20 翌朝
「ん……?」
翌朝、拠点より──。
リドゥは、微かに聞こえる小鳥のさえずりと共に、換気窓から差し込んできた朝日に照らされ起床した。
「朝か……」
僕は「ふぁぁ……」と大きく背を伸ばして、首関節をゴキゴキ鳴らす。ギルド冒険者を見つけてからというもの、ずっと拠点に籠っていたのだが、息を潜めていた所為で変に身体が凝っているようだった。
「それよりも暗いな……」
換気窓から朝日がちょっくら差し込んではいても、このまま拠点を彷徨けば、最悪レッドドッグを踏んでブチ切れられそうな暗闇だった。
流石にそれは避けたい。僕は微かな朝日を頼りに四つん這いで出入口に近付いて、岩蓋をどかして外に出た。
「いないよな……?」
僕は外をざっと見回し、耳を澄ます。
──が、誰もいなければ、小鳥のさえずり以外聞こえなかった。
とりあえず、昨日の冒険者が此処を見つけ、張り込んでいる気配はしなかった。これを知れただけでも儲けもんだとほっと胸を撫で下ろす。
だが、こちらが気付いていないだけで、何処かにキャンプを設置しているかも知れない。しかも此処付近に居ないとも限らないのだ。
「まだ滞在してるかだけでも知りたいな」
だが、先ずは飯だ。僕は拠点内に戻り、ちょうど欠伸をかいていたレッドドッグに火を起こしてもらって朝食の準備を始める。
それにしても……と壁に立てかけた岩壁を見る。
冒険者を目撃して帰ってくるなり、洞窟を隠そうと急拵えで作ってみたが、思った以上にピッタシだった。正直換気窓から日光が差し込んでなければ真っ暗闇だったに違いない。
それでも、入口を隠すのにうってつけだったのは間違いなかった。今後も就寝時に使っていこう。
ならばいっその事、出入口部分に溝を採掘ってドアにしてしまうのもありかもしれない。そうすれば開け閉めも楽だし何より今回のように外からパッと見て洞窟があると悟られないで済む。金輪際であってほしいが。
とは言えど、やはり明かりがネックだった。
繰り返し認識しているが、岩蓋で出入口を塞いでいる間はとにかく暗いし、換気窓から差し込む日光だけでは限度がある。
故に手元が碌に見えず、内職もまともに進まなかった。これが時期や嵐によっては更に悪化すると思うと光源問題は早急な対処が求められる。
いずれ光源を探しにいくとしよう。今後の目標が決まったところで朝食が完成したので同居人の招集にかけて、食べながら呼びかける。
「皆。今日の動きのおさらいだ。食べながら聞いてくれ」
「「「「「モケッ」」」」」
「昨日僕と同行してた組は今日も引き続きついてきて。内職組は罠蓋は今のところ十分だから、今日は釣りに出かけてほしい。釣れすぎたらその時は燻製にしてしまうから気にせずバンバカ釣ってきてちょーだい」
「「「「「モケッ!」」」」」
ということで朝食を終え、やり損ねた罠数選別の続きをしに外へ出る。レッドドッグは基本ふらりと狩りに出るか寝ているので特に口を出さないでおく。
決してハブってる訳じゃあないんだからね。そう自分に言い聞かせながら僕は罠設置場所を目指す。
◇ ◇ ◇
「あちゃあ……」
設置場所に到着するや否や、僕は肩を落とした。罠蓋が一つ外されていて、すぐ側に隣接していた罠は起動しているも何もかかってなかったからだ。
どうやら、昨日の冒険者たちが此処に現れたらしい。解除された方の罠蓋は御丁寧に最寄りの木に立てかけられていた。
では、どうしてもう片方は起動しているのか? 考えられるのは二つ──、
①冒険者がマジで引っかかりかけた。
②イシノシが引っかかるも、上手いこと逃げた。
取り敢えず①は有り得ないだろう。元々刃牙獣対策に仕掛けた四重罠をそのまま流用したものなのだが、片方に気付いておいてもう片方を見逃すのはあまりにもマヌケすぎる。穴にも何も落ちてないし。
「ん?」
ここで自分の中に疑問が生じる。とすれば底のトゲ罠の血はなんだ?
まさか、イシノシが落っこちたとでもいうのだろうか?
それなら話が変わってくる。とするならイシノシの遺体は何処へ消えた? 疑問が疑問を呼んだそのときだった。
「モケ?」
「どうした風導? 何か見つけたか?」
「モケッ」
「あっ、ちょっ……」
風導は制止を聞かずに穴へ降りると、底で何かを拾って手渡してきた。
動物の毛と、白い小石だった。
白みがかった毛だった。イシノシは黒毛なので、これだけで別のモンスターが現れたのだと断定出来る。
では、白い小石はなんだろう? 一見何の変哲もない石でしかないが──、
「おえっ……」
試しに嗅いでみると、よく知っている野生の血の臭いがした。これは小石ではなくイシノシの骨の破片だ。何度も解体してきたから間違いない。
「だとすると……」
僕は地面に絵を描いて、風導たちに見せた。
「風導。こいつクリエナって言うんだけど、見た事あるかい?」
「「「「「……モケッ」」」」」
風導たちは一斉に首肯した。
確定だ。この森にはクリエナが生息している。あれらの強靭な顎と貪欲な食欲ならイシノシくらい跡形もなく完食だ。
それなら起動したのに何も残っていない罠にも納得がいくし、ここらがクリエナの縄張りになっている可能性も高い。食用にも向いてないらしいし、下手に落ちられでもしたら面倒だ。
「風導。ここら全部埋めるぞ。クリエナの縄張りになってるかもしれない」
「「「「「モケ!!!!!」」」」」
風導たちは埋め戻し土集めに散らばった。
「モケ?!」
──その直後、そのうちの一匹から悲鳴が上がった。
「どうした? ……て、え?」
駆け寄ってみると、そこには地面に染み込んだ血が拡がっていた。
イシノシのではない。そう直感が告げていた。イシノシの血量と仮定するならあまりにも少なすぎるのだ。
けれど、クリエナのとも思えない。彼らの血はもう少し赤黒いと記憶しているし、何より争って力尽きたなら毛が散らばってる筈だ。だとしたら他に候補は……──。
「……うん」
考えるのをやめよう。
きっとイシノシの子どもが襲われてしまったのだろう。そうだ。そうに違いない。
僕は見なかったことにして、埋め戻す為の土集めに奔放したのだった。
真相
「●タコラスイッチ(大自然ver.)」