21 「ゴオオン……」
「あ」
罠の選別を終えた帰り道──、リドゥは遠くの木陰にレッドドッグの後ろ姿を見つけた。
「おぅい、レッドドッグゥ」
「ゴル?」
呼びかけると彼は喉を鳴らして振り返ってくる。口元にはいつぞやのウサギ型モンスターが三羽咥えられていた。
傷が治ってからというもの狩りはより好調のようだった。出会った当初を思うと感慨深い。
「グル……」
レッドドッグが背負い籠を見上げる。多分「そっちは収穫無しか」と言っている。
「今日はゼロですよ。そもそも、その予定で出かけたんじゃないし」
「グル?」
「最近狩りすぎた分、罠減らしに行きがてらちょっくら調査に行ってたんだよね。何の手がかりも得られなかったけど」
実は先程までリドゥは罠の選別をしながら、例の三人組が居ないかと周囲の気配を探ってみていた。
しかし、解除された罠以降、三人の痕跡は一切見つからなかったので、一旦切り上げてきたところだった。その帰り道にレッドドッグを見つけたという流れだ。
もしかすれば他の罠を探しに遠くへ行った可能性もさもありなんだが、逆を言えば此方に戻ってくるのは当分先ということだ。勿論警戒するに越したことはないが、当分は頭の片隅に留めとく程度でも良いだろう。
「グル」
しかし、レッドドッグは興味無さげにそっぽを向く。基本狩って食って寝るの彼としては実際に問題が起きない限り「わざわざ首を突っ込む道理はない」のスタンスなのだろう。
「あれ?」
そう思いながら拠点前の茂みを抜けたところで、拠点を見上げた僕は首を傾げる。拠点の入口が見当たらないのだ。
一瞬、場所の記憶違いを疑うが直ぐに取り消す。代わり映えのない森の中でも、なんやかんやで七日以上暮らしている拠点の住所を間違えたりするものか。
「ガゥ?」
隣のレッドドッグも首を傾げ、目を合わせてくる。確かに「此処だよな?」と目で聞いてきている。
「だと思うんだけど……──あぁほら。入口に続く斜面とかそっくり……なんだけどなぁ?」
「グゥ……?」
二人は再び首を傾げる。ここまで息が合うのは皮肉にも初だった。
「ん?」
他にも拠点の証左足り得るものはないかと見回してみると、釣りに行かせた風導たちが集まっているのを見つけた。見る限り中々の成果だが、こちらと同様、右往左往している。
「おぅい、風導ぇ」
「モ?」
呼びかければ、うち一匹がこちらを振り返り──、
「! モケ!」
「「「「モケー!!」」」」
リドゥの顔を見るなり声を上げ、こぞって駆け寄ってきた。
「右往左往してどうしたおまえら? 入口が見つかんなくて困ったような顔して」
「モ、モケ!?」
冗談めかして聞いてみれば、風導は「なんで分かったの!?」みたいな驚き方をする。
「やっぱり、此処だよなぁ……? ……あ」
と、ここでリドゥの中にある可能性が芽生える。
もしかすれば、入口脇に立てかけていた岩蓋が何かの拍子で入口を塞いでしまったのかもしれない。だとしたら「ここまで擬態するやつ作ったのか」と自分を絶賛するが。
「取り敢えず、近くまで行ってみるか」
ということで、皆で消えた入口前に向かうも、辿り着くなり再度首を傾げる。
「ピッタシ過ぎねぇ?」
岩蓋が塞いでいるのなら外から見れば凹の形になっている筈なのだが、それが一切見当たらない。なんなら入口と完全に同化さえしているのだ。これにはレッドドッグもまた首を傾げ、風導たちに至っては足元をウロウロしている。
「? モケ?」
──と、風導が何かに気付いた。
「なんだこれ?」
風導が見つめる箇所を凝視してみると、『密集している三つの小石』が等間隔に二つ鎮座していた。これはまるで──、
「爪というか……足か、これ?」
「ガゥ」
「「「「「モケ」」」」」
…………あ。
見解が一致したところで僕はあることを思い出す。記憶違いでなければ──、
「皆んな。ちょっと離れて」
「「「「「モ、モケ」」」」」
僕は皆に呼びかけて、同居者たちが充分に距離を取ったのを見計らってから、足のように並ぶそれらを払うように撫でてみた。
「ゴオオン……」
すると──、『両足の主』が音を立てて、入口との同化を解除して姿を現したのだった。
「やっぱり! イワビタンか……!」
正体を現したイワビタンは、とある冒険者夫婦──のお子様が近所の洞窟で偶然見つけた岩そっくりのモンスター。洞窟の入口を塞ぐことで「あれ? 此処洞窟だったよな?」と不用意に寄ってきたところに倒れて押し潰す『擬態生物』だ(しかも洞窟に閉じ込めれば慌てて寄ってくることも理解しているらしい)。
そのイワビタンがどうして倒れてくることなく現れたのか? それは足指に該当する小石に関係する。
図鑑によると、初めて存在を明らかにしたお子様は、偶然にも足指に該当する小石を気に入り、拾おうとしたそうだ。
すると、イワビタンは徐ろに正体を現すなり「おまえ、やるな」みたいな雰囲気を纏ってお子様の家について行き、勝手に門番を担ったという。
それから研究者による命懸けの検証を重ねたところ、胴体に触れたら捕食対象と捉えて押し潰し、爪先の小石に触れたら正体を見破った実力者と敬意を評して(一方的に)忠誠を誓う生態が明らかとなったのだ。
詰まるところ、風導は背が低かったことで、偶然にもお子様同様小石を見つけてみせたのだった。
そして、いつの間にか来ていた彼の正体に気付いて、小石に触れたということは──、
◇ ◇ ◇
夜──。
「じゃあイワビタン。寝ている間お願いな。おやすみ」
「ゴゴォォン……」
こうして睡眠中と、全員外へ出払っている間、イワビタンは拠点出入口隠蔽兼見張りを担ってくれる運びになったとさ。
ドア作んなくて良かった。