17 帰んないの?
「終わったぁ……!!」
改めて刃牙獣の残骸を異臭が生じない程に細切りし終えたところで、リドゥは大の字に寝転がった。
床に寝転がったまま「ん……」と背を伸ばせば、ぱきぽき……と骨が鳴った。余程集中していたのだろう。隣の風導も「フィ〜……」と大きくため息を吐いている。
拠点入口を見れば外は既に夜を迎えつつあった。時刻でいうと城下町に夜の鐘が鳴り響く頃合い(=夜七時)か。
だが、今居るのは大自然のド真ん中。残骸はいち早く処理してしまいたいが、夜の飲食店が賑わう城下町と違って、下手に出歩けば夜行性モンスターの餌食になるのは火を見るより明らかので焼却処理は翌朝に持ち越すことにする。
「よっと」
上半身を起こして、僕は焚き火部屋を見回す。
「グル……」
祝宴を終えてからというもの、レッドドッグは丸くなっていて、たまに大きな欠伸をかいている。
そう言えば……丸くなっている姿は同居初日から見ていたものの、欠伸をしているところを見るのは何気に初めてかもしれない。刃牙獣にオーカードッグと住処を奪われてからずっと張り詰めていただろう気が解れたようで何よりだ。
「「「「「モケ〜……」」」」」
風導たちもすっかりまったり過ごしている。こちらも大勢の仲間を殺されて緊張状態だったのを思えば、こうしてくつろげているのは奇跡という他ない。
「おぅい皆。一応聞くけど夕食どうする?」
「…………」
「「「「「モケェェエ……」」」」」
「だよねぇ……」
レッドドッグは向けてきた耳を折り畳んで沈黙を選択。風導たちは各々顔を見合わせてから身体を横に振った。聞くだけ聞いてはみたが、答えは案の定「否」だった。
たが、無理もない。先程までの祝宴でイシノシ肉をじゃんじゃか焼いて、どんどこ食べたのだ。宴から時間が開いているといえど腹が空かぬのは当然っちゃ当然だ(イガマキはもう消化している気がしなくもないが)。
事実、こちらも今日はもう食べる気になれそうにない。それに……──、
「明日まで様子見たいしなぁ」
と、僕が移動した先で目にしたのは、肉干し部屋改め燻製肉置き場の備蓄の山……があった部屋の一角だった。
惜しむ気などサラサラなかったが、刃牙獣討伐準備過程で意図せず得たイシノシ肉も祝宴でかなり消費してしまった。イシノシ自体はこの地で大繁殖しているのか罠にかからない方が少ないものの、これ以上は浪費したくない。とするなれば──、
「寝るか」
ちょっと早いがもう休んでしまおう。生物たる以上起きてるだけでもエネルギーを使うし腹も空く。だったらさっさと眠って消費を抑えようではないか。
「……zzz」
レッドドッグもいち早くそれを理解してか、とっくに寝息を立ててるし。
「モケ、モケモケ」
「「「「「モケッ」」」」」
風導たちもスカーフェイスの意思統率のもと、いつも通り壁に背を預ける形で横一列に並び出している。
「という訳で、お休みなさい」
「「「「「モケケ〜」」」」」
風導たちの小声を背に、僕は脇に退けてた寝袋に手を伸ばした。
──のだが、直ぐに風導たちを二度見した。
「ちょっと待て。おまえら帰んないの?」
「モケ?」
「あまりに自然体だったからスルーしかけたよ。おまえら帰んないの?」
「モケ。モケモケ?」
「レッドドッグはいいのよ。もう此処に住んでるのが当たり前になってんだから。おまえら帰んないの?」
「モケモッケ」
「何日も寝食を共にしたじゃない、じゃないんだよなんで絵を使わずに言葉理解出来てんのかも疑問だよ。え、何? 元の住処お釈迦った?」
「モケッ」
「マジかぁ……」
だったら色々と話が変わってくる。宴中の様子を見る限り風導の食事量は一匹一匹は大したことなく、十匹で一日3kgで事足りる計算とすればかなり良心的(?)だが、それでも食費は馬鹿にならない。単純に罠や食糧調達先を増やすとしても、それを何処でどうやるかと諸々考える必要がある。
……明日にしよう。
なんかもう面倒だから明日の朝考えよう。取り敢えず、先ずは──、
「風導。おまえらだけの部屋って欲しかったりする?」
「モケ?」
「流石に壁を背もたれにさせるわけにもいかんしさ。欲しいならせっかくだしある程度の要望も聞くよ」
「「「「「モケ〜!」」」」」
風導はバンザイすると、早速石のプレートを持ってきて絵で説明を始める。
『ぼくたち、木の枝の上で寝る』
『地面だとモンスターに踏まれる』
『木の上なら踏まれない』
習性的に高い場所の方が落ち着くと言いたいらしい。ならば、室内に物干し竿を採掘れば木の枝代わりになるだろうか。
と言っても、温かみのある木と冷たい岩では雲泥の差がありそうだ。念の為に確認すると──、
「「「「「モケ〜」」」」」
特に拘りはないらしいので、資材置き場(肉干し部屋になり損なった最初のあれ)の隣に換気窓付きで採掘ってみると、風導たちは大喜びでよじ登り、横に並んで眠ったとさ。そこは拘るんだな。
それじゃあ今度こそ休むとしよう。僕は「おやすみ」と小声で焚き火部屋へ戻り、改めて自身の寝袋を用意する。
……ああ、そうだ。風導の部屋を採掘ったならばレッドドッグの部屋も何れ採掘ってやらねば。食事情を支えてくれる先住民を蔑ろにしたくないし。
とはいえ、欲しいかどうかはちゃんと聞いておこう。採掘ってから「要らねぇよそんなん」と言われて泣かない為にも。
そう決意して僕は寝袋に入るや否や、ものの五秒で意識を手放した。
こうして、我が家に新しい住人が増えた。
◇ ◇ ◇
翌日朝食前、刃牙獣の焼却処理中にて──。
「なぁ、レッドドッグ。おまえ自分の部屋欲しくない?」
「ペッ!」
「ひぃん……」
断られた。