、特に拘った採掘をするつもりはない。前もって掘っていた通路から最小限の部屋を片側に二つずつ採掘っていって、ついでに見つけられたらラッキー程度のものだ。
ということで、期待はそこそこに嬉々として採掘を始めた結果──、
一番目の通路……0個。
二番目の通路……2個。
三番目の通路……1個。
四番目の通路……0個。
五番目の通路……0個。
人生そんなに甘くなかったとさ。
「まぁ、そうだわな……」
第一、魔力鉱石は自然生成数が少ないし、経験上、塊で見つかること自体滅多にないのだ。寧ろ一点狙いで一日中掘って十個掘り当てられるかも怪しい代物なので、これでも儲けている方だ。
まぁいい。切り替えよう。
そもそもの本命は、通路ではなく一掃されたデボアアントの巣。当初は確認の余裕はなかったが、あれだけの数が居たのだからかなり奥まで掘られている筈。それ即ち剥き出しの魔力原石が見つかるやも知れぬということだ。
──が、巣の広さに反して見つからなかったとさ。
もしかすればとっくに食べ尽くしていたのかも知れない。それなら従来サイズを大幅に上回っていたのも頷けるが、まさか根こそぎとは思わなかった。
やはり人生そんなに甘くなかった……。
「ん?」
多少なり期待していただけに凹んでいると、壁にデボアアントサイズの穴を見つける。
石を投げ込んで反響音を聴くと、かなり奥へと続いているようだった。
「…………」
何かを予感した僕は、穴の入口を広げて踏み入れる。解雇された身だが、何かあるかもと思ったら居ても立ってもいられないのが冒険者の性というものだと用心して進んでみれば──!
「これ、泉か……?」
繋がった先には湯気が立ち上る湧水が広がっていた。手持ちの発光石をかざせば青く輝いて「まぁ素敵」だが、残念なことに景色を楽しむ趣味は持ち合わせていない。
成分は何かと、手頃な石を入れてみる。
「……何も起こんないな」
取り敢えず酸性が混じってないことは分かったので、今度は指を突っ込んでみると──、
「ぉお……?」
程よい湯加減の中で、魔力が微かに回復したのを感じた。
「もしかして……!」
不意に浮かんできたある可能性を立証すべく、僕は両手で掬って飲んでみた。
すると、なんということだろう。今までの『採掘』で消費した魔力が完全に回復したではないか。
「魔力源泉だ……!」
僕は「うぉお……!」と年甲斐もなくはしゃいだ。まさか『超回復液そのもの』がこんな場所に湧いているだなんて、魔力鉱石以上の収穫だ!
「早速皆んなに教えよう!」
地上に戻り、皆を連れて再び訪れる。触るだけで傷と魔力を癒せるとレクチャーするためだ。
ということで、レッドドッグたちが見守る中、早速指を浅く切ってみれば──、
「「「「「モ、モケッ!?」」」」」
「イガ?!」
「フンコ!?」
風導たちが仰天して泣いちゃったので、宥めてから源泉に漬ければ、傷はたちまち塞がっていき──、
「「「「「モケケッェ!?」」」」」
「イガガぁ!?」
「フンコォ!?」
風導たちは驚愕してすっ転んだのだった。
「ということで皆んな。怪我したときには此処に来るんだぞ」
「「「「「ウェーーイ」」」」」
あったなそんな返事。懐かしすぎて忘れてたよ。
「──あ、そうだ」
「「「「「ウェ?」」」」」
「せっかくだし皆んな浸かったらどうだ? 爆風で身体ぶつけたろうし、痛み引くぞ? 古傷も消えるかもだし」
「「「「「ウェーーイ!!!!!」」」」」
提案するなりモンスター一同は、嬉々として源泉に飛び込んだ。
風導にイガマキやフンコロガシといった低等身組は浅いところでキャッキャとはしゃぐ。レッドドッグはのっそりと首まで浸かっていた。
「モケケ〜〜♪」
そんな中、スカーフェイス風導がザブザブと探検気分で奥に進んでいく。そんなに行って大丈夫だろうか?
──ザボンッ。
なんて思っていた傍から、風導は足を踏み外すように沈んでしまった。
「ほれ見たことか!」
急いで手に取った刃牙獣の槍の柄部分を源泉に突っ込み、掴まれた感触を覚えるなり引き上げた!
「あ?」
しかし、柄部分を掴んでいたのはツタではなく、ツタのような三本指だった。
そのまま引き上げてみると──、
上がってきたのは、風導によく似た二頭身の小人だった。