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26 来訪者4名

「……ッ!?」


 リドゥは即座に起き上がるも「あグッ……!!」と激痛に襲われた。


「動かないでください。治療はしましたが傷に障りますので、どうか安静に」


 両目に古傷を負っている、首に革製のチョーカーを付けた女性が敬語口調で身体を寝かせてくる。言われてみれば全身包帯塗れで、背中から四肢の節々……というか全身が痛い。

 古傷の女性は目を開かぬまま、手繰り寄せた回復液を鞄にしまいながら続ける。


「貴方は全身打撲です。骨折こそ治せておりましたが、僅かな衝撃でまた折れかねませんよ」


 そりゃそうだ。何しろ爆風を諸に受けて天井に叩きつけられたのだ。即死でもおかしくなかったのだから痛いで済むだけ御の字だった。


「……レッドドッグ!」


 痛みそっちのけで再び身体を起こす。彼らは無事なのか!?


「コイツらなら大丈夫ッスよー」


 声がした方を見ると、かなり歳若い──具体的には16歳程度の少年が、左耳のシルバーイヤリングを光らせながら手を振っていた。

 その傍らには、風導たちが肩を寄せ合ってこちらを見守っていた。


「「「「「モケッ!!!!!」」」」」


 風導たちは安堵に破顔し踊りだす。彼らも身体の節々が焦げ付いているものの、後遺傷にはなっていないようでほっと溜飲が下がる。


「重傷だった兄ちゃんを取り囲んでパニクってたんで座らせてたんスよ。あ、攻撃する気はないんで悪しからず。僕も喉仏が惜しいんで……」


 そう言って青ざめる少年の後ろには、「下手な真似してみろいつでも殺せるぞ」と言わんばかりに牙を剥くレッドドッグの姿があった。言葉を選ぶ余裕はあるようなので放っておいてもう一人──拠点出入口に立っているウルフカットの女性に視線を向ける。


「あ」


 ここで僕は思わず声を漏らした。


 彼女の名前は『レリア・ヴァイター』。冒険者登録から割と早い段階で上位冒険者に昇格を決めた僕の同期だった。

 そして──、能力差で人を区分しない、僕でも言葉を交わせる数少ない人物だった。


 彼女が僕に顔を向けてきて、落ち着いた声色で話しかけてくる。


「久しぶりねリドゥ。まさかこんな形で再会するなんて思わなかったわ」

「あぁ、そっすね。最後に会ってから……一年ですかね?」

「あなた、人気(ひとけ)のない受付終わりギリギリまで来ないものね。まぁ、当然だろうけど。……にしてもあんた、此処一人で築いたの? 私が依頼で居ない間に辞めさせられたって聞いてはいたけど、どんだけ時間掛けた?」

