22 一方、ラネリアより
一方、リドゥの元拠点・ラネリア、冒険者ギルド本部──。
レイム上司は険しい表情で、廊下を移動していた。
──連絡が来ない。
4日前に刃牙獣の調査に赴いた三人組からの『生存報告&活動報告書』が、3日前早朝の『到着しました』を最後に途絶えたのだ。いくら調査先と国を隔てる距離が長くても、一晩あれば何かしらの報告(三人組の場合は使役魔法による鳥郵便)が上がる算段だった。そうするよう全冒険者には義務付けている。
それがないということは、何かあったんだ。そう自分の直感が告げていた。
つい昨日捜索隊を派遣し、そろそろ着いてる頃合いだろうが事態は一刻を争う。きっと刃牙獣と鉢合わせて負傷し、何処かで身を隠しているに違いない。そうだと信じたい。
「だから反対だったんだ……!」
レイム上司は苛立たしげに奥歯を噛み潰した。
先日『ソロマスター』がギルド長に就任してからというもの、ギルドは悪路を辿っている。実力不足だと解雇されることを恐れて実力不相応の依頼を無理に受けては重傷・遺体で運ばれてくる低級冒険者が後を絶たないのだ。
例の三人だってそうだ。仮に戦闘になればまず敵わない刃牙獣の調査に乗り出してきたので反対したのだが、結局「ここで評価上げなきゃ……!」とこちらの退勤後に受注して出発したというではないか。
更にはここ11日間で、戦い慣れている上級冒険者による低級冒険者いびりが急激に悪化している。普段から上級依頼をやり遂げている自身は選ばれた存在だと傲慢になり、昇格に難儀している低級冒険者を見下しているのだ。前々から発見しては免停・追放と処罰してはいるものの、隠蔽工作が狡猾になってきていて、且つ数が多すぎて対処が追いついていないのが悲しい現状だ。
「失礼します!」
レイム上司は毅然とした声でギルド長の執務室へ足を踏み入れると、『ソロマスター』ジユイは大量のジャノを摘みながら、凄まじい量の手書き業務をこなしていた。
ジユイは次々と処理済み書類の山を築きながら、左半分焼け爛れた切り傷だらけの顔を上げる。
「おまえは確か資源管轄課代表の……レイムか。どうした?」
未だ言い淀むか──と内心腹を立てる。ソロマスターは人の顔を覚えたがらないとは聞くが、まさかここまでとは。
「業務があるので手短に申し上げます。新方針『採調武三道』を撤回してください」
「何故?」
「何故って……!」
思わず荒らげそうになった声を抑え、仕切り直す。
「今のギルドはご存知でしょう? 新方針にどうにかついてこようとする低級冒険者の負傷・殉職が相次ぎ、果てには上級冒険者による差別が横行している始末。これに歯止めを掛けなければ解雇される冒険者は殊更に増える一方です。活動条件の緩和と差別行為の厳罰な調査・取り締まりを提案します」
「それがどうした?」
「は……?」
「料理人はより良い素材を選別し、風味を損なう野菜クズをわざわざ鍋に入れたりはしない。今ギルドでやっているのはそれと同じだ」
低級冒険者たちが野菜クズと言いたいのか……?!
「冒険者を選別したいのなら、支援班・事務班と裏方に回す手もあるでしょう! 一方的に解雇している現状ですが、ギルドを追われた者たちにだって生活があるんだ!」
「おまえは野菜クズが一級品になると信じているのか?」
「なっ……!」
「野菜クズを使えるかもと残したって結局大した役にも立たん。それならさっさと切り捨てて新鮮な野菜を補充した方が合理的だろう」
「しかし──!」
「そもそもだ。此処、ラネリア大陸はモンスター被害が他大陸より多い。徒党を組んでおいて勝てる保証はありませんでは遅れを取るばかりで話にならん。それはおまえも理解っている筈だ」
「ッ……。ですが──」
「低級の未来を案じるなら、さっさと転職を勧めてやれ。以前の『採掘ばかりの無能者』のようにな」
「ッ!!」
「話は以上だ。さっさと行け。業務が残っているのだろう? それと──、」
ジユイは書類の山から一纏めにされた資料を取り出し、こちらにに手渡してくる。
「先程作った『資源補充代案』だ。戦闘狂いども一人一人に微弱なノルマを課せば、解雇したやつの分を一龍月で賄える計算だ。新方針の為にもこれで慣らす」
レイムはジユイを一瞥してから、「拝見します」と何枚か目を通してみるが──、
「…………!」
寸分の狂いもなく完璧だった。これなら彼一人が担ってきた一龍月分の量に到達するだろう。
この男。業務量といい速度といい、就任11日で覚えられる容量を遥かに超えている。
「……失礼しました!」
レイムは怒りを限りなく抑えながら、執務室を後にした。
そして──、頃合いを見て「くそっ……!」と悪態をつく。
取り付く島もなかった。最終的に心のどこかで思っている正論に言い返せなくなっていた自分が情けなくて腸が煮えくり返そうだ。それどころか文句のつけようがない代案まで……!
あの調子では低級冒険者を集ってストライキを起こしたとて「じゃあ辞めれば?」となるのが関の山だ。かといって傲慢になっている上級冒険者の多くは関心を持たないだろうし、他の部署でもギルド長の思想に染まりつつある者がいると耳にする。
事実上の孤軍からどれだけ仲間を募り、一体どこまで護れる?
神がいるなら教えてほしい。
「なんであんな欠落者に限って力を与えたんだ……!」
レイムはとうとう我慢ならずついた悪態が、誰もいない廊下に虚しく響いた。