19 三人視点
三人は、手負いの刃牙獣が逃げてきたとされる未踏地の森へ来ていた。
そのうちの一人──、女冒険者リナ・スカーレットは行動を共にする二人の男冒険者の片割れ、ディノを相手に愚痴る。
「しかしさぁ、なんで刃牙獣一匹見つけるのにこんな時間かかったわけ? 刃牙獣から被害受けて逃げ帰ってきてから七日は流石にっしょ?」
「結論から言うと、負傷したパーティーがクビになったからだな」
「は? なんで?」
「当然だろ。命からがら帰ってきた途端クビにされたんだから退職金貰うまで何に襲われたか教えないって抗議したんだと。結局治療費ギルド持ちで納得したそうだが、それでも安すぎだ」
「そっちもだけど、そっちじゃないよ。なんでやられて帰ってきたからってクビにされんのさ?」
「新ギルド長からの言い渡しだと。ほら、あの人『ソロマスター』だから」
「ああ、ラネリア大陸に現状確認されてるモンスター、全部一人で討伐記録出したってやつ?」
「そうそう。なんでも一人で成し遂げてきちまったから、『徒党組んどいて負ける奴らは要らない。冒険者で戦闘専門外は論外』だとさ」
「うっわ、その話マジなんだ! 戦闘慣れしてない冒険者がココ最近冷遇されてるってやつ!」
「その所為で無理に戦績挙げようと不相応の依頼受けて治療所送りが後を絶たないとよ。戦えないなりに働いてんだけど、新ギルド長は採取採掘・調査・戦闘の『採調戦三道』以外お気に召さないらしい」
「だったら私たちもマズくない? 今回もだけど、普段からモンスターの生息地調査と採取・採掘が中心じゃん」
「そうなんだよなぁ……。急逝しちまった前ギルド長は長い目で見てくれてたけど、俺たちも暫くは無茶しなきゃなんないぞ?」
「つっても私たち、モンスター戦闘あまり得意じゃないじゃん。調査と採取は今まで以上に頑張るとしても彼ほどじゃないし」
「あれと比べちゃなんねぇよ。早々に戦線離脱するなり採取採掘一本で最近まで生き延びてきたんだ。ハッキリ言って異常だ」
「アレでも容赦なくクビだもんね。有能だからって上に相応しい人間とは限らない典型的な悪例よマジで……」
「というか、その彼の名前なんだっけ? 碌に話したことないからド忘れした」
「えーと確か──、」
「おまえら待て」
ここで初めて、前を歩いていたゴーグルの男性ジェイが、会話に割って入る形で二人を制止させた。
「ジェイ、どうした? 何か見つけたのか?」
「あぁ、ここを見てくれ。葉っぱが密集してるのが分かるか?」
「確かに集まってるけど……、これがどうかした?」
「こういうことさ」
ジェイは言って、葉っぱ──でカモフラージュした罠蓋を鷲掴みにすると、それを持ち上げて落とし穴を顕にしてみせた。
「うわっ……!」
「これは……相当大きいな。しかも底にトゲ罠まで仕込んでる」
「俺の『探知』が反応してなきゃグサリだった。相当殺意高めだぞ」
「これ、それだけ知性のあるモンスターが居るってことだよね? マジだったら刃牙獣どころじゃなくない?」
「だな。交易道から外れてる森だけど、森を出入りするモンスターが棲んでいたら事だぞ?」
「ここから先は更に用心しよう。二人とも、オレから離──、」
──ばきっ!
「れっ!?」
「「え──?」」
リナとディノは言葉を失う。ジェイが警告しながら前に出た途端、『実はもう一つあった隣の罠』に落ちたのだ。
二人は大慌てで落とし穴を覗き込む。トゲの風貌からして致命傷だ!
「「ジェイ!?」」
「大丈夫だ! 運良くトゲの間に落ちた!」
奇跡的に無事だったジェイに、ほっと胸を撫で下ろし、リナは反動で捲し立てる。
「おま、注意呼びかけといて引っかかっちゃ元の子もないじゃん! ちゃんと前見ろよバカタレ!」
「すまん!」
「よろしい!」
「だが、隣り合わせで掘っていたとは、これ作ったモンスター相当知性高いぞ。罠のセンスだけなら下手な冒険者より上じゃないか?」
「考察は後にして引き上げてくれ! 所々擦ってめっちゃ痛い!」
「お、おぅそうだな。ロープ下ろすから待っ──、」
「フゴォ!」
「「え──?」」
ドッ──!!
瞬間、何処からともなく猛進してきたイシノシがディノを撥ねた。
「フゴッ!?」
その勢いのままイシノシは、ジェイが落ちた穴に落ちて──、
「え──?」
──グザぶちゅっ!
