27 嘔吐き
「……ぶはぁっ!!」
四人の足音が遠のき聞こえなくなるなり、リドゥは肺の空気を一気に吐き出した。
心臓はドックン、ドックン──と高らかに脈打つ。呼吸も気付けば浅く、ゆっくり息を吸おうにも呼気の反動が強くて上手く呼吸できない。なんなら今にも吐きそうだ。
──……損ない。
「ヒッ……!!」
更に追い討ちをかけるようにフラッシュバックを試みてくる過去の日々を意識しないよう、必死に頭と太腿を殴って誤魔化す。来るな来るな出てくんな!
もう過ぎた話にしてくれ!!
──…………い。
十回くらい殴った辺りで、ようやく記憶は後退り、脳裏に姿を消していった。
「はァ…………」
全身の殴打を止めて、僕は大きく脱力した。
──運が良かった。
古馴染みのレリアはともかく、彼らが自分が解雇された一人としか知らない、真っ当な人たちで良かったと心から安堵している自分がいる。それが心から嫌だった。
「ゥ……」
思わず声が漏れるとともに、目尻に涙が滲んだ。
得体の知れない螺旋階段奥の単独調査に特段心配されていなかったゴードンに、以前から生真面目な人柄と護衛任務で絶大な信頼を獲得しているレリア。エウィンは実力は未知数ながらもきっと調査で名を馳せているだろうし、古傷の女性も『多分見えてない』状態ながらも現場入り出来ている辺り、相当な手練に違いない。
ちゃんと上手くやれてる人は、僕にはあまりにも眩し過ぎる。
──グゥゥゥウ……。
そのとき、僕の腹の音が失意から気を逸らすように、拠点内に響き渡った。
「不甲斐ねぇなぁ……」
どれだけ気が沈んでたって人間必ず腹は減る。それが余計に惨めな思いを加速させる。
「……飯、作るか」
それでも、空腹を満たせばいくらか気持ちも落ち着くかもしれないと立ち上がろうとした、そのときだった。
「? 風導?」
スカーフェイスの風導が、左手にそっとツタの手を添えてきて、こちらをじっと見つめてきた。
すると、他の風導たちも僕に群がり、手を添えるなり抱きついてくる。イガマキとフンコロガシも近寄ってくると、何も言わずに顔を見上げてきた。
「モケッ」
スカーフェイスの風導が、レッドドッグに呼びかける。
「…………」
注目を一身に集めたレッドドッグは目を開けたり閉じたり、暫し逡巡を巡らせる様子を見せると……──、スクリと立ち上がり、リドゥに身体を寄せてきた。
彼らが何故にくっついてきているのか。僕は言葉にしなくても肌で感じられた。
故に、僕はただ一言、レッドドッグたちに送る。
「……皆んな……ありがとう」
そう言って皆を潰さないよう、僕は仰向けに寝転がる。なんか、空腹とかどうでも良くなってきた。
このまま昼寝でもしてしまおうか。なんて思ったそのときだった。
「ん……?」
天井の隙間にキラリ──と光るものを見つける。天井に仕込んだ発光石も爆風で吹き飛んでしまったようなのでそれではない。
だとしたら、あれは何だ……?
「あ」
じーっ……と目を凝らして「もしかして」と皆に退いてもらい、折れた槍でどうにか落としてみたものは──、
「魔力鉱石だ……!」
透き通るような青色をした拳サイズのそれは『回復液の強化』で知られるものだった。爆風で天井がえぐれた影響で顔を出したのだろう。
しかも純度もかなり高い。これならあるいは──、
「昼寝してる場合じゃない!」
負傷中であることも忘れ、即座に薬草と調合してみる。
そして、水に溶かして飲んでみれば──、
「ブェェエエ……!!」
あまりの不味さに、僕は思い切り嘔吐いたのだった。
やはり既製品と違って飲めたものじゃない。どうにか吐かずに済んだものの当分は御免蒙りたい。
だが、その分効果は覿面だった。
「お? ……オォ!」
飲んで程なく、僕の全身を蝕む打撲痛がみるみると引いていき、間もなくしてバク転まで出来るようになったのだ。
レッドドッグの外傷に使った傷薬と違い即効性回復液は、いつぞやの風導みたいな予断を許さない重傷や、先程までの僕のような体表に現れない負傷に主に使われる。故に負傷しがちな冒険者は回復液のレシピ習得が義務付けられていた。
とはいえ、今の僕の場合、当然設備が整っておらず、更には採掘に徹してからは殆ど自力製造に着手していない。故に魔力鉱石が無ければ『強引に薬草の効果を高める』までの再現は不可能に近かった。
けれど、それも今日までの話だった。欲を言えばもう少し味をマシにしたいが、これだけ回復するなら今は十分だ。
「もっと探す価値あるぞこれ……!」
天井に埋まっていたのだから、拡張がてらの採掘も期待できる。早速拠点拡張再開だ!
──ググゥゥゥゥウ……!
なんて計画を組み立てていたら、すっかり忘れていた腹の虫が、急かすように我慢の限界を訴えてきたのだったとさ。
「先ずは昼だな……」
リドゥはくじかれた出鼻を戻しながら、昼食の準備に取りかかった。