「この森に流れ着いた十日前から今日まで絶賛増築中ですよ。どうも、独りサクラダ・ファミリアです」

「もう大丈夫そうね皆んな帰りましょ」


 これにイヤリングが異議を唱える。


「待ってよ先輩、ゴーダンさん戻ってきてないッスよ」

「冗談に決まってるでしょ阿呆たれ」

「毎度言葉通りに捉えるな馬鹿者」


 声がした方を見ると、螺旋階段から更に一人、丸太のような腕に鉄のアームリングを装着した巨漢が上がってきた。

 この人が『ゴーダン』だろう。態々聞かずとも分かる。


 ゴーダンは持っていた大槌を下ろして、説明を始める。


「この奥でデボアアントの死骸を大量に発見した。聞こえた会話からするに、大方増築中に巣と鉢会い無茶をした、そんなところだろう」

「デボアアントの巣? それってパーティー複数募って一気に焼き払うやつでしょ? それをリドゥ一人でやったって言うの?」

「リドゥと言うのか。実際どうやったんだ?」

「土壇場で肥やし玉を使った即席爆弾で一掃したら想像以上の威力でした。以上です」

「なら当然だ。デボアアントも尽く四散してた」

「オェエ……」

「あんた、その場対応苦手なの、解雇されてからも直ってないのね」

「要領悪いもので……それと、一ついいですか? 僕を見つけてからどれくらい経ってます?」


 そう聞けば、古傷の女性が唇に指を当てながら答える。


「……48分程、ですかね」

「……それだけ?」


 あまりにも短い。気絶するほどの爆風だったのだから一日以上は経っているとばかり思っていた。


「それだけです。今こそ痛がる程度で済んでますが、来たときは生きてるのが不思議な状態でした。ぶっちゃけ、数日は眠っててもおかしくないです」

「早起きは得意なもので……それよりも、遅れましたが、手当てありがとうございます」

「どういたしまして」

「ところで、貴女たちはどうしてこちらに?」

「周囲の探索中に爆発音を聞いて来たんです。そしたら死にかけてる貴方にレッドドッグが回復液を浴びせてました。あれがなければ打撲程度まで回復していなかったかと」


 そう言って彼女が指さしたのは、床に転がる空瓶だった。

 だから骨折していなかったのか。言われてみれば僕が拠点で回復液を使ったのは風導を治療する時が初めてで、その様を見ていたのはレッドドッグだけだった気がする。なら彼が使い方を知っていたのも納得だ。


「レッドドッグ。ありがとう」

「……」


 無視されたが、まぁいいだろう。それはそうと、気になる言葉があった。


「それはそうと、探索中──とは?」

「コレ関係だ」


 ゴーダンが取り出したのは柄の折れた刃牙獣の槍だった。穂部分が無傷なのは流石と言うべきだが、後で直さないと……。


「刃牙獣の行動調査に来たはずの冒険者三人からの連絡が三日前から途絶えてると報告が上がってな。刃牙獣は君がどうにかしたようだが、心当たり無いか?」

「三日前?」


 ピクリと片瞼を持ち上げる。もしかしてあの三人、帰還してないのか?


「先程幾つかの落とし穴を見つけてな。当初は高知能のモンスターが生息してるとばかり思ってたが、君が掘ったのなら話は早い」

「ちょ、ちょっと待ってください。その言い方、もしかして僕を疑ってます?」

「残念ながら、そうなっている」

「そりゃまたどうして……──」

「僕の魔法ッスね」


 と、ここでイヤリング青年が手を挙げる。


「僕、二日までなら物と現場の時間を巻き戻せるんスよ。おかげで行方不明者を探すのに便利と冒険者登録継続ッス」

「二日前……?」


 となれば、落とし穴と地面に血痕を見つけた日だ。


「最近雨でも降ったのか? 偶然それっぽく地面が抉れているのを見つけてな。そこに彼『エウィン』の『巻き戻し』を使ったら……そういうことだ」


 なんてこったい。

 僕は額を抱える。まさか起きるなり容疑者扱いだなんて!

 誤解で連行なんて真っ平御免だ! 早いところ出来る限りの弁明をしなければ!!


「事情は分かりました。その上で、僕が見たこと知ったこと、それを踏まえた上で僕が疑わしいか判断してくれませんか?」

「良いだろう」


「まず一つ──、三日前にその三人を森で見かけました。僕は話しかけずにその場を去ってます」

「ふむ」


「二つ目──、その翌日に人的に解除された落とし穴を発見。もう片方は起動してました」

「それで?」


「三つ目──、起動してた落とし穴に人のものと思えない血痕量とイシノシの骨片、クリエナの毛を見つけてます。地面の血痕についてはクリエナとの縄張り争いを危惧して罠の埋め立てに集中してたので深く考えてません」

