18 今更
レッドドッグに唾を吐かれた素振りをされて、暫く泣いた後にて──。
朝食を終えたリドゥは五匹の風導に留守番を任せ、五匹の風導を連れて罠を見に来ていた。
「おっ。かかってくれてる」
設置場所に到着すると、いつものようにイシノシは頭から罠穴に落っこちて、穴底のトゲに刺さって力尽きていた。食糧をごっそり消費した傍から補充出来るのは大変有難い限りだ。
「「「「「モケ〜!」」」」」
風導も足元で喜んでらっしゃる。
サバイバル初日から今日で七日目。二日に一回の頻度で引っかかってくれるからイシノシは貴重な食糧源だった。
とは言え、だ。
「ちょっと小さいか……?」
今回引っかかった獲物を引き上げてみると、前回よりも少し小ぶりだった。大人の証たる牙だって小さい上に先端も丸い。なんなら雌ないしは子どもの可能性さえある。
「やっちゃったなこれ……」
思わぬ失態に僕は後ろ頭を搔く。絶好の獲物とは言っても雌ないしは子どもまで狩ってしまったら個体数が減るのは必然。繁殖率の高さにかまけて狩りすぎてはイシノシ狙いのモンスターが他まで狩らざるを得なくなってしまう。それがネズミ算式に続けば生態系を破壊しかねない。
だが、ここは弱肉強食の大自然。そこに大人も子どもの垣根は無く、死んだらそれまでの無慈悲な世界なのだ。引っかかった以上はどうか受け入れてほしい。
恨むなら呪え。僕はサバイバルナイフを取り出して、運びやすい大きさにザックザックと解体していく。
とは言え、罠の数は改めなければならない。今考えたように結果として生態系が狂ってしまったら目も当てられないし、当然こちらの食生活にも響く。
それにぶっちゃけた話、祝宴で殆ど食べ尽くしたものの、保存食への加工も追いつかなくなっていたから、一度の狩猟数を減らす機会としてはちょうどいい。
けれど、罠蓋は作ってていいよな。
実はこうしている間にも留守番の風導たちが罠蓋の材料を集めたり、何なら作成してくれていたりする。彼らも『等価交換で暮らしたい』と求めてきていたし、こちらとしても願ったり叶ったりだった。作り方を教えてみた感じ、筋も悪くなかったし。
と、色々思考を巡らしてみるが、取り敢えず──、
「風導。ここの罠埋めよう。他の箇所巡りはその後だ」
「モケ?」
風導たちは首を傾げる。どうも事の重大さに気付いていない様子。
「一度に狩れる数を調整するんだよ。狩りすぎて何日も食べれなくなったら困るだろう?」
「モケ!?」
風導たちはリドゥから発せられた事実に衝撃を受ける。さてはその日暮らしで生きてきたな?
「つーことで、先ずは土と石集めだ。全員適当なところから掘ってこい! 出来れば目立たぬ草陰辺りから!」
「「「「「モケーーーーー!!!!!」」」」」
風導たちは大慌てで各方面へ散らばってったとさ。
その間に僕はトゲを砕くべく、刃牙獣の奥歯で作ったハンマーを携えて穴の中へ下りる。風導の重量的にイシノシと違って落下時の重力と自重で刺さることはないだろうが、こればかりは手伝わせるわけにいかない。
ガンガン……と暫くトゲを殺傷力がない形になるまで砕いていく。
「「「「「モケーーーーー!!!!!」」」」」
「おっ」
トゲの処理を終えて穴から出れば、タイミング良く土の塊なりを持った風導が集ってくる。思ったよりも早かったな。
「よし、じゃあドンドン入れてってくれ!」
「「「「「ピョ〜〜ン!!!!!」」」」」
なんだその変化球 。
初めて聞いた鳴き声にちょっと笑ってしまった自分を悔しく思いながら、僕も埋め直しに参加する。他にもやっときたいことが山積みなんだ。
◇ ◇ ◇
数十分後──。
ようやく埋め直しを終えたリドゥは、スカーフェイス風導を連れて再び森の中を歩いていた。
記憶の中よりも穴は深く、大分時間が掛かってしまった。四匹の風導たちに解体肉の持ち帰りを任せて一人(と一匹)で来たけど、他の罠も埋めなきゃとなったらかなり骨が折れそうだ。
「モケ? モケモケ」
「ああ。大丈夫だよ。ちょいと滅入ってただけさ」
「モケモッケ。モッケピロピロ!」
「うんうん。そうなったら頼りにさせてもらうよー」
風導一匹一匹の力は微々たるものでも『塵も積もれば山となる』のだ。正直な話、話し相手がいるだけでもう充分有難かったりする。
「モケモケ、モッケケモケモ?」
「次の罠ポイント? そろそろ見えてくる頃合いだと思うけど……ああ、ほらあそ──」
「……。……──」
「ん……?」
目印に付けた木の傷跡を指さしたところで僕はピタリと足を止める。今、話し声が聞こえたような……?