と、トゲに刺さりながらジェイを押し潰した。
「え? え? え?」
地面に叩きつけられ血を流す無動のディノと、イシノシが落ちたジェイが落ちていた穴を、リナは交互に見やる。
突然の出来事にリナは思考が追いつかない。今何が起こった?
──ガサガサッ!
「ひっ……!」
激しく鳴る草むらの音に、リナの肩が跳ねる。今度はなんなの!?
「グルグルグル……」
草むらから出てきたのは『クリエナ』。主に森に住んでおり、敏感な嗅覚で死骸を見つけては綺麗さっぱり食べ尽くす生態から『森の掃除屋』とも呼ばれるモンスターだ。
そのクリエナが、草むらから続いて五匹以上。
「「「「「ガゥガゥガゥガゥガ!!!!!」」」」」
「いやぁぁあああーーーーーー!!!?!?!」
牙を向いてきたクリエナに、リナは断末魔のような悲鳴を上げて逃げ出した。
「「ガゥッ!!」」
うち二匹がリナを獲物と定めて追いかけてくる中、リナは懸命に走りながらパニック寸前の理性で必死に現状の整理を試みる。
なにナニ何ナになニ?! いきなり二人とも死んで、今度はこっちが絶体絶命?!
今までどうして放っとかれていた?! この森は交易道から外れているだけで調査常時必須の魔境と化してるじゃないか!!
「──ピュウイ!」
リナは口笛を吹いて、特定の動物を意のままに操る『使役魔法』を発動する。少しすると鳥が一羽飛んできた。
「これお願い!」
リナは書き殴った調査メモを鳥脚に括り付けて飛ばす。これで最低限の仕事は果たした。そのおかげか少し冷静になってきた。
幸いにもクリエナはじわじわ追い詰めるつもりか全力を出していないようだった。だったら勝負は草むらを飛び出す際の一瞬の視界不良! そこで撒く!
「今!」
リナは意を決して草むらに飛び込んだ!
──ふりをしてしゃがみ込むと、瞬時に木へよじ登った!
「ガゥ?」
追いついてきたクリエナたちが、見失ったリナを探して辺りを見回す。
その様子をリナは木の上から、必死に呼吸を抑えて見守っていた。
死骸の臭いに敏感ということは血の臭いに敏感ということ! 幸いにも血は流してないからバレない筈だ! バレないで!
「……ガゥ」
「グル……」
決死の祈りが通じたのか、クリエナは諦めて来た道を引き返していった。
「……プハッ!!」
荒い深呼吸を繰り返しながらリナは生の喜びを噛み締める。やった! 生き延びた!
でも、二人は死んでしまった……。
「うぐ……」
安堵した途端、揺らがぬ事実にリナの目から涙が溢れた。
今頃二人の遺体はクリエナに食べられてしまっているだろう。ギルドに入ってからずっとトリオだったのに、遺体も回収出来ないなんてあんまりだ。
だが、いつまでも悔やんでいたって二人は生き返ったりしないし、救助が来たりもしない。二人の墓石を用意する為にも、一刻も早く森を出なければ。
けれど、一気に色々起こりすぎて心身共に限界だ。少し休める場所を探そうと木から降りる。
「あ」
暫し移動していると、岩場の高い場所に小さな洞窟を発見した。
中を覗けば陽の光が届く深さで、モンスターの痕跡もなかった。洞窟出入口前の足場も狭い分モンスターも来ないだろうし、此処で一息つこう。
と、目につかぬよう最奥部まで入ったそのときだった。
──ごぉん。
「え?」
洞窟に差し込んでる陽の光が突然狭まったかと思っていたら、出入口が閉ざされてしまったのだ。
「ちょ、ちょっと!?」
取り乱したリナは暗い中で出入口に駆け寄り、ついさっきまで無かった出入口の岩を叩く。しかし押してもぶつかっても岩はビクともしない。
「なんなのよ?!」
ただでさえ心が摩耗しているのに踏んだり蹴ったりだ。リナは八つ当たり同然に岩を蹴った。
──瞬間、岩がリナめがけて倒れてきた。
「は──?」
リナは避ける間もなく下敷きになった。
──もちゃもちゃもちゃ……。
それから暫くの間、咀嚼音が小さな洞窟にこだました。
◇ ◇ ◇
一方、その頃──。
「とり? とりー」
国を目指して飛んでいた鳥は、使役魔法が解除されると共に身体を翻し、明後日の方向へと飛び去っていった。
以降、三人の行方を知る者は居ない。
大自然って怖いね