「……つまり、三人には関与していないし、見かけた後の行方は知らない。そう言いたいんだな?」

「そうです」


 断言すると、ゴーダンは暫し天井を仰いでからエウィンに話を振る。


「これは更に検証が必要だな。エウィン、そこのとこ、巻き戻せるか?」

「無理ッスね。僕が一度に巻き戻せるのは一つまで。それに巻き戻してるところに重ねがけして更に遡るも出来ないッス。巻き戻したものも実際に触れる訳じゃあないし」


 ゴーダンはまた天井を仰ぐ。

 そして──、短い溜息を吐くと、三人に呼びかけた。


「じゃあ帰るぞ。彼に追求しても仕方ない。刃牙獣は傷を癒せず力尽き、クリエナが死体を食べてたと報告。三人の捜索は続けるが三日と音信不通な以上、生存は望み薄と考えておけ」

「やっぱり、そうなりますよね……」

「行方不明=死亡が冒険者だからなぁ……」


 どうやら容疑は無事晴れたらしい。気落ちする女性陣とは裏腹に僕は深く安堵するも、今度はエウィンが妙な話題を切り出す。


「あれ? 先輩いいんスか? リドゥ兄ちゃんと言ったらこの人、解雇被害者ッスよね?」

「解雇被害者?」


 聞き慣れない用語に首を傾げると、古傷の女性が耳打ちしてくる。


「リドゥさんを初め、実力不足を理由に一方的に解雇されるケースが相次いでいるのです。その方々を一部ではそう呼んでおります」

「なるほど」


 蔑称みたいでなんか嫌だな。などと言いたくなるのをグッと堪える中、二人はやり取りを続ける。


「これ程大規模な拠点を築いているんだ。解雇された心境を思えばもうラネリアに戻ってくるとは思えん。エウィンだって部屋を借りた傍から直ぐに引っ越せと勧められても気が進まんだろう?」

「……それもそッスね」

「なんかしっくりこない例えですね」

「言わないでくれレリア。──が、聞くだけ聞いてみるか」


 ゴーダンは振り返り、再度僕と視線を交わす。


「リドゥと言ったか。直球で聞くが、復職の意思はあるか?」

「復職?」

「戦闘戦力外でも現場知識がある分、調査書処理等の裏方に異動させる余地もあるだろうに、問答無用で解雇し相次ぐ殉職にも布石を打たない現在のギルドに不満を抱く者も少なくない。その筆頭がレイム上司とアネス上司、そしてイリス上司の三人だ」


 これに「はぁ……」と僕は相槌を打つ。新体制になりながらも、ギルドも一枚岩ではないらしい。


「そして俺も、別枠での再雇用を検討しても良いんじゃないかと思っている。そういう人たちを募って声を上げようと計画しているんだ。君さえ良ければ今からでも一緒に来ないか?」

「……その場合、こいつらはどうなります?」


 彼から視線を外してレッドドッグたちを一瞥する。出会って僅か十日ながらも彼らとの生活に愛着が湧いていた。


 しかし、返答は案の定──、


「……ここに置いていくことになるな。風導はともかく、レッドドッグは徒に刺激した軍兵を部隊ごと焼き払った個体が過去に存在する。住民たちは良い顔をしないだろうし、イガマキもその奇天烈な生態故に学者に取り囲まれかねない」

「そうですか……」


 やっぱそうだよな。僕はふぅ──と息を吐き、脈を整える。

 なら、答えは決まってる。


「じゃあ、お断りします。今更戻ったとて気まずいでしょうし何より──、レッドドッグたちとの生活が好きなんです」


 これが現在の──、偽りない心から想える本心だった。


 ゴーダンはふっ──と小さく息を漏らす。


「だろうな。君と彼らを見れば分かる。だが──、」


 彼は言葉を切ると、何かをしたためた紙を一枚取り出し、僕に手渡した。

 住所が記された名刺だった。


「気が変わったら此処を訪ねてくるといい。今のところ有り得ないだろうがな。では、達者でな」

「バイバイ」

「さいならッス」

「お身体にお気をつけて」


 こうして、四人は拠点を去っていった。

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