……流石にないか。
「モケ?」
「あぁ、なんでもないよ風導。さっさと済まして帰ろ──」
「……ヒソ……ヒソヒソ」
「──!!?」
と、風導が首を傾げるのに対し誤魔化していると再び──しかも今度は鮮明に聞こえてきた。空耳じゃなかった。
僕は咄嗟に草むらに身を潜めた。
原住民かと思ったが直ぐに可能性から外す。調べる限りこの森に人間の痕跡はなかったし、実在するなら焚き火の煙を見て接触してきている……ハズ。
とすれば、どうして人の声がする?
僕は次々と湧いてくる疑問を抱くまま、声の発信源へと足を運んだ。
そして──、草陰から覗き込んでみると、三人の男女が歩いていた。背格好からしてギルド冒険者だ。
どうしてギルド冒険者が此処に? それが先ず抱いた疑問だった。
此処は人間の領地に含まれていない。何より交易道からは大きく外れた森だ。
過去に強欲な領主が徒に森の開拓を試みた結果、縄張りを侵された現地モンスターの怒りを買って国が滅んだなんて話もある。そこから『触らぬ神に祟りなし』なんて他国の言語が世界共通認識となっているのだからギルドも愚行ではない。資源の旨味が少ない『見限られた森』でも開拓の下見だとはどうにも思えない。
だったら何故此処に?
リドゥは真意を探ろうと、耳を澄ましてみた。
「…………牙獣……」
牙獣?
……もしかして、刃牙獣のことか?
「あ」
ふと思い当たり、僕は思わず小声を漏らした。
刃牙獣を負傷させたのはギルド冒険者だ。
例えば刃牙獣が交易道付近の森に出没したとしよう。当然商人が被害を被らぬよう討伐に駆り出される筈だ。
では、戦闘の末に狩り逃したとすれば? 刃牙獣は傷を癒すのに冒険者が来ないだろうこの森に流れてきて、流浪先を特定した冒険者ギルドは刃牙獣が報復に乗り出さぬよう今度こそ倒しに派遣したとすれば色々と辻褄が合う。
が、ここで更なる疑問が生じる。
「……今更過ぎやしないか?」
刃牙獣が流れ着いてきたのが、傷だらけのレッドドッグと邂逅したサバイバル初日だとすると既に七日は経過している。いくら刃牙獣が見つからぬよう夜な夜な移動してきたとしても時間がかかり過ぎだ。
兎にも角にも──、
「帰ろう風導。罠巡り中止」
「モケッ」
僕は中腰を維持して来た道を引き返し、先程の罠現場へ合流する。
「「「「モケ?」」」」
運搬に取り組んでいた風導たちが「何でここに?」の表情を作る。
イシノシ肉は残り3分の1に達していた。
これだけなら自分一人で運べる。僕はそれらを全て背負い籠に放り込んで風導たちに呼びかける。
「全員帰るよ。急遽帰らなきゃいけなくなった。説明は後でする」
「「「「モ、モケ」」」」
リドゥは訳の分からぬままの風導を連れ、拠点へと直行した。