15 レッドドッグ
オーカードッグを埋葬して帰還後──。
「「「「「モケケ〜!!!!!」」」」」
「イガ〜!」
「フンコ〜!」
刃牙獣の解体と本陣の撤去を終えたリドゥは、風導たちとイシノシ肉を食べながら、共に刃牙獣を倒した勇気を讃え合っていた。
風導たちは「モケケ〜」と歌いながら、各々バラバラのリズムでユラユラ踊る。フンコロガシなんかは床を背にしてスピンしてみせている。
「イガー!」
そこへイガマキが空になった石皿を持って、おかわりを要求してくる。
「はいはい。ちょいと待ってな……ほい、どうぞ」
「イガー!」
イガマキはイシノシ肉を受け取り、嬉しそうにシャカシャカとトゲを動かして風導たちと合流する。消費したカロリーを取り戻さんとばかりに食べているが、凄い健啖家だ。
在庫なんて知ったこっちゃなかった。翌朝分だけでも……とささやかな邪念が脳裏を過りはしたものの、ここで大盤振る舞いをケチる器ではない。
そんな中で、僕はチラリ──とレッドドッグを見る。
レッドドッグは丸くなって、じっと壁を見つめている。彼が見ている方角はオーカードッグを埋葬した住処の方角だった。
帰ってきてからというもの、彼はずっとあの調子だった。手前に置いといたイシノシ肉にも手を付けていない。
しかし無理もない。彼は長らく日々を共にしてきたであろうオーカードッグを惨殺され、ようやく見つけた遺体を弔ってきたばかり。モンスターに悲哀があるかは立証されていないが、もしあるならこれで落ち込まない方がおかしな話だ。
こればかりは、時が解決してくれるのを待つしかないだろう。
「モケ」
と思っていた矢先──、一匹の風導がレッドドッグに近付いていく。こちらに敵討ちの助力を求めてきた、スカーフェイスになった風導だった。
「モケッ」
風導は手付かずのイシノシ肉を手に取り、レッドドッグの顔前に回り込むと、
「モケーーーーッ!!!!」
イシノシ肉をレッドドッグの口にねじ込みにかかったではないか。
「ガゥルッ!」
当然、レッドドッグは「急に何をする!」と言わんばかりに牙を剥くが、風導はそれを器用に避けると、続けざまにまくし立てる。
「モケモケ! モッケモケモケモッケピロピロ!!」
何を言っているのかさっぱり分からない。でも、仲間を殺された風導なりに説得しているのだけは何となく伝わってきた。
「……グルッ」
しばらく行く末を見守っていると、レッドドッグは深くため息を吐き、残りのイシノシ肉を食べ始めた。根負けしたっぽい。
「モッケケ〜!」
風導は満足気に元の場所に戻った。
──とはいかずに、運び込んだ刃牙獣の肉片を拾うと、焼いたかと思えば切り分けて、全員に一切れずつ配ったではないか。
当然、僕も例に漏れず手渡される。
「……もしかして、試食しようって言ってる?」
「モケッ!」
「真に〜?」
刃牙獣が食料に向いているなんて生態調査書で読んだことも聞いたこともない。絶対やめといたほうがいい。
「モケケー」
「イガー」
「フンコー」
が、こちらの説得の余地もなく、他の風導たちを始め、イガマキとフンコロガシも案外興味津々。「大丈夫かこれ?」と警戒するは僕とレッドドッグだけだった。
「「……」」
どうして反対派が少数なのだと目で嘆き合いながら、ふと僕は思い出す。
オーカードッグの埋葬を終えた後──、実は刃牙獣を負傷させたモンスターを特定しようと検視したのだが、モンスターの牙、爪、尻尾等による殴打・切断のどれとも一致しなかったのだ。解体してしまったので検視はもう叶わないが、本当にモンスター同士の争いで出来た傷だったのだろうか?
……まぁ、いいか。
それよりも今は、宴を楽しむとしよう。
僕は意を決して「いただきます!」と、皆んなと同時に刃牙獣の肉を食べた。
結論から言うと、刃牙獣はめちゃくちゃ不味かった。
なんなら、あまりの不味さに全員気絶した。
◇ ◇ ◇
この際、レッドドッグは長い夢を見た。
双子の妹と共に、この世に生を受けたこと。
父親が、自分らの離乳から間もなく縄張り争いに敗れ殺され、訳も分からぬまま引っ越したこと。
半年後──、狩りに出かけたきり帰ってこない母親を探しに出て間もなく、大型モンスターに喰われている様を草陰から目撃したこと。
妹を連れて逃げたこと。
共に毎日必死になって生きてきたこと。
各地を転々とした末に天敵の少ないこの森を見つけて、永住を決めたこと。妹と安堵したこと。
その安堵が流れ者の刃牙獣に破壊され、あまつさえ妹の首を掻っ切られる様を見てしまったこと。
敵を討つために傷だらけの身体で住処を捨てたこと。それが悔しくてならなかったこと。
そして、その日のうちに──、雨避けに入った洞窟で人間に出会ったこと。詰んだと覚悟したこと。
なのに、人間はあろうことか傷を治療してきたこと。それが酷く気味悪かったこと。
敵意は感じなかったので、向こうがその気になったら殺せばいいと、傷が癒えるまでの住処に決めたこと。機嫌取りに狩りの獲物を人間の分まで獲り始めたこと。
妙な道具に興味が湧いてついて行ったこと。それで大物を獲ると言うので、付き合ってやったこと。
その大物を不味くされてブチ切れたこと。
その翌日、人間が拾ってきた風導の同胞の仇が、妹の仇だったこと。
三日ぶりに訪れた住処で妹の毛を見つけて憤ったこと。止めてきた人間の腕を本気で噛み千切ろうとして、結局やめたこと。
結局その場は後にしたこと。そうするしかなかった自分が情けなかったこと。
それでも──、落ち込んでる場合じゃないと、敵討ちの流れを聞いたこと。
そして数日後──、考えうる限りの痛手を負わせた末に、仇が人間の作った落とし穴で死んだこと。
取り戻した住処で妹の亡骸を見つけ、弔ったこと。
途端、何かが燃え尽きて途方に暮れていたところ、「沈んでねぇで今は食え!!」と風導に怒られたこと。その場のノリで刃牙獣の肉を食い、あまりの不味さに視界が暗転したこと。
そして今、急に現れた妹がこちらの十字傷を舐めるなり、何処か行ってしまったこと。
これがとてつもなく寂しかったこと。
◇ ◇ ◇
それなのに──、
目覚めてみれば未だ気絶している人間に、どうして俺は、妹に向けていた温もりを感じている?
因縁が晴れたところで第1章も一区切り